11
「さて、さらにこのノートには実に面白い事が書いてあった」
国王は従者から小瓶を受け取る。それにはピンク色の液体が入っていた。
「これは今は消えた国が、自分達のために作っていたと言う魅了効果のある液体である。これの作り方は王家の奥の奥で厳重に管理されており、王家の血が流れている人間でなければ開けないその場所に保管されている。しかしこのノートに実に正しくこれの製造方法が書かれていた。キース、お前はこれをこんな女に教えたのか!?」
「まさか!父上、そんな事は致しておりません!!」
国王の耳に従者がそっと何か呟くと国王は「そうであろうな」と言い
「どうしてカレン、お前がこれを知っている?我が国は魅了魔法を含む魅了効果のあるものを製造する事も、使用する事も全て重罪とする事にしているが」
「え?魅了効果?なにそれ。それは好感度が上がるアイテムなんだけど。それを入れてクッキーかマフィンを作ると好感度が上がるお助けアイテム『乙女の涙』なんだけど」
「なるほど、そう言う事か。どうやら国外追放の前にお前を尋問せねばならないようだ」
「え?なんで?キース、やめさせてよ!」
辺境伯爵への計画に『乙女の涙』、カレンは理解出来ず、それを見たキースは首を振った。
「このレシピを、いや、それだけではない。『乙女の涙』という名前すら秘匿。知っているのは今では王家のみ。しかし無くなった国の王家は違う。一人の姫を除き、彼ら全てがこれと同じレシピを知っていた。つまり、お前はその残党という可能性もある。犯罪者として裁かれた、亡国の生き残りの子孫としてこの国の乗っ取りを考えていたと、そう考えてもおかしくはあるまい」
「はあ?そんなこと考えるわけないし!こんなの、知らない!」
「この女をグロッタへ連れて行け。方法は問わん」
国王が指示を出すとすぐさま近衛騎士が動き、喚くカレンを連れていく。部屋の扉が閉まってもしばらく聞こえる大声に、どれだけの声で叫んでいるかいやでも理解出来た。
声が聞こえなくなって静かになったところで
「──────カレンが、魅了」
ポツリとつぶやいたキースはハッと顔を上げるとアンジェリカを見つめ
「アンジェリカ、やりなおしてやろう。俺は魅了されていたのだ!ならばあれだけおかしかったのもいたしかない!」
立ちあがろうとしたキースを近衛騎士が強引に座らせた。
「私は王太子だ!不敬だそ!!」
近衛騎士の顔は無表情のまま変わらない。
「アンジェリカ!婚約破棄は撤回すべきだと思わないか!!?傷物令嬢になるよりもいいだろう?」
アンジェリカはニッコリと笑うと言った。
「嫌だわ。キース殿下なんてカレンさんにプレゼントしたいほど、嫌いですもの」
アンジェリカの言い方にノアとアーロンの顔が一瞬ひきつった。
こんな状況だが二人は揃って『婚約者に同じ事を言われたら立ち直れない』なんて想像しての表情である。仲がいい事は実に素晴らしい。
「第一、キース殿下、あなたは自ら望んでカレンさんの作ったものを口にされたのです。この魅了効果のある液体を混入されたものを口にした場合、最初のうちは違和感を感じると過去の事から分かっておりましてよ?違和感を感じても気に留める事もなく、魅了効果のクッキーやマフィンを、手作りのそれを召し上がったのでしょう?王子でもあるあなたが、従者に毒味をさせる事もなく。王宮にて鑑定をさせる事もなく。つまり、キース殿下は望んで魅了されたのですわ」
これに国王が続く。
「お前の処遇は変わらん。妻となったカレンが解放されたのち、共に国外へ追放する。それまではオラシオン元修道院にて収監とする。なお、もう王族ではない平民のお前に対し王家から収監代金を払う言われはない。こいつをオラシオン元修道院へ送り返せ!」
声にならない叫びを上げ、言葉になるのはアンジェリカへの恨みと復縁と呪い。
近衛騎士はカレンと同じようにキースを引きずり部屋を出ていく。
キースの声が消えると、この広い部屋が一層広く、そして冷たく感じられる。
そして、残った取り巻きに国王は静かに言った。
「こいつらはカールトン公爵家へ。カールトン公爵家の私兵がきているだろうから今すぐに引き取らせよう」
“罪人”全てが出ていって静かになった部屋で、国王が立ち上がる。
そしてノアの前に立つと、ノアに小さく頭を下げた。
ノアが慌ててそれを止めると国王は実にいつも通りの様子で、つまり少しだけ弱そうな顔をしてノアを見る。
「そういうわけで、ノアには苦労をかけるが、アーロンを支え王妃となってほしい。ノアなら、優しく人に寄り添える、いい王妃となろう」
呼吸を忘れたノアが倒れたのは、すぐの事であった。