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婚約者がいなくなったアンジェリカはあの卒業式の日も供として傍にいた侍女シシリーと、王都にある知る人ぞ知る庭園にきている。
大きな庭園のここにはいくつもガゼボが建っており、それぞれ意匠も違い工夫を凝らしているだけではなく、魔力を流すとガゼボとその周辺に防音効果のある膜を貼る事が出来るのが売りであった。
膜とは言っても透明で庭園の景色は見る事が出来、ガゼボの外へ声を聞こえなくする事が出来るだけなのだが、そのだけが良い。
そして知る人ぞ知るだけに“知り合い”と会う事も少なく、気分転換や一人になりたい時などは格好の場所なのだ。
「わたくし、殿下……もう殿下じゃなかったわね、キースがわたくしを多少は尊重して毛嫌いする関係じゃなくなれるのであれば、カレンさんを愛妾にして二人のお子をわたくしと殿下の子として育てるという形にしてくだされさえすれば、それでよかったのよ」
「お嬢様をお飾りの妃なんて私は許せません!」
美味しい紅茶で喉を潤したアンジェリカは「ほう」と息を吐くと
「わたくし、殿下と『国王陛下と王妃殿下』という職業でパートナーになるなら、それでよかったの。いえ、それであれば妥協できたというのかしら。わたくし、脇目も振らずに教育を受けたのだから、それを生かしたいと思ったのよ。だからね、最低限尊重してくださればそれでよかったのに、そうお伝えしても聞いてくださらないし、ねえ」
シシリーはここ自慢のマドレーヌなどが綺麗に盛り付けられた皿から、いくつか選んで皿に取りアンジェリカに渡す。
ここのオーナーが精霊魔法で成長を促し、常に咲くように調えている自慢の薔薇が使われたクリームケーキは見た目も美しい。
「三年にあがるまでは“パートナー”としてならなんとか大丈夫かしらと思っていたのに、三年になった途端アレですもの。わたくし、何が起こっているのか考えるのも把握するのも、みんな投げ出したくなったわ」
「当たり前です!お嬢様を蔑ろにし、よりにもよってあのような、あのような娼婦を」
「シシリー、言葉が悪いわ」
「ああいう女をビッチというのですよ、お嬢様!」
「もっと言葉が悪いわ」
いまだに怒り冷めやらないシシリーは、この話題になると瞬間的に火が吹く。もちろん物理だ。
彼女の得意魔術に火がない事が幸いしている。もし火であればこの件で何度も彼女は何かを燃やしていた可能性があった。
「ごめんなさいね、シシリー。いまだに不思議でわたくし、つい話してしまうの」
「私も不思議でございます。こんなに素敵なお嬢様よりもあんな女狐を選んだなんて、ありえません!」
「シシリー、言葉」
「もう、お嬢様!あのような女は言葉が悪い言葉で十分でございますからね!」
アンジェリカも怒りに似た気持ちはあるが、それは裏切られたからとかそういう理由ではない。
都合がいいように、時には嘘をつき、人を傷つけ、ゴールテープを切ろうした事に、そして喧嘩を売ってきた事の方が怒っている。
元々キースとの関係は良くなかったけれど、カレンと出会うまではなんとか“国王陛下と王妃殿下という職業でつながるパートナー”にはなれるくらいであった。
お互いの関係は冷え切っても国のためになら手を取れる、そういうくらいの気持ちをお互い感じていたはずなのだ。
だからカレンが登場してすぐに、アンジェリカは何度もキースに伝えた。
──────カレンさんは男爵家なので愛妾にしか出来ません。殿下が養子先を“ちゃんと”見つけられるのであれば側室にもなれる可能性もあるでしょう。その方向で考えていきませんか。
最初はアンジェリカだって十分すぎる協力をしようと、その努力を惜しまないと思っていたのにそれを無にしたのはあちらだ。
「まあ、でもいいのよ。わたくし、夢が叶いそうなんですもの」
「お嬢様の夢でございますか?まあ!お嬢様の夢!私にそのお話をぜひ聞かせてくださいませ」
「ふふ、本当に決まったら、真っ先に教えるわよ。さあ、楽しいお話をして美味しい紅茶とお菓子を食べて帰りましょう。シシリーもほら、たまには一緒に食べなさい。いい?これは命令よ」
アンジェリカはこの庭園に咲き誇る薔薇のように美しい笑顔で「夢が叶うっていいわね」と笑っている。