二話 あたらしい世界
しばらくの間全身を包み込んでいた浮遊感が意識の覚醒と共に消えた。
瞼の隙間から差し込む明るい光に顔をしかめてしまう。
顔を照らしていたのは二度と見るとは思っていなかった太陽だった。
「んっ…」
太陽を視界から外しながら辺りを見渡すと、どうやら自分は草原に寝っ転がっていたらしい。
そして、
「っ…ぉお。」
視線を上げると目に飛び込んできた絶景、大自然。
所々に高いたくましい木々は生えている広大な草原、後方に見えるいくつも連なる山脈、おれが住んでいた東京では、決して見ることができなかった景色。
ゲームやアニメでしか見たことのなかったファンタジックな世界が広がっていた。
まあ悪く言えば田舎だった。
かなりの。
ど田舎だ。
「よーし、無事成功っと、」
そんな大自然に感動していると、隣から気の抜けるような声がする。
イリアが腰に手を当て、「ふふんっ」と鼻を鳴らして隣に立っていた。
「ははっ……ほんとに、異世界。」
「そうだよ………ほら、あそこの山のところ」
「あ…?」
イリアが指を差した先を見ると、巨体を持った鳥が飛んでいた。否ーーーー 鳥ではない。トカゲに似た輪郭、コウモリのような翼、そして何より今口から吐いてる火炎、
ドラゴンだった。
「マジか…」
「マジだよ。ほらこっちおいで、家で服を着ようか。ついでにこの世界についても少し教えるね」
俺の後ろ側に移動したイリアを視線で追いかけると中世のヨーロッパにありそうな木造の家が視界に映り込む。
明らかに二人が住む用の大きさではない。
「こんなに大きくする必要あるのか?」
「まあまあ、大は小を兼ねるってね。大きい方がいいでしょ」
掃除とかが大変な気がするけど…
「ほら、早く!」
呼ばれるがまま家の玄関へと進む。
「なあ、イリア」
「なに?」
「もしかしてこの世界だと俺、さっきのお前みたいに魔法を使えたりするのか?」
「え?無理だよ」
「へ?」
嘘でしょ…
ゲームに似てると言われた世界。空を飛んでるドラゴンがいるし何よりイリアも先ほど魔法らしきものを使っていた。
自分も使えるだろう期待で胸を膨らませていたがその期待を真正面から潰された。
流石に凹むよ。
「あぁあ…大丈夫、心配しないで!『今は』使えないだけだから!」
「今は、?」
「うん。練習すれば使えるようになるよ」
「ほんとか…?」
「別に嘘つく理由なんてないでしょ。てゆうか早く家に入って。洋服!」
「はい、すいません」
イリアに連れられて家の中に入るとその豪華な外装に負けず劣らず、内装も非常に素晴らしいものだった。
玄関から見て正面に廊下その右側には二階へとつながる階段。
玄関から右を向くと広々とした空間があり、正面の廊下の脇にも左右にそれぞれ扉がある。
正面の廊下を奥まで進むと、広々としたリビングに出ることができ、リビングの奥にはダイニング、キッチンが一続きになっている。
キッチンを見てみると、俺が見慣れてるコンロや電子レンジなどと言ったものは一切なく、釜戸やろうそくが置かれていた。
そして家を一通り回った後、廊下にあるひとつの扉の前でイリアが、
「はい、ここ服。」
と言いながらその扉を開けた。
「なんだ、ここ」
「クローゼットだよ。服を収納する部屋。」
服を収納する部屋という聞きなれない単語に戸惑いながらも部屋に入ると、
壁にはハンガーにかかったコートやシャツが大量に並んでおり壁には大きな鏡、そしてその他アクセサリーが収納されている入れ物もたくさん。
海外映画とかでセレブが役使っている、いわゆるウォークインクローゼットだった。
「ハル〜、これ着てみて」
「え、あ、ああ」
俺がその部屋に圧倒されていると、イリアが一着の服を持ってきた。
言われ通りもらった洋服を着てみる。
一部着方がわからなくて着るのに戸惑ったが、無事全て身につけれた。
もらった服を着て鏡の前に立ってみると
「「おおっ」」
サラサラの生地でできた真っ白のワイシャツに、黒のながズボン、ブーツ、手袋。上からは濃いグレーのレザーコートを羽織り、全体になんか高価そうなチェーンや宝石やらがたくさんついてる。異世界系の創作物でこういう服装を見たときになんとなく「きつそう」というイメージがあったが思ってたよりも着心地が良い。
そして何より見た目がかっこいい。
