灼熱氷土-熊ヶ谷-
1before the day
2completely ordinary
3thunderbolt out of the blue
4JPSIS
5ser-diver
6灼熱都市熊ヶ谷
7寒暑
8栄枯
9俺にしかできないこと
10僕にしかできないこと
週1更新を最低頻度として頑張っていきます。
初めてのオリジナル小説なので、気長に楽しんでいただけると幸いです。
誤字脱字ありましたら、ご連絡いただければと思います。
1 before the day
人は使命を持って産まれてくると言われているが、果たしてそれは全ての人に当てはまる話なのだろうか。自分の使命に向かって駆け出している人は地球上に何人いて、そのうちしっかりと全うしている人は何人残るのだろうか。ふとつけっぱなしのテレビに目を向けると、オーディション番組で優勝を発表する瞬間だった。ほら、優勝した子はとても輝いていて、今この瞬間に自分の道を見つけることができただろうが、僅差で負けてしまった彼女はどうなるのだろう。夢を一生懸命追っかけた結果が、将来を約束された新人歌手と歌がうまい一般人…そのような結果になってしまっても、彼女は夢を追いかけたことに誇りを持てるのだろうか。グッと涙をこらえて優勝者を称える彼女のこの先の道はどうなってしまうのか。
彼女の涙がこぼれる前に、僕はテレビの電源を切った。こんなくだらないことを考えている僕にはきっと使命なんてない、というのは嫌でも分かった。だってそうだろう?もし僕に人生をすべて捧げるような使命があっても、僕は今をこの6畳半の空間で過ごしているのだから、今更手遅れだろう。
「こんなくだらないことを考えているから、眠れないんだ」
誰に言ったわけでもない言葉はこの空間に溶けて消えていった。別に明日予定があるとか、そういうわけではないが、けれどこのまま起きていたら人としての道を外れてしまう気がする。早く寝よう。それで明日こそは、学校に行くんだ。
そう決意してゆっくりと目をつむった。さっきまでくだらないことを考えていたからか、案外眠気はすぐにやってきた。段々と酷く瞼が重たくなり、ついには何も考えられなくなったころには沼に沈んでいくかのように深い眠りについた。
「あれ、元気だった?今日はこっちに来るのが遅かったじゃない」
「…またこの変な夢か」
「えー!ひどいなあ。私と会える素敵な夢なのに、どうして不本意みたいな顔をしてるの?」
僕がため息をつくのと同時に、その目の前の彼女はぷくりと頬を膨らませた。黒髪ロングで細身の彼女は、なぜか僕の夢に頻繁に現れている。黒い髪と足首までの丈があるノースリーブのワンピースを纏う彼女は、現実にいたら美人ともてはやされていただろう。こんな可愛い子と知り合いなら、僕は死んでも顔を覚えているはずなのに、全く引っかかる点がない。結局僕は、この子は僕の作り出した「理想の女の子」なのかもしれないという結論に至った。そう考えれば、思い出せない罪悪感からも逃れられたからだ。
「それで?今日は寝る前に何を考えてたの?」
「まあ、何て言うか、哲学的なことだよ」
「何それ!なんで寝る前にそんなこと考えるの?」
「君も実際に寝てみればわかるよ。なんだか夜眠れないとそういうこと考えちゃうんだよな、解決もしないのに。」
「へー!つまんないの!」
無邪気に笑った顔で辛辣なことを言われ、夢の中でもぐさりと胸に刺さるものを感じた。
僕の話に飽きたのか、彼女はケラケラ笑いながら空中でクルクルと前回りを繰り返している。目が回るよ、とか、そもそもなんで君は浮いているんだ?とか、そんな疑問は初めてこの子にあった時から解消されていない。彼女曰く、
「不思議なことがあっても仕方ないわ。だってここはあなたの夢の中なんだから」
ということらしい。今日の彼女も空中でひとしきり回った後、ふわりと風に浮くハンカチのように、体を浮かせて僕を上から見下ろしていた。
「ねえ、今日の哲学的なことってさ」
「いくら僕の夢の中だって何が起こるかわかんないでしょ。早く降りておいで」
「もしかして、生きる使命とか考えてた?」
的を得過ぎた回答に、僕は少したじろぐ。
「君にはすべて筒抜けなんだね。まあ、そんなところだよ」
「そんなの考えていても、分かるわけないじゃん」
「う、うるさいな。そういうの考えたくなる年齢なんだよ」
「あなたって前から思っていたけど」
