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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
03  忘憂の魔王
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03-11  しどろ・もどろ・おどろ

 手に取った服をじっと眺め、ちらりと横を見れば、ほんのりと目元の赤い女店員がニコニコ微笑んできた。

 助けを求めるかのように同行者を探すも、幼なじみは椅子に腰かけて、絶賛幼女のブラッシング中である。けれどもぴょんぴょん跳ねている黒髪は、櫛を入れた程度では整わない。

 幼女は昨日買ったばかりの服を着てご満悦かと思いきや、脚を揺らす様はどこか落ち着かない印象を与えている。


「ほら、よそ見しないでくださいよぉ。気になったのなら試着しませんかぁ?」

「気になった、とまでは言わない、というか」

「えー? ティーちゃん、それ似合うと思うんだけどなぁ」


 両手を揉み合わせながら唇を尖らせる三つ編み女トゥーリン。

 渋い声を出している茶髪の勇者ティジーは、絶賛服選び中である。


 朝食時にトゥーリンの違和感に気付いたティジーは、幼なじみにさり気なくその理由を問うも、返ってきたのは「トゥーリンが持っていた〈勇者証〉を失くした」という簡素なものだった。

 〈勇者証〉は再発行可能な首飾りで、言わば勇者の証明となる装飾品である。通常、勇者にしか与えられないそれを持っていた彼女の経歴に疑問を抱くも、おそらくティジーたちより数個年上程度の彼女を〈勇者村〉で見かけた記憶はない。故にトゥーリンが勇者ではないことは明白だ。


 となると、考えられるのは彼女がたまたま拾った〈勇者証〉を所持していた……のだが、後生大事に持っていたのだと言うのだから赤の他人の持ち物というわけでもあるまい。

 勇者と一悶着あった街で、さらに勇者と一悶着ありそうな宿を選んでしまったなと、ティジーは手に取った服を元の場所に戻す。そして横目で三つ編み娘をちらりと見やる。


「どうかしましたかぁ?」

「……ずっと張り付いてなくてもいいんですが」

「相棒さんに疑われちゃうからですかぁ? 大丈夫ですよ。私、背の低い人は好みじゃないのでぇ」

「相棒って信じてるように聞こえないんですけど!?」


 男女二人旅――ではなく、男女女三人旅のティジーはしばしばフォランとの仲を疑われる。

 どちらも勇者ですと説明をすれば、相棒かと納得してもらえるのだが、時折形だけ納得して、内心はそういうことなんでしょー、とちょっかいを出してくる輩がいる。

 ティジーとしては、フォランに対して失礼になるのでなるべく誤解がないようにしたいというのが本音だ。


「ったく、奥さんは大人しいのに、どうしてこう口喧しく育ったんだか」

「ティーちゃんってば昨日会ったばかりなのに、随分と大口叩きますよねぇ」

「トゥーリンさんは揚げ足を取ることがお得意なんですねえ!」


 付き合っていられないとばかりに、つかつかとティジーは歩き出した。毒を吐けども、吐かれた本人はへらへら笑っている。トゥーリン的には、ティジーが揺さぶりに反応したと喜んでいるらしい。


 店内の奥には二つの扉があり、片方は作業部屋への扉、片方は居住スペースへの扉となっている。

 接客は専らトゥーリンに任せきりなこの店では、新たに服を作るのは彼女の母の役目らしい。閉店後はトゥーリンも服作りに勤しむらしいが、まだ依頼を受けられる段階には及んでいないと夕食の時に話を聞いた。


 戸を開いて、小ぢんまりした作業部屋に顔を出すティジー。

 トゥーリンの母が向かう、壁際にぴっちりと付いた長い机の上には、ハサミや糸や布の切れ端が乱雑に散らかっていた。その机の前の壁には大きな黒板が貼られ、おそらくは納期や依頼品のあらましがざっくりと綴られている。

 机と反対側のおそらく本棚のような棚には、格子状の仕切り単位に色鮮やかな布が詰め込まれて、一見すると芸術品のようにも見える。戸を開けたティジーの右隣の壁には棒が付けられており、ハンガーにぶら下がるフリフリ全開な服を見て思わず嘆息した。


