魔界と悪魔と僕と⑤
こわい
ただただこわい
なんなんだ
ここは
ここは地獄の一丁目
なのか?
大通りには、とてもたくさんの悪魔たちが行き交っている。
僕と男の人はその中を、悪魔たちと同じように歩いていく。
男の人が前で、僕はそのあとをついていく。
僕は呼吸でさえ悪魔たちに気付かれるんじゃないのかと、必死に口を抑えていた。
悪魔たちはハーハーと、呼吸が荒いやつが多くて、僕の吐息なんかで気付かれるはずないのに、それでも気付いたら荒くなっていく自分の呼吸を、僕は精一杯飲み込みながら歩いたんだ。
歩く速度が速くないのが救いだった。
僕と男の人は俯きながら、それでもすれ違う悪魔たちとぶつからないように、慎重に歩を進めていた。
しばらくすると、あの学ランの男の子がいた場所のすぐ近くまで来ていた。
大通りから路地に入るわき道。
すぐ左前にある道に、彼はいた。
そこを通り過ぎる一瞬、ほんとに少しだけ、そこを見てみた。
ヘドロまみれの、四角い箱のようなものの後ろ、そこに、あの時彼はいた。
でも、今はもう、遺されていた学ランもなくなっていた。
なんだか悲しい気持ちになって、少しだけ目を閉じて、黙祷を捧げることにしたんだ。
どんっ
わっ!
前にいた男の人にぶつかって、僕は後ろに倒れて尻餅をついた。
いけない。
前から目を離してしまった。
前を歩く男の人にぶつかってしまったみたいだ。
悪魔たちに気付かれるような怪しい行動はするなって言われてたのに。
すっ
俯いているからよく分からなかったが、どうやら前を歩いていた男の人が、尻餅をついた僕に手を差しのべてくれたみたいだ。
ごめんなさい。
こんな目立つようなことをして
ごめんなさい
それでも手を差しのべてくれた男の人に、僕は申し訳なさを感じながら、その手をとった。
ぐにゃ
えっ?
差しのべられた手は、鶏の生肉をつかんだような嫌な感触だった。
人間の手って、こんな感触だっけ?
僕はもうすでに、その答えをなんとなく分かっているだろうに、嫌な予感を押し潰して、そんな風にとぼけてみせた。
僕の心臓はもう、はち切れんばかりに鼓動を繰り返していた。
はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁっ
呼吸が荒くなっていく。
そんなまさか
僕の勘違いであってくれ
きっとすごい緊張していて、感触なんて分かんなくなってるだけだ
お願い!!!
そう願いながら
恐る恐る顔を上げると、
目の前に悪魔の顔があって、
僕は、悪魔の手をつかんでいた
「ひっ!」
「わああああああぁああぁぁぁあああぁああぁぁぁああああっっ!!!!」
叫ぶのを我慢するなんて無理だ!
悪魔の顔をすぐ近くで、思いっきり見てしまった。
なんだあれなんだあれなんだあれなんだあれ!
あんなの!
むりだ!
突然叫び声をあげた僕に、悪魔も驚いたように一回身を引いた。
それでも、僕の声に気付いたのか、再び近付いてきた。
そいつだけじゃない。
周りにいた道行く悪魔たちも足を止めて、僕を囲い始めた。
見つかった
ぼくは
ミつかっタんだ
尻餅をついたままの僕を、無数の悪魔が周りを囲んで見下ろす。
絶対に嫌だと思っていた光景。
その中に、いま僕はいる。
あ、むりだ
気を失ないかけた時、悪魔たちの中に、一点の光が見えた。
光というより、見ても平気だと思える一点。
あの男の人だ!
そうだ!
僕には彼がいた!
仲間がいたんだ!
ごめんなさい!
見つかってごめんなさい!
よそ見してごめんなさい!
助けてください!
そう心の中で叫んで彼を見た。
声に出して叫んだつもりだったけど、恐怖で、声はもうとっくに出ることをやめていたみたいだ。
それでも、僕の心の叫びが届いたのか、彼と目があった。
彼は、一瞬だけ壊れた道具を見るような目で僕を見て、すぐにふいと振り向いて、再び歩いていってしまった。
え?