そういうと彼女は体を下に向け、まるで泳いでいるかのようにくねらせながら僕のそばまで降りてきた。体がまだ浮いたままだから、天女の彼女に頬だけ触られているかのようでドキッとしたが、そんなことは言わないでおこう。
「んー…」
「な、なんだよ。言いたいことがあったら言えば?」
じっと瞳を見つめられ、僕は思わず目線をそらした。彼女はそれでもずっと僕の目を覗き込むようにしている。無言の圧に耐えられず、ちらりと横目に彼女のほうを見ると、きれいなヘーゼル色の瞳と目が合った。ぱちりと大きな瞳を向けられて、心臓がギュッと苦しくなる。
「ふふ、見かけによらず根暗なのね」
「…は!?」
ここまで貯めておいてなんだその言いがかりは、撤回してほしい。俺が抗議しようとすると、またくすくす笑って空に舞い戻ってしまった。
「ねえ、私約束するわ」
声が聞こえるほうに顔を上げると、彼女に後光がさしているようで表情まで確認ができない。けれど、その声色はいつも通り楽しそうに僕をからかっている。
「いったい、何を約束してくれるんだ」
鬱陶しそうに僕が言うと、彼女は僕に向かって両手を伸ばしてきた。その光景はまるで天国に連れて行ってくれる天使であるかのように、美しい。
「私、あなたの使命を見つけてあげる」
「なんだって?僕に見つけられないと言うのに、君には無理な話だろ」
「そうかしら?私、こう見えて探し物ゲームは得意なの」
「ゲームって…僕の人生の道をそんな軽く決めるなよ」
「けど、いい考えでしょ?私、そのためならなんだってできるわ」
彼女は今回の件によほど自信があるようで、任せてくれという思いが声色に乗っていた。ここまで僕のことを思ってくれる人もそうはいないだろう。何を変なことをと思ったが、僕は不思議な彼女の提案に賭けてみることにした。
「見つかるかどうか分からないが、まあ頼んだよ」
「え!?本当に!?」
「ああ、あてはいくつあっても問題ないからな」
そんなやりとりをしていたら、段々と僕の意識がはっきりとしてくるのがわかった。いつも彼女との時間は、僕の目覚めによって遮られる。今日も僕が起きる時間なのだろう。
「じゃあ、僕はこの辺で。また明日会おう」
「ふふ、喜んで!と言いたいところなんだけど」
「ん?どうかしたのか?」
いつもなら、夢の中の彼女は喜んでととびっきりの笑顔を見せて僕を現実に押し出してくれた。今日もそうなるだろう、いや、それを望んでいた。それなのに、彼女はニコニコとしたまま僕に近づこうともしない。
「言ったでしょ?私、あなたの使命を見つけてあげるの。だからもう、あなたとは会えない」
「あ?何言ってんだ。大体君は僕の夢の住人なんだろう?僕が合おうと思えばいつでも会えるさ」
「ええ、そうね。夢の住人だったのよ。けれど今は違う。私、あなたと約束したから」
ぼくも意識が目覚めてきて、この空間にいられなくなる。空間にいる僕はどんどん体が透けていって、もう足の半分は消えていた。どういうことだ、普段しない考え事をしていたから、変な夢になっているのか。
「さよなら、私の大切な人。次に会う頃には、もう忘れているかもしれないけど、けれど私にとってあなたは、あなただけが私の友達だった」
いつものようにニコニコ笑いながら、けれど決定的に違うところは、彼女に差していた後光がひどく禍々しく歪んでいることだ。
「え?おい、大丈夫か?僕が寝る前に変なこと考えたから、今日は様子がおかしいのか?」
「きゃー、変なことって、いったい何考えてたの、えっち」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「またね、次会うときも、私とこうして話してほしいな」
僕に向かって手を振った瞬間、彼女は後光に…正確に言えば、後光に潜んでいたナニカに食われた。がぶりと、頭から。
「は?なに、なんで」
食べられたという表現が正しくなかったかもしれないが、けれど彼女を連れ去ったのは、巨大な牙がギザギザと無数に生えている口のような何かだった。彼女も化け物もなにもかもいなくなった空間で、僕は一人ぽつんと残されていた。
今日はひどい悪夢だったのだ。いつもならここで彼女とたわいのない話をしながら、つらい現実に帰っていくんだ。そうだ、これは夢だ、だからこんなに冷汗をかくはずはないのになぜか僕の肌はぐっしょりと濡れ、喉はひゅーひゅーと乾いた息を出していた。