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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

佐渡犬美は噛みつきたい

作者: 雪鐘

 僕のクラスに、佐渡犬美(さわたりいぬみ)という女子生徒がいる。

背は僕より頭一つ分下、胸はそこそこ、いつも耳の下でツインテールを作る可愛らしい女子だ。

だけど彼女は人気がない。

その理由は…


「ウ"ゥゥゥ…ッ」

「ねえ、佐渡さんまた唸ってる」

「ホントだ。毎度毎度ウルサイよねぇ…なんのつもりなんだろ、あれ」


 女子グループが指差す先。

教室の端の席で今日も佐渡さんは唸っていた。

まるで狼とか、犬とか、本当に名前みたいな動物のような唸り声。

そのせいで、彼女はいつも一人で誰からも距離を置かれている。


「松島ぁ、お前声かけてこいよ」

「あ?嫌に決まってんだろ。あんなのコエーもん」


 近くの男子グループはまたちょっかいをかけようとしている。

前もあの状態の佐渡さんに声掛けて、酷く睨んで強い口調で返していた。

まるで動物の威嚇みたいな。

……そっとしてあげればいいのに。


 僕の名前は雉飼喜壱(きじかいきいち)、なんの取り柄もない高校2年だ。

どうでもいいけど名前のように雉を飼ったことはない。

好きな授業は社会、嫌いな授業は国語と数学かな。

まあ…特筆するようなものもない、平々凡々な高校2年生だ。

恋人は当然いた事なくて、やりたいこともあまりない。

そんな僕もついに転機が…訪れることなく、気付けば2年の5月になっている。

4月に編入してきた佐渡さん、クラス替えも相まってクラスは少しずつ馴染み始めた頃に、この問題(?)が浮上してきた。


「……ッ!」

「わっ…!」


 佐渡さんは突然立ち上がって怒った形相でずんずんと教室を出ていく。

途中で男子生徒とぶつかりかけて声を上げたのに、そのまま出ていった。


「なぁに?あれー。こっわ」

「あれとこれから学校生活過ごすの?絶対ヤなんだけど」

「わかるーっ」


 一瞬にしてクラスはクスクスと笑い声が漏れる。

ああ、嫌な空気だな。

僕は耐えられなくなって、トイレと称してクラスを出ていく。

もうすぐ授業が始まるっていうのに、どこに行ったんだろう。

気付けば、彼女の姿を探していた。

空き教室、科学準備室、屋上、家庭科室、音楽室、図書室、ぐるりと学校内を歩いて…(うずくま)る佐渡さんを見つけた。

場所は、視聴覚室。


「佐渡さん?」

「ひゃっ…!き、雉飼君…!?」


 声を掛けると肩を大きく震わせて驚く佐渡さん。

振り向いた顔は何だかほんのりと赤い。


「突然出ていくから…探しちゃった。顔が赤いけど、どうしたの?熱?それなら保健室に行ったほうが…」

「そ、そういうのじゃない!そういうのじゃないの…!ただ…」

「ただ?」

「あ、えっと、その…き、雉飼君はなんで私を探しに来たの?」


 赤い顔をする佐渡さんはどぎまぎしている。

どうしたんだろう。


「佐渡さんが心配になって来たんだ。ここ最近、ずっと唸ってたでしょ?困ったこととか、あったのかなって…」

「……大体皆離れてくのに私を心配してくれるなんて、雉飼君って優しいね。私のこと、怖くないの?」

「怖い?なんで?」


 俯いていた佐渡さんは顔を上げる。

目を見開いて、今度は驚いた様子だ。

僕、何か変なこと言ったかな?


「なんでって……だって、私、こんなだし…あの、えっと……う、唸ってたのはその、癖で…」

「癖?」

「きっ、緊張…しちゃって…お腹痛くなっちゃうの…」

「人見知りなんだ」

「あっ……っ!っ!」


 赤い顔で驚く佐渡さんは何度もこくこくと頷く。

緊張でお腹が痛むなら唸るのも仕方ないのかもしれない。

転入で皆とも距離が近づけなかったら、そうなっちゃうのも仕方ないのかな。


「良かったらさ、僕が友達になるよ。それで少しだけでも、輪に入ろう?友達作ってさ、皆とも遊べるようになろうよ」

「えっ!?……む、無理無理無理!」

「無理?なんで?」

「だ、だって無理だもん!私…」

「うん…?」

「私、か、か、噛み癖…あるから…」

「……???」


 今、なんて言った?

噛み癖?

