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朝のラッシュアワー

 ◆◇◆◇


 もう本当に嫌になる。

 ママってば、何でベーキングパウダーのこととか知らなかったの?普通大人ならそれくらい知ってるでしょう!普段から手抜き料理ばっかりしてるから!パパはなんであんなガサツな女と結婚したんだろう? もっと料理上手でおしとやかな人と結婚すればよかったのに。……まぁそしたら私が生まれなくなっちゃうんだけど。


 みのりは駅までダッシュしながら、頭の中で母に悪態をついていた。

 今日のために新しく買ったマスカラは、走っているうちに汗が出てきて、滲んできている気がする。本当はマツエクをしたかったのに、目に悪いから駄目とママに止められてしまったのだ。

 髪の毛だって本当はちゃんとに巻きたかったし、昨日の夜、お風呂で念には念を入れてトリートメントをした髪の毛も、もうボサボサだ。


 吐き出す息は白い。くるぶしソックスオンリーの足にだって、冷たい風がびゅう吹いている。

 なのに、なんで私はこんなに汗かいてるのっ!

 息を切らしながら駅まで着くと、ちょうどいつも乗っている電車が出発したところだった。

「ああ!」

 ため息をつきながら定期を取り出す。

 有名なお菓子メーカーの紙袋に入れておいたカップケーキのラッピングを見ると、げっ、くしゃくしゃになってる。


 なんで!?あんなに綺麗に詰めておいたのに!


 ピンク色のラッピングペーパーはへにょへにょに折り曲がっていて、あんなに頑張って練習したリボン結びは、チョウチョ結びになっている。


「最悪」

 みのりはテンションだだ下がりのままで、駅の階段を上っていた。

 休んじゃおうかな、このまま風邪をひきましたって言えば、明日もう1回、バレンタインをやるなんてことも。

 でも今日友達と交換するって約束しちゃったし、藤太とうたは今日いっぱいバレンタインのチョコをもらうだろう。その波に乗り遅れるわけにはいかない。


 一番綺麗なラッピングの、一番美味しいチョコをあげたかったのに。


『こんなの作れるなんてお前すごいな。他のやつのチョコなんて目じゃないよ』

『そんなことないよ。朝、パパッと作っただけだから』

『料理できるんだ。すげえな。いいお嫁さんになりそうだな』

『そうかな?』


 なんていう会話をしたかったのにっ!


 みのりは怒りながらずんずんと人をかき分けてホームを歩いていった。すると、突然誰かにぐいっと手を引っ張られた。

 何なのっ!?痴漢!?

 後ろを振り向きながらきっと睨むと、そこに立っていたのは大柄の高校生男子だった。スポーツ少年らしく、短く刈り込まれた髪の毛。大きなスポーツバックを肩にかけ、2月の寒い時期だと言うのにコートを着ていない。大人に怒られない程度に気崩した制服で、緩くネクタイをしている。


 えええ!藤太!


 みのりの剣幕に押されたのか、藤太は両方の手のひらを顔の前に広げて降参のポーズをとった。


「おっ、おはよう」

 みのりはごまかすように笑った。

「おは。どうした?何かあったか?」

 藤太がみのりの顔を覗き込んだ。

 近い近い、近いってば!


「いや、何もないよ。ちょっとママと喧嘩して。ははっ」

 2人は何となく同じ列に並んだ。


「あのっ」

「あのさ」


「いや、何、どうぞ」

「や、そっちこそどうぞ」


 口を開こうとしたところで、電車が来た。

 この電車は、みのりがいつも乗っている電車より混むらしい。

 ぎゅうぎゅうに詰め込まれながら、みのりは何とか反対側のドアの近くにたどり着こうとしたが、すでに先客がいいポジションを取ってしまっていた。ちょうどドアとドアの中間地点の、つかまるところが何もないところで電車が出発してしまった。

「大丈夫か?」

 すぐ後ろから藤太の声がしてびっくりしたみのりは、キャっと言いながら飛び跳ねてしまった。

 途端に、周りの視線がみのりに集まった。

 顔を赤くしながら、みのりは慌てて藤太の方を振り向いた。

 みのりのせいで痴漢扱いされてしまったら、かわいそすぎる。

「大丈夫!こんなに混むと思ってなくて。いつもこの電車に乗ってるの?」

 思わず大きな声が出てしまった。

「いや、俺は朝は朝練があるから」

 藤太がボソボソと話した。

「そっ、そうだよね。朝練!」

 そうだ、いつも朝練をしている藤太を見ながら、朝の校舎を歩くのが好きだったのに。

 今日も頑張ってるなとか、もしかして今こっちのことを見たかもしれないとか。

 頭がパニックになって慌てたみのりは、さらに話しかけた。

「今日は朝練はないの?」

「うん、部長が今日は休みにするって」


 さっきからボソボソと話すので、声が聞こえにくい。

 ずいっと体を藤太に近づけたその瞬間、藤太はみのりから距離を取るように後にのけぞった。

「いてっ」

「すいません!」

 藤太は後ろに立っている人に頭がぶつかったらしい。急いで謝っている。


 あれ、私、もしかして、臭い……?

 どうしよう、朝走ってきたからか!

 うっ、動かないようにしよう……


 みのりはうつむいて固まった。


 突然、キーと急ブレーキがかかって、体が前に引っ張られた。

「うわっ!」

 野太い変な声が出た。とっさの事とは言え、乙女としてどうなのだ、自分。

 藤太が、腕を伸ばしてみのりを抱き留めた。

「大丈夫?」

 藤太が小さい声で、みのりの耳元に唇を寄せた。

 しかも近い。

 ピシッと固まったみのりは、コクコクと声を出さずにうなずいた。


 危険物を感知したので、急ブレーキをかけましたというアナウンスが流れた。

「危ないから。いやかもしれないけど、俺に掴まってろよ」

 ぶっきらぼうな声で、藤太が言った。


 掴まるってどこに?


 みのりは恐る恐る藤太のブレザーの裾を握った。


 恥ずかしくて死ねるかもしれない。


 その様子を藤太がじっと見ていたことをみのりは知らなかった。


 ◆◇◆◇

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