あれ?
どこいくの?
ここだよ?
たすけて
くれないの?
え、むりだよ
むりだ
こんなところにひとりで
もうむり
自分の瞳が、心が、深い深い所に落ちていくのを感じた。
もう
まっくらだ
コツッ
うなだれた僕の胸ポケットに、何か固いものがあるのに気付いた。
ああそうだ。
いざという時のために、あの男の人がくれた武器だ。
まだ、僕には、これがあった。
もはや僕には、これにすがるしかなかった。
弾が何発あるのかなんて知らない。
でも、これで威嚇すれば、あいつらも怯むはずだ。
その隙を見て、逃げるんだ。
そう思って僕は、胸ポケットからその銃を出した。
目の前にいた、僕が触った悪魔にそれを向ける。
教えてもらった通りに、安全装置を外す。
悪魔たちがどよめいている。
銃口を向けられた悪魔は、ひどく驚いたようにたじろいでいる。
そうだ。
怖いだろう。
これはお前たちにとって怖いもののはずだ。
そうだ。
僕にとってお前たちがとんでもなく怖いなら、僕が、お前たちにとっても怖いものになってやる。
そうして僕は、その引き金を引き絞る。
ガアンッ!!
どさっ
すごい音がしたあと、目の前の悪魔が後ろに倒れた。
狙いどおりに、体の真ん中に当たったみたいだ。
頭に当てる自信はなかったから体を狙ったけど、うまくいった。
こんなゲームもやったなー
憎き悪魔を倒した僕は、そんな感想しか浮かばなかった。
「……………」
目の前の悪魔が倒れたあと、周りは一瞬静寂に包まれた。
「うわっ!」
でもすぐに、周りの悪魔たちがいっせいに叫び声をあげた。
その咆哮はとてつもなく怖くて、うるさくて、耳が痛くて、思わず耳をふさいだ。
悪魔たちは叫び声をあげながら、あちらこちらに逃げていく。
中にはその場に立ったままのやつもいる。
後ろに気配を感じた。
ざっと振り返ると、すぐ近くに別の悪魔が来ていて、僕を捕まえようとしていた。
僕が振り向いたことに驚いた悪魔はたじろいたが、それでも僕に手を伸ばしてきたから、僕は慌てて銃を構えて、そいつも撃った。
今度は近かったから、うまく頭に当たって、その悪魔も倒れた。
周りの悪魔たちがよりいっそう騒いで逃げていく。
ああそうだ。
逃げろ。
どっかに行ってくれ。
そう思って銃を振り回すと、悪魔たちはさらにさらに叫び声をあげて、逃げていった。
よし!
これなら僕も逃げられる!
ガアンッ!!
え?
悪魔たちが散って、僕も逃げるために走り出そうとしたら、銃声がした。
僕は撃ってないのに。
「あつっ!」
急に左腕が熱くなって見てみると、僕の二の腕に穴が開いていて、そこから血が流れていた。
えっ?
いたい
え?
あっ
撃たれたのか
そっか
これはあいつらの武器って言ってた
あいつらも使ってくるなんて当たり前じゃないか
ああ
撃たれた
「あああああああっ!」
僕は撃った。
痛みと恐怖と興奮で、もう何がなんだか分からなくなってた。
どの悪魔がどっから撃ってきたのかも分からなかったけど、もう周りの悪魔たちが怖くて怖くて、もうただ怖くて、うるさくて、もうただ、めちゃくちゃに撃った。
狙いなんてつけてない弾はまともに当たらなかったけど、何体かの悪魔がすごい声をあげたから、きっとそいつらにはうまく当たったんだろう。
とっくに弾切れだったのに、僕はずっと引き金を引いていた。
そうすれば、あいつらが近寄ってこないかもしれないって思って。
僕はずっと、銃を振り回した。
ガアンッ!!
「ちっ。
弾切れの銃を振り回して、最後はあいつらに撃たれて終わり。
所詮はガキか。
まあこんなもんか。
データはとれたし、よしとしよう」