体を回転させたりして自分の格好を鏡で見ていたらイリアが「じゃあ私も」と呟いて羽織っていた布を突然脱ごうとした。
「おい。」
急いでイリアの手を掴んで制止。
「なに?」
「なに?じゃねえよ。今なにしようとした?」
「着替えだけど」
「……」
平然と、淡々というイリア。
こいつに貞操観念というものはないのか…
「廊下に出るからちょっと待て!」
「なんでよ〜、意識しすぎでしょ。ハルだって私に見せたんだし」
「俺みたいな純粋な男の子には刺激が強すぎるの!あとあれは不可抗力だ!露出魔みたいにいうな!」
DT?はて、なんのことだろう。
僕は汚れてなんかいないよ。
ははは…
廊下に出て待つこと数分、着替えを終えたイリアが部屋から出てきた。
イリアのコーディネートは俺と全く同じものだったが、色は俺とは逆の白ベースの服で、ズボンではなくスカートとストッキングを履いていた。頭には、魔女が持っているような大きな黒い帽子がのっており、イリアの明るい金髪と白い服の相性がとても良く、黒い帽子とのコントラストもとても綺麗だった。
「へへっー。どう?」
「すげぇ、めっちゃいいと思う、」
「ふふん」
その後もイリアに家全体を紹介してもらい、一息ついたところで2人でリビングのソファーに腰を下ろした。
「じゃあ、家の紹介も終わったし、この世界についてすこし説明をするね。」
そうだ、俺はまだここについて何も知らない。
この世界の常識やルールとかも全く。
「まあといっても私も全然知らないから2人で勉強する形だけど。」
「おう…」
イリアに連れられ、家の中にある書斎らしき部屋いく。
壁にある大きな本棚には、本が積まれているがなんの本かはわからない。
イリアが本をいくつか手に取り、部屋にある机の並べる。
二人で椅子に座り、勉強会が始まった。
まず初めに気がついたにが言語が日本語じゃなかった。
なのになぜか読める。スラスラ読めた。
気になってイリアに尋ねてみたら喋っている言語も違うと言われ、試しに意識して発音してみたら、確かに口の動きがあっていない。
日本語をしゃべっている感覚なのに口から発声される言語が日本語じゃない。
日本語に直そうとするとそれは普通に話すことができた。
最初にやったのはこの世界の地理について。
この世界には主な国が11個、そして小国や紛争地帯がいくつか存在する。
陸は真ん中に中央大陸、その東西南北にそれぞれ陸地があり北から時計回りに、北大陸、東方諸島、ヴィネル大陸、トルテコ大陸と名付けられている。
俺たちは中央大陸の最東端にあるアルステリア王国、その四大都市の一つである「アビルス」という街にいるらしい。
そのほかにも国の名前とか色々調べたが、正直全部覚えられていない。
まあ時間をかけてゆっくり覚えていけばいいだろう。
「西大陸には何もないのか?」
「うん。何も書いてないね」
「ただ発見されてるだけで開拓がされてないのか?」
「いや、違うよ。この地域は人間には生息が難しいから国がないだけ。」
「ふーん、」
そして、イリアは俺たちのことについても詳しく教えてくれた。
俺とイリアは「人族」の「永老種」という名前の、普通の人間ではないらしい。
人族というには人間以外の種族もいるのだろう。
まあとにかく、永老種は言わば「人族」の亜種で、体がある一定の大きさまで成長すると成長は止まり約120年間生きることのできる種族らしい。永老種は普通の人間と違い、魔法を使う能力に長けているのだと。
結局この日は夕方まで書斎でイリアとこの世界の地理や歴史について学ぶだけで終わった。
魔法についても教えて欲しかったがそれはまた後日やると言われた。
『グゥ〜〜〜』
俺の腹か出た音が部屋に響く。
あらやだ、恥ずかしい…
外を見ると太陽が落ちかけていて、空が赤色に染まっていた。
「わあ、もうこんな時間か。話してたらあっという間だったね」
「はあ〜〜疲れた。勉強とかしたのいつぶりだ…」
「大丈夫、大丈夫、これからももっとやるから。」
「なんもだいじょばねえよ…」
「とりあえず今日はもうおしまい!街にご飯食べに行こうか。」
「ん、作らないのか?」
「今日は一日中勉強してたから、食材とか何も買ってないので無理。ギルドに冒険者登録とかもしときたいし。」
「そっか」
釜戸とか使ってみたかったのだが、残念だ。また今度のお楽しみにとっておこう。