「すげぇ……」

「ちょっとちょっと。おかーさんの邪魔しないでくれますかぁ」

「だってお前、ちょっかい出すばっかでなんも当てになんねえんだもん」


 作業部屋の入り口でやいのやいのと騒ぐ二人の声が届いていないのか、それとも無視しているのか、トゥーリンの母親はもくもくと作業を続けていた。


 黒板を見る限り、近い日に納品しなければならない依頼があることは察しがついた。余程集中しているのだなと納得しつつも、からかってくるトゥーリンよりはまともな助言が出来るのではないかと羨望の眼差しを送ってみる。

 しかし、一向に振り向く気配はなかった。


「ほぅら、こっち見ないのは分かったでしょ。分かったらさっさと出てってくださいまし?」

「なんで急にお嬢様になんだよ……」


 元々トゥーリンに反抗するためだけの策だったので、不発に終わったところで大した損害はない。

 後ろにまとわりつく三つ編み女を肘で追いやって、扉を閉めようとした時、ティジーはひとつの絵画を目にした。


 扉の右横、つまりハンガーを掛ける棒のある壁に、ひとつの絵が飾られていた。

 色は付いておらず、黒い筆のようなもので人物画が描かれたそれは、ひと目見ただけで誰を描いたか明白なくらい、はっきりと特徴を捉えていた。小顔で三つ編みをしており、目元がきりりとした――紛うことなきトゥーリンである。

 額縁も小さく、色も付いていないことから、個人が片手間に描いたものだろうということには察しがつく。右下には名前と思しき走り書きまであったので、絵師の卵が書いたものだろうと、勝手に納得したティジーは部屋から出て扉を閉めた。


「フォラかわいー!」

「まだ試着もしてないのに、どうしてそんなことが分かるのかしら」

「だってこう、ふあってしてるの似合うんよ。だからかわいーんよ」

「検討材料にしては弱すぎる意見ね」


 服売り場に戻ったティジーは、衣服を手に取るフォランと、それに茶々を入れるペルチを見た。

 ティジーが離れたことで、意気揚々と売り場に踏み込んだと見られる。

 昨日服を買ったのはペルチだけだったので、フォランも山越えを見越して厚めの服を見繕うらしい。


 前提はさておき、ペルチに褒められたフォランは、言葉こそ素っ気ないが、鏡に向かって服を合わせているあたり、満更でも無さそうだ。


「おふたりは仲良しさんなんですねぇ」

「トゥーリンさんの助けがなくとも、あいつらは服選べると思いますよ」

「ならティーちゃんには私の助けが必要ですねぇ!」

「どうしてこうなった!」


 手を揉み合わせ、一向に離れる気のないトゥーリンに文字通り頭を抱えるティジー。

 とはいえ、服が必要なことには変わりないので、先程吟味していた地点にのそのそと戻る。

 と、ペルチにつんつんと服を引っ張られ、何事かと振り返る。


「ね、ね。ティジもフォラ、かわいーって思うんよね?」

「へっ!?」


 鏡の前で服を合わせていたフォランがくるりと振り返り、ばちっと視線が合う。

 彼女の普段着は若草色のゆったりとした半袖服であるが、現在手に携えているのは枯草色の、袖の長い服である。色味としては少し黄色が強いが、落ち着いた雰囲気はフォランとよく似ている。


