第一話
春。
桜が学生たちの視界を幻想的に染めあげるこの季節。
とある高校の正門に立ち尽くしている青年がいた。
他のたくさんの生徒達と同じ姿をしているにも関わらず、その制服は真新しく、皺一つない。
にもかかわらず、その青年は見事なまでにその情景に紛れ込んでいた。
ただ、その皺一つない制服のせいか、少しだけ他の生徒達と違う雰囲気を醸し出している。
あくまでほんの少し、だが。
おそらく元々その青年がとても一般的な顔をしているからだろう。
その青年は目が細いでもなく大きいでもなく、鼻が高いでもなく低いでもなく、口が大きいでもなく小さいでもなく、ただどこにでもいるような顔をしていた。
あまりにも一般的な顔なので初めて目にする人は驚くくらいかもしれない。
そのくらいその青年は「普通」だった。
その青年は何か決意したように軽く頷くと、大股で職員用の昇降口の方へと歩いていった。
午前八時四十分現在、教室には普通でない空気が流れていた。
「先生、遅いね」
「休みとか?」
「普通に遅れてるだけじゃね?」
生徒達は教員がいないにもかかわらずしっかりと席に着き、口々に囁きあっていた。
「いや、でもあの田中だよ? 遅れるとかありえないんじゃない?」
そう、彼らの担任の田中先生は時間に五月蠅い先生で有名なのだ。
だから生徒達はいつ田中先生が教室に入ってきてもいいように、こうして席に着いているのである。
「だから絶対休みだって」
その発言に皆納得し、気が緩みはじめたその時。
「おはよう」
少し汗を頭にうかべた中年の男性教員が教室に入ってきた。
その教員は教卓の前に立つと、徐に口を開いた。
「いや、申し訳ない。特別な用があって遅れてしまった。改めて皆、おはよう」
そこで教員こと田中先生は一泊置き、生徒達の反応を待った。
「さて、もしかしたらもう知っている人がいるかもしれないが、今日は皆に特別なニュースがある」
そこでまた言葉を切り、田中先生は生徒達を見まわした。
「今日から君達のクラスに、新しくもう一人加わるんだ」
おおー。
生徒達の何人かが驚きの声をあげた。
「さて、じゃあ自己紹介をしてもらおうか。入っていいよ」
最後の言葉はドアの向こうへ投げかけられた。
おそらくドアのすぐ向こうで待機していたのであろう、一人の生徒が教室に入ってきた。
きっと今日初めて着るのだろう、その制服にはまだ皺一つ無い。
上履きだけは今まで使っていたものをそのまま使っているのか、少し汚れている。
それが少しだけ彼の雰囲気に違和感を作っていた。
「じゃ、自己紹介して」
田中先生はそう言うと窓の方へ歩き、その生徒のために教卓の前を空けた。
その生徒は軽く深呼吸すると、やや俯きながら口に不自然な微笑みを浮かべて、こう言った。
「はじめまして。私の名前は佐藤太郎です。家の事情でわけあってここにやってきました。まだ慣れないことだらけだとは思いますが、よろしくお願いします」
そう言って彼もとい佐藤は丁寧に四十五度、お辞儀した。
「はい、ありがとう佐藤君。では君の席はあそこだから、席に着いてくれ」
田中先生にそう言われ、佐藤はその示された席へと歩いていった。
「よし。じゃあ全員席についたところで出席をとる。今日は佐藤もいるから全員名前を呼ぶぞ。呼ばれたら返事してくれ」
そう言って田中先生は出席をとりはじめた。
その間佐藤は何をするでもなく、まっすぐ黒板を見つめていた。
それはどこにでもありそうな光景だった。
「はい、これで授業を終わります。日直、号令かけて!」
号令がかかると同時にチャイムも鳴り、4時間目の授業が終わった。
「飯だー!」
生徒達は授業中とは打って変わって皆口々に喋り始めた。
佐藤こと私は当然まだ気軽にご飯を食べられるような友達もおらず、また誰かに話しかける勇気もなかったので仕方なく自分の席で弁当の包みを開いた。
(早く友達作らなきゃなあ)
そう思いつつ、ひとまずクラスメートの顔は覚えようと教室を見まわしながら弁当を口に運んだ。
(えーと、あの眼鏡かけてる人が確かクラス委員の若林さんだよなあ。それからもう一人のクラス委員は、確かあそこで弁当食べてる相沢君だ!えーと、あと覚えてる人は……)
「何考えてんの? 顔ヤバいよ」
「ふぇ?」
急に話しかけられて、つい食べ物が口に入ったまま声を出してしまった。
声がした方を見ると、そこには愛想よく微笑んだ一人の生徒がいた。
髪はこの学校では珍しい、鮮やかな金髪。
高校生、というよりも寧ろ中学生と言った方がしっくりくるかもしれないくらい顔立ちが幼い。
けれどもそれは間違いなく美形に属するだろう顔立ちでもあり、おそらく彼とすれ違う10人が10人とも振り向くのではないだろうか。
その金髪には不釣り合いなのではないかと思われる黒縁眼鏡も、彼がかけた途端にどこか豪華な雰囲気を漂わせている。
(あ。やばい。彼は誰だっけ?えっと……)
再び考え始めると、彼は急に誰かにくすぐられたかのように笑い出した。
「あははははっ! だからその顔! 面白すぎ!」
(顔?私は生まれてこの方、爆笑されるほどおかしな顔をしたことはないはずなんだけど)
「あはははははっ! やめて! もうやめて! あははははっ!」
そう思って視線を投げかけると、やっと笑いを治めてくれたようだった。
「ひー、ひー……。あー、面白かった!」
そう言って彼は私に微笑みを投げかけた。
「あ。そっか名前分かんないんだね! 僕の名前は原田優斗。佐藤太郎君だよね? よろしくね!」
(ん?これは私と友達になろうとしてくれてるんだろうか?)
「ねー、どうしたの? さっきから佐藤君ずっと停止してるよー?」
そう言って彼もとい原田優斗は首を傾げつつ口を尖らせた。
そう言われて初めて自分がずっと視線を投げかけたままの状態になっていることに気付き、慌てて
「あ。ごめん! こちらこそよろしく」
ひとまずそう言った。