ちなみに、お金は最初っから支給されているが永遠に供給されるわけではないので自分たちで稼ぐ必要がある。
ーーーーー
俺たちはアルステリア王国の四大年の一つ、アビルスにいると言ったが実は結構郊外のところに家があり、実際に街に行くのに少し歩く必要がある。まあだから家のまわりにはそこまで建物がなく、俺が裸でいても騒ぎとかが起こらなかったわけだ。家を出発して歩くこと数分、建物の密集地に到達した。
この時間帯は狩りを終えた冒険者たちが得たものを商人と取引したり、一日中酷使した体を癒す冒険者たちが多いためため街はかなり活気があって明るい。
そして何より、
「な、なあ、イリア…」
「うん、ハルは見慣れないかな」
「…」
肌が緑色のトカゲみたいな顔をした人や動物の耳を頭か生やした人、巨体を持ったオークのような人が街の道を歩いていた。
俺は見慣れない光景に呆気に取られしばらく硬直していた。
「この世界には人間の他にもいろんな種族がいるんだよ」
「ああ…」
「ほらほら、とりあえず冒険者ギルドに行くよ」
道中で冒険者ギルドについて尋ねてたら、どうやら「市役所」のような役目を担っているらしい。
書類の承認、クエストの発行、街の金融の管理。
日本の市役所と違うところといえば中に飲食店があることくらいか。
イリアに連れられたのは、街の中央付近にある建物だった。
そこそこの大きさの建物、2階建てくらいの高さで石造、屋根は木造だった。建物内は外の賑やかさに劣らず明るい。
内装の柱やはりは基本的に木造でテーブルがいくつも並んでいる。
多数の人々が机を囲い談笑を交わしながら酒と飯を楽しんでいた。
特に種族同士の隔たりは見えない。
「ハルー!こっちだよー!」
建物内の雰囲気に圧倒されてると、イリアが受付らしきところから手を振ってきた。
急いで向かう。
「ぼやーっとしてないでついてきてよ」
「ああ、すまん」
「えっとね、冒険者として登録したいんだけど、登録に必要なのは名前と役職、あとパーティー名だね。
パーティーリーダーはキクチ・ハルトで登録しといた。」
「いいのか、俺で?」
「うん、大丈夫。パーティー名は一応あとから変えられるらしいけど、何にする?」
「うーん、何にしようか……」
おそらく今後一生使うものだからよく考えて決めないといけない。
かといって唐突に決めろと言われてもそんなポンポン思いつくようなものでもないがな。
「じゃあさ、じゃあさ!イリアとハルトを混ぜて「イリルト」ってのはどう?」
「ダサい。安直すぎたろ」
「え〜、ひど」
数分悩んだ結果、俺が考えたイリアをもとにした「ホワイトデビル」と言う名前に決まった。
少し厨二臭すぎるかと思ったが受付の人に伝えたら特に何もなく申請できたのでそんなに問題はないのだろう。
ーーーー
名前:キクチ・ハルト
性別:♂
役職:冒険者
チーム名:ホワイトデビル
ーーーー
ーーーー
名前:イリア
性別:♀
役職:冒険者
チーム名:ホワイトデビル
ーーーー
「あなたのパーティーの登録が完了しました。」
登録を済ますことができたので、俺たちは受付を離れて夕食をとることにした。
席を探してご飯をオーダーを。
だがその際にイリアが、
「これ二つ追加してください。」
「かしこまりました〜」
「なんだそれ?」
「ん?ビール。」
「おい未成年者飲酒禁止法。」
「平気平気、この国では16歳以上から飲酒が可能だから。私も18だから飲めるよ!」
「そうなのか」
さすが異世界。
そうか、そもそも二十歳から飲酒が可能なのはあくまでも日本の法律だしな。
世界が変わればルールも変わってくる
それよりもイリア同い年か…年下だと思ってた。
数分待つと、頼んだチキンソテーとパン、そして木製ジョッキに入っているお酒が運ばれてきた。
「これ、ほんとに飲んでいいんだよな?」
「うん、大丈夫だよ」
俺は恐る恐る口をジョッキにつけて、一口飲んでみる
「!?」
「どう?」
「美味しい…」
「反応が静かだなぁ、私も飲も」
日本はこんな美味しいものを二十年間も飲むなと制限しているのか
俺は次に、チキンソテーを口にした。
口に入れた瞬間、肉の濃厚な旨味が口に広がり、ほんの少しの甘さと、胡椒の辛さが
混ざり合って見事なハーモニーを作っていく。
咀嚼すると中から濃厚な味わいの肉汁がジュワッと溢れ出てくる。
「ううん!!チキンソテーも美味しい!」