 軽く小首を傾げられ、幼なじみが言葉を求めていることを察したティジーは、しどろもどろに感想を述べる。


「えと……その、まあ、いつものと似てるし、悪くはない、んじゃねえの?」

「ティーちゃん、そういう時はね、ハッキリ伝えた方がいいですよぉ!」


 トゥーリンが体を擦り寄せて来たので、反射的に飛び逃げるティジー。

 少しばかりトーンの上がった声から、二人を「そういう目」で見ていることは明らかである。


「かっ、可愛いとかよく分からんから、そういう適当なことは言えん!」

「ティジ、かわいーわかんないの?」

「逆にどうして分かるんだ! そんな型にはめた分類をするくらいなら、いい感じ、でいいだろ!」

「いい感じって何ですかぁ。ビビっと来たなら、それはもう『可愛い』ですよぉ!?」


 一番の部外者であるトゥーリンが、何故か一番ぐいぐい近づいてくる。手で避けるようなアクションをしてもぶんぶんと首を横に振られ、離れる気配はない。


 そんな攻防を繰り広げるティジーに、フォランが呆れたように呟く。


「村で一度も言われたことの無い言葉を突然かけられても困るわ。そもそもティジーが私をそういう目で見てないのは解ってるし」

「な、なんだよ。怒ってんのか?」

「大きな声で言い訳してると逆に誤解されるからやめなさい、って言ってるの」

「フォラ?」


 ティジーの懸念を真っ当な言葉でぶった斬ったフォランは、見るからに気分を害していた。

 幼なじみの言い方に怒りはあれど、言い分は最もだと感じたティジーは反論せずに腕を組む。がしかし、目で睨みつければ向こうも睨み返してきたので、口論は無言の攻防に変わっただけのようである。


 そんな二人がいがみ合うさまを不思議そうに眺めるペルチに、トゥーリンがしゃがみこんで語りかける。


「ペルちゃん。これが痴話喧嘩って言うんですよぉ」

「チワゲンカ」


 意味が分からぬまま単語を復唱するペルチに、そうそうーと笑顔で相槌を打つトゥーリン。

 内心に渦巻く怒りの吐きどころを幼なじみから女店員に変更したティジーは、本能のままに言葉を吐き散らす。


「おまっ……事実と異なることを教えるなっつの! どうしてこう軽薄なんだ!? 絵のモデルしてる時みたく大人しくしてれば、まだまともなのに!」

「……絵のモデル?」


 相変わらずぽかんとした顔のペルチと並んで、今度はトゥーリンがぽかんと口を開けた。


「そうだよ、さっき作業部屋に飾ってたやつを見たんだよ。あれ、お前だろ? だまってればまだまともに見えるんだから、もっと口数減らせっての!」


 まくし立てるように不満をぶちまけるも、当人は何やら考え込むように目線を上に向けて黙り込んでいた。


 その通り、とか、よく見つけましたねえ、といった、ちゃらんぽらんな返答が返ってくると思ったティジーは、謎の沈黙に頬を引き攣らせる。

 もしや地雷か何かを踏んでしまったかと思った矢先、トゥーリンの口元が小さく歪むのを目に入れた。


「そっか、似てるんだ」

「……へっ」

「ううん、なんでもない。なんでもありませんよぉーっ」

「わふーっ!?」


 何故か笑顔になったトゥーリンに、ペルチはぎゅうと抱きしめられる。

 どうやら件の絵のモデルが彼女ではないらしいことを理解したティジーだが、トゥーリンが何故そこまでご機嫌になるのかはさっぱり理解出来なかった。

 そしてペルチを取られて不貞腐れたティジーは、そそくさと二階の部屋に移動する。


 ひとり、鏡の前で抱き合う二人を見つめるフォランだけが、憂いを帯びた瞳をしていたが、それに気づく者はいなかった。





「今回の宿は随分と賑やかじゃの」


 部屋に戻ったティジーを出迎えたのは、カゴの中から愛くるしい片目を覗かせる白獣だった。

 室内に獣を入れることを許可してもらったものの、店の中で歩き回っては接客の邪魔になる、と自ら留守番を課した生真面目な魔王を見て、深く息を吐くティジー。

 そのまま部屋の両端にある寝台のひとつに腰を下ろす。


「賑やかで済めばいいんだけどな。個人的には、わざと付きまとってる感があるというか」

「ほう? それはオヌチが勇者だからかえ?」

「……なんの根拠もないけど、たぶん」


 トゥーリンとの初対面で、耳元に囁かれた言葉。


――個人的には気に食わないけどいーですよ。勇者さまは救世の主、ですしねぇ?


