白い髭 後編
目の前に現れた化物は、体長1メートル程の骸骨だった。
ドラマ撮影用の道具かなと一瞬思ったが、そうでもなさそうだ。
どうやら、この世のものではないらしい。
本番前に白い髭のメイクをした途端、ぼくには霊的なものが見えるようになったのだ。
化物はセットのあちこちを動き回ったり、天井に飛び上がったり、一瞬もじっとしていない。
「みぶさん、気をつけてくださいね。最近、このスタジオで事故が多いんですよ」
ADがぼくに向かって言った。
「どんな事故?」
「ライトが落ちて来るとか、大道具がいきなり倒れてくるとか、そういうことが続いてるんです」
あのチビの骸骨の仕業に違いない。
「みぶさん、お願いします」
呼ばれてスタジオ内にはいると、骸骨が中を走り回っていた。
遊んでいるつもりなんだろう。
カメラの前に立ち、導師らしく杖を片手にスタンバイする。
骸骨の化物はカメラのまわりをぐるぐる回っていたかと思うと、いきなりその上に飛び乗った。
ぼくは思わず、そいつを睨みつける。
骸骨はこちらを振り向き、ぼくに自分の姿が見えることを不思議がるように首をかしげた。
「降りろ」
小声で命じると、化物はしばらくじっとしていたが、そのうちすごすごと床に降りて動かなくなる。
この髭のおかげで、導師の霊力も備わったのか、それから小さな骸骨の化物は撮影の邪魔をしなくなった。
「すみません、うちのペットがお邪魔して」
声がして振り返ると、メイクの寺下さんの2年前に亡くなったというお父さんがスタジオに現れた。
同時に骸骨が起き上がり、お父さんの足にじゃれつく。
「あの世に行ってから飼い始めたペットなんですけどね、ここに連れてきたら脱走しちゃって。皆さん、ご迷惑をおかけしました」
全員に向かって頭を下げたが、その姿はもちろんぼくにしか見えなかった。