イリアが頬を抑えて歓喜の声を上げる。
俺自身も最近はカップ麺やコンビニ弁当で食事を済ませていたのでこういう料理を食べるのは久しぶりだ。
ゲームイベントがあった時なんかはパソコンに貼り付けで数日ぶっ続けでプロテインバー。
久しぶりの料理はとても美味しい。
2人であっという間にお皿を平らげた。
「はぁ、食べた〜」
「だね〜、肉体を持ってない時はご飯なんて食べないから、美味しいって感じたのは結構久しぶりだよ。」
しばらくご飯の余韻に浸った後、俺らはギルドを出て食材や生活必需品などの買い物をすることにした。
キッチンを確認した時に調理器具などは一切なかったため買う必要がある。
ギルドを出た頃にはもう空は真っ黒だったが、街の火やランタンなどで全く暗くなかった。
俺は料理など知識が一切ないため道具選びは全部イリアに任せて俺は荷物持ち役に回った。
一通り必要なものを買い終えた俺らは家を目指して街を出て帰り道を歩いた。
だが歩いてしばらくから、
「うぉ、、」
街の明かりがなくなると空一面に覆う星が姿を現した。
「わあ、きれい〜」
「……」
前世では決してみる事のできなかったであろう綺麗な星空に、俺は唖然としていた。
「なあ……この世界にも宇宙ってあるのか?」
ふと気になって、イリアに聞いてみる。
「んー、どうだろうね…あるのかなぁ。」
なんともいえない曖昧な返事が返ってきた。
よくわからない。まあ多分あるだろう。
星を楽しみながら俺たちは家に着いた。
「ただいまー!」
「あんまはしゃぐな、夜だぞ。」
「でも近所いないじゃん」
「まあ、確かに」
周りには本当に家がない。
一番近い近所さんでも200m以上離れてる。
「お風呂入ろっか」
「風呂もあんのか?」
「簡素な奴だけどね。」
「簡素?」
「うん、火で温めた水を溜めてそれで体を洗うだけだよ」
五右衛門風呂の簡易版か。
まあ、この世界の技術ではそこまでが限界だろう。
「ねえ、一緒に入る?」
イリアがシャツを捲る動作をして腰を突き出しながら横目で聞いてきた。
「はっ!?入らねえよ!…」
「ぷはは!冗談に決まってんじゃん。浴室はこっちだよー」
「ったく…」
イリアはケラケラと笑いながら部屋を出ていった。
本当になんなんだあいつ。
風呂の位置やお湯の沸かし方をイリアに教わり、俺は先に風呂をいただくことにした。
服を脱いで足を湯につける。
ちなみに風呂に入るのは4日ぶりだ。イベント中だったからな。
暖かいお湯が体に染みる。
正直なところ、異世界がめっちゃ楽しい。
というのも、前世に絶望しすぎてたせいで楽しいという感覚が欠如していた気がする。
久しぶりに「生きる」ということに実感を持った感じだ。
前世の引きこもってニートしてた時とは比べ物にならないくらい楽しい。
明日はイリアが俺に魔法を教えてくれると言っていた。
とても楽しみだ。
俺は風呂から上がりイリアも風呂を済ませ、二人でリビングのソファーでさっき街買ったココアを飲んでいる。
この世界に季節という概念があるかは知らないが、夜は冷えるためココアが美味しい。
まあ日中は暖かかったから四季があるとすれば多分春か秋だろう。
「そろそろ寝よっか。
「ああ、そうだな」
「寝る部屋は……流石に一つのベッドだと2人で寝るのはきついから、二つベッドがある部屋にするかぁ」
ん?
「イリアさん?」
「どうしたの?」
「今なんと?」
「だから二つベッドがある部屋で寝るよって。キングベッドかいい?」
「違う、その前」
「ああ、2人で寝るよ?」
何を言っているんだこいつは。
「なんでだよ!こんなに大量に部屋がある家に住んでるのになんで同じ部屋で2人で寝る必要がある!」
「二つも部屋を使ったちゃうと掃除がめんどくさいしゃん。てか部屋分ける必要ある?」
「いやいや私部屋は?」
「持ち物がないから私部屋の意味ないじゃん」
「ぐっ…」
いやエロ本とかをさ、隠せないじゃん…
ああ。ないのか、そういや。
死んだから…
俺のコレクション……親にバレないといいな。
「まあいいか…」
「あとハルが私に手を出す勇気があるとは思えないし、」
「おい。」
「信頼だよ、し、ん、ら、い」
ものすごく煽られる。
すごく鬱陶しいが言い返せない。
「うるせえな、わかったから早く寝るぞ」
「はいはーい」
こうして俺の異世界転生生活の初日は終わった。