なんのことだろ。

佐渡さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「あ…の…ごめんなさい、忘れて…!」

「……噛み癖があるの?」

「え?」

「どんな、噛み癖?」

「えっ?あ、えっと…」


 あまりにも珍しく、恥ずかしさでいっぱいといった佐渡さんに興味が湧いてしまった。

目の前で手を広げ、出してみる。


「佐渡さんのこと、もっと教えて。どんな噛み癖?」

「あ…あ…っ」


 更に目の前まで手を伸ばすと寄り目になって目をぐるぐるとさせている佐渡さんの手が、僕の手をつかんだ。

――かぷっ


「…っ!」


ぐぐっと、挟まれたような特有の痛みが人差し指の先に響く。

指先はねっとりと温かく、僕の指を喰わえる佐渡さんは……――すごく艶かしくて可愛いと思った。


「ご、ごめんなさい…!だめって分かってるんだけど、差し出されたらどうしても…!い、痛かった!痛かったよね!?」


 口を離して焦る佐渡さん。

その唇から伝った唾液の糸はぷつんと消えて、だけど指先は見事な歯型がついて確かな証明を残している。

体の底からぞくぞくと何かが湧き上がって、一般的な思考が吹っ飛んだ。


「……佐渡さん」

「は、はひ…!」

「本当に、緊張してお腹痛かったの?」

「えっ…!?」

「本当に、お腹痛くて唸ってたの?」

「あ…や…えっと…」


 本気の噛みだった。

食いちぎるとかそんなのじゃないけど、立派な噛み跡を残した指は今も少し赤い。

これが、こんなのが、簡単な癖で済まされる訳ないと思う。


「本当は…我慢してた?」

「…!」

「ずっと、こうして誰か噛みたくて、我慢してた?」

「あ…う…」

「正直に、教えてほしいな」

「〜〜〜っ!……えっと、その…その通りです…」


 佐渡さんは明らかにしゅん、と落ち込んだ。

両手で頭を抱え、まるで地獄を見ているような姿だ。


「……ねえ、佐渡さん」

「すみません…ごめんなさい…本当に、本当に差し出されると弱くて…ずっと我慢してて…でも、こんなの普通じゃないって分かるからどうにもできなくて…」


 ぶつぶつと呟き続ける佐渡さん。

沢山苦労したんだろうな。

そんな姿も相まって、僕はもうその辺りの普通の人間を脱していた。


「佐渡さん」

「はひっ!」

「もう一回、噛んでくれる?」

「えっ……えっ!?」

「どこでもいいから、噛んでくれる?」


 ぽかんとした表情。

それもそうだろう。

危害を加えたのに更に危害を加えろなんて中々人は言わないはずだ。

だけど、僕は最初の一撃でだめだった。

ぞくぞくと高揚感が溢れて、今ももう一度噛まれたいと思ってる。

噛んでる佐渡さんの姿を、もう一度見たい。


「佐渡さんはどこ噛みたいの?」

「えっ!?あ、でも…」

「どこでもいいよ。佐渡さんの噛んでる姿見たい」

「ふぇ!?え、えっと…く、首…」

「首…」


 もしかして、吸血鬼?

そんな疑問も一瞬湧いたけど、ここはファンタジーな世界じゃない。

僕はシャツのボタンを外して首を差し出す。


「はい、どうぞ」

「あ、う…!」


 瞬間、佐渡さんの表情が変わった。

差し出された首への興味。

抑えられない欲求。

そんな顔。

あまりにも可愛いその顔を見られるなら、どんな痛みを受けてもいい。

そんな気持ちにさせてくれる程の、艷やかな表情。


「いい、の…?絶対、痛いよ…?」

「いいよ。……はい」


 首を傾げて晒す。

佐渡さんの目は、もう首から視線を外さなかった。


「あ…う……えっと、し、失礼します…っ」


 佐渡さんの体が寄ってきて、両肩に手が沿われる。

頬を染めた顔が首元に近づいて、佐渡さんの白い歯が、唾液の伝った八重歯が、首元に刺さった。

――かぷっ


「……っ!!」


 体中を電流が走るような。

だけど、全然嫌じゃなくて。

痛いのは当然。

でもそれを凌駕した何かが体を巡る。

鼻には佐渡さんの匂いが掠めて、くらりと意識が持っていかれそうになった。


「……ふぅ…」


 時間にするとどれだけだろう。

5秒?10秒?

だけど1分は越えるような長い時間に感じた。

満足したようにするすると戻っていく佐渡さんは、照れた様子で頭を下げる。


「えっと…ご、めんね…?」


 なんだろう。

噛まれたことで妙に頭がスッキリしている。

同時に、さっき彼女に言ったことを撤回したくなった。


「……ううん。佐渡さんに謝るのは、僕の方」

「え?な、なんで…?」

「……佐渡さんの友達増やしたいって言ったけど、撤回するね」

「えっ!?」

「佐渡さんを独り占めしたい。佐渡さんになら噛まれたいからさ、これからも僕のこと噛んでよ」

「え…あ…えっと…ええっ…!?」


 驚く佐渡さん。

その目の前で、僕は佐渡さんの頬を両手で包んだ。


「佐渡さん、僕の彼女になってよ。そしたら…いつでも好きなとこ噛んでもいいよ。佐渡さんの噛み癖、秘密にするし」

「い、いつでも!?」

「だめかな?悪い条件じゃないと思うんだけど…。なんなら佐渡さんの秘密言っちゃう?」

「そ、それは酷いと思う…。でも、いいの…?」

「僕はいいよ」

「えっと……じゃあ……よろしくお願いします……」


 挨拶代わりに唇を……噛まれた。

流石に痛くて身体が跳ねたけど、可愛らしい彼女が出来ました。

噛みたい衝動がある子、可愛いと思います。

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