魔界と悪魔と僕と④
「………行くぞ」
一歩踏み出すまではとてつもなく緊張していたけど、始まってしまえば、とてもとても静かな行軍だった。
いや、それは嘘だ。
今だってとっても緊張しているし、静かなのは僕の外側の世界だけで、僕の体の中では、心臓がこれでもかと音を鳴らしている。
どくんどくんとかじゃない。
どっどっどっどっどっ!と。
ものすごい早さで心臓が脈打ち、それが全身に響いて、僕の足を震えさせもするし、そのおかげで、前に進めてもいる。
口から心臓が出そう。
なんて、ほんとにその通りだよ。
それどころか、心臓が体の外まで爆発して、それで悪魔たちに気付かれてしまいそうで。
そんなよく分からないことを必死で心配して、それで何とか自分を保っているような気がしたんだ。
そんな心持ちのまま、少し歩いて狭い路地を抜けると、
スッ
と、前を歩く男の人が右手を目線の高さまで挙げた。
事前に決めていたハンドシグナルだ。
男の人はそのあと、手首から先だけを前に倒した。
あれは、『ペースを落とせ』の合図だ。
あっ
目の前には、とてもたくさんの悪魔たちが歩いていた。
ひっ!
僕は思わず出てしまいそうになった悲鳴を、口を抑えて懸命に堪えた。
どうやら、人?通りの多い、太い道に出たみたいだ。
こんなにたくさんの悪魔たちがいる所に出ていくの?
そう思うだけで、自然と足が震えてしまった。
目の前が真っ白になりかけた時、目の前の男の人が、再び右手を上に挙げた。
その手は、少しだけ震えてるように見えた。
ああそうだ。
この人だって怖いんだ。
それでも、僕より前に立って、先導してくれてる。
こんなたくさんの悪魔たちの所に、先に立ち入ろうとしてくれてるんだ。
そう思うと、僕はもう少しだけ頑張れそうな気がした。
そんな僕の気持ちを待っていたかのように、挙げられた右手は肘の所から前に倒れた。
『行くぞ』
の合図だ。
はい!
僕は心の中でだけでしっかりと返事をして、悪魔たちが闊歩する大通りへと足を踏み出した。
男の人は、一度もこちらを振り返ったりしなかった。
悪魔たちに不審がられるからかもしれないけど、僕にはそれが、僕を信頼してくれているみたいで、何だか嬉しかった。