 それは今のティジーにべったりな彼女とは真逆の意味を持つ言葉であった。

 個人的に、という部分はおそらく彼女個人が〈勇者証〉を持っていた過去に関係があるものと推測する。

 その勇者が果たしてシェアボラに軋轢を残した当人なのかは明らかではないが、いずれにせよ、トゥーリンは他のシェタボラ町民よりも一筋縄ではいかない存在だということは明らかだ。


 俯きがちのティジーの隣に、ちょこんとチコラハが並ぶ。いつの間にかカゴから出て寝台に飛び降りたらしい。


「浮かない顔じゃの」

「んー、なんかさ、上手く言えないんだけどさ。もしトゥーリンさんが勇者に恨みがあるけど、店の都合上オレたちの接客をしなきゃいけないから空元気出させてるのかなって思うとさ」

「遠慮ちてちまうのか?」

「……そんなかんじ、だと思う」


 察しのよい魔王に、見事心中を言い当てられたティジーは、手を後ろについて天井を見つめる。


 自分は勇者には不相応だ、となんだかんだ思っていたものの、いざ他の勇者を知る人間に出会うと、勇者としての鎖に縛り付けられている己を不甲斐なく感じていた。


 〈成人の儀〉の内容を考える限り、勇者は如何なる時も魔王討伐を考えなくてはならない存在なのだろう。あんな試験内容を出す時点で、そもそも王国側が、人的被害を出さずに魔王を討伐できるなどとは思っていないのだ。

 そう考えると、シェタボラに傷跡を残しつつも討伐を成し遂げたかの勇者は、王国が求める模範的な勇者の一人であろう。


 名前も顔も知らない勇者の所業に対して罪悪感を抱いているなど、フォランに聞かれたらそれこそ現実的ではないと斬られるはずだ。

 けれども、ティジーは辻褄の合わないトゥーリンの言動を完全に無視することが出来ず、こうして頭を悩ませていた。


「シャルキは違ったんだろうなあ」


 ティジー自身、魔王は悪であると豪語する絵本の主人公に良い感情を抱いてはいない。

 けれども、後世に絵本として語り継がれている彼の活躍は、賞賛に値するものだったに違いない。であれば、もちろん、王国が期待する働きを出した成功者なのだろう。


「シャルキというと……〈漆黒〉の勇者じゃったか?」

「うんにゃ。たぶん、今んとこ一番有名な勇者だ」


 魔王であるチコラハもシャルキの知識は有しているらしいことに驚きつつも、そりゃシャルキだもんなあと心の中でぼやくティジー。


 惚けている内に、トン、とチコラハが腹の上に乗ったことにも数秒経ってから気づいた。

 

「勇者という肩書きがどれほど大きなものかワチには分からぬ。じゃがの、ティジー。同じ肩書きを持つ見ず知らずの他人と己を比べるのは、暇人のすることじゃろ?」

「おう。そりゃ暇人だろうよお、今のオレぁ」

「そうではない。そんなこと考える暇があるなら、もっと他の事を思い描くと良い、と言っておるのじゃ」


 ふさふさの尻尾をぴんと立ててバランスをとるチコラハと、ネコほどの大きさの白獣を沿った腹部に置くティジー。

 寝台についた手を押して姿勢を正してしまえば、この謎の攻防も簡単に終わってしまうのだが、ティジーはそうはしなかった。


 代わりに、体重を後ろに傾けて、ゆっくりと背を寝台にのせる。

 白獣に屈服させられスタイルに早変わりした。


「そーれができたら、こんなに悩んでねえんですよ、チコラハさんよお」

「……だから服を選んでおったわけではないのかえ?」

「あれはあ……なんかこう、話のノリで!」


 気を紛らわせる服選びも、結局別の方向に思考が固まってしまう事態になってしまったことを思い出し、ひとり唇を尖らせるティジー。

 チコラハはというと、ヤケクソなティジーの言葉にあらかた納得したようで、しばし思案する。


 大の字に寝そべったティジーは、何の気なしに腹の上に座るチコラハの背を撫でる。

 暖かな体温と体毛に触れ、自然と肩の力が抜けた。


「ならば、もう一度寝てみるのも手じゃろうて」

「もうすぐお昼なんすけど」

「時間になったらワチが起こすぞ?」


 上半身をだらしなく寝台の上に横たわらせたティジーは、それも一案かとチコラハを撫でながら思う。

 そうして乱雑に靴を脱ぎ捨て、チコラハを抱えたまま布団に潜り込んだ。


「ワチを巻き込んで良いとは言っとらぬ!」

「いいじゃん。お前ぬくいんだし」


 両腕で抱き抱えられてしまった魔王は、けれども満更でも無さそうに勇者の胸中で温もりをとることにしたとか。


 

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