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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
03  忘憂の魔王
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03-06  回収ツアー

 心地よい日差しが降り注ぐ昼過ぎ。

 とある街道の一端にて、のどかな陽気をぶち壊すかのようなふたつの怒声が飛び交っていた。


「そんなに危険なら、なーんでその辺に放置しておいたんすか? 杜撰な管理をしといて、人に盗られたから取り繕うってのは恥ずかしーすよ」

「管理してた人がいなくなったから探しに来たのであって、あたし達に非はありませんてば!」

「なーるほど、人を見る目がなかったんすね。いずれにせよ、あんたらのモンである証明もないわけじゃー渡す訳には行かねーすなあ」

「ああ言えばこう言う……!」


 がに股になって歯を食いしばる銀髪女は、きっちり纏めたお団子なんてお構い無しに頭を掻きむしる。

 言い争いの主は、風呂敷を広げて骨董品を販売する露天商である。頭部にぐるぐると巻かれた布は年季を感じさせる。皺だらけの上着とボロボロの手垢を見るに、だらしない性格であることは想像に易い。

 そんな二人の、もとは交渉だったはずのケンカを直立不動で眺める糸目男は、殺気立つ気配にものともせず、大きな欠伸をした。

 

 しきりに二人が話し込んでいるのは、布の上に丁寧に置かれた、赤い水晶玉の所有権である。

 発色の良い紫の布を折り畳み、その上にちょこんと置かれた、手の平大の赤い水晶玉。浪人のような外観である店主が露天に出していても、はっとするような色合いをしていた。

 上部をくり抜かれた部分に金具が取り付けられており、そこに紐が通されていることから、装飾品の類であることは明らかである。


 露天商の売り場にやってきた銀髪女は、最初は低姿勢で、水晶玉を譲ってくれないかと頼んだ一方で、売りものをタダで渡す訳にはいかないと露天商が返事を渋ったことから始まった争いだった。

 傍から見ると難癖をつけて商品を無償で譲渡しろと脅しているようにも見えるため、周囲の人々は災難な客に出会ったものだと、二人のケンカに注目することはあれど仲介に入る者はいなかった。


「何度も言いますけどね、こいつァー俺が発見したんすよ。わざわざ純度の高い鉱石を見つけて、研磨師に依頼してやっと受け取って、こーして売りモンにしてるの。それとも何だ、国の役人さんは商品をぶんどって管理出来る権限でもお持ちなんすか?」


 半目で鼻を鳴らす露天商は、赤い水晶玉はあくまで自らが見つけた商品だと主張していた。

 けれども、男の発言にいよいよ我慢が出来なくなった銀髪女は、勇ましく足を踏み鳴らす。とすっ、という軽い音が鳴った。


「んなこと言ってないでしょ! それは元々国で管理してるものだから、わざわざこぉんな辺境にまで来て回収しに来てるだけで、あんたの売りもんにはただの一銭も興味はないっつの!」

「サナーリア」

「何、嫌味ィ」

「声が大きい」


 糸目男イアニィは、前屈みになって拳を握る銀髪の部下サナーリアに一言だけ告げた。

 長らくだんまりを決め込んでいた上司が口を出してきた理由を悟ったサナーリアは、口をへの字に曲げてから一歩隣に移動する。


 開けた空間に割り込んだイアニィは、露天商に向かって、元から細い目のまなじりをわざとらしく下げる。突然前へ出てきたイアニィに対して分かりやすく眉を寄せる露天商。

 警戒されているのを知ってか知らでか、イアニィは笑顔のまま鞄の中から布に包まれたなにかを取り出した。


「今の言葉を繰り返しますと――貴方は、それを鉱石の状態から採掘して加工してもらった、ということで間違いありませんか?」

「なんすか。俺の言葉を疑ってるとでも?」

「はい。私たちのよく知る〈水晶〉であれば、それに対して一般人が傷ひとつ付けられることは出来ませんから」

「そーんな子供でも分かる言いがかりを付けられるとは心外すねえ」


 軽い調子で、斜め後方に置かれた小刀へ手を伸ばす露天商。傷を付けられない、という言葉に反応したようで、殺意は感じられない。


 そこで初めてイアニィは布を開き、包まれていたものを露わにする。

 赤い赤い、けれども大きさは露天商が飾っている水晶よりはるかに小さい水晶玉だった。しかしながらその色艶は、偶然の一言では片付けられないほどに酷似している。

 それを目にした露天商の男の口元は僅かに歪む。


「これは特別な方法でその〈水晶〉をくり抜いたものです」

「……赤い水晶玉が珍しいからって、そーんなモンが証拠として効果を持つと思うすか?」


 あくまでイアニィの持つ水晶玉と己のそれは別物だというスタンスを崩さない露天商。

 決定的とまではいかないものの、動揺の見える返しにサナーリアは舌と指先を突き出して、無言で男を非難する。イアニィは軽く足をぶつけ、大人しくするように言い聞かせた。


「そちらの金具を外して頂いてもよろしいでしょうか?」

「なーんでそんなことしなきゃならねーんすか」

「おや、やましい事でもあるのですか? 私がそれを非合意に持ち出せば、貴方は窃盗犯として私たちを訴えることが出来るのに?」

「……質問を質問で返すなーってるんすよ」


 往来に響く声で喧嘩をふっかけてきたサナーリアと異なり、イアニィは一貫して語尾を荒げない。あまりにも落ち着いた態度と、とってつけたような笑顔は、いっそ不気味さを増していた。


 礼儀正しさの陰に見える「何か」に気が付いた露天商は、けれども素直にイアニィの言に従わない。

 攻めてもの抵抗とでも言うかのように、彼の言葉の揚げ足を取る。


「これは失礼しました。私どもの水晶は少々変わった反応が確認されていますので、その反応をお見せすれば信用に足ると思った次第なのです」

「ふーん。それにこの金具は不要ってことすか?」


 イアニィの回答に合わせて、渋々といった様子で金具を取り外す露天商。

 球体状にくり抜かれた水晶玉の上部にある金具は、そのくり抜かれた空間を埋めると共に、紐を通すための穴が空いている。ネジを巻いて圧着しているつくりのため、ネジさえ緩められれば簡単に外すことが出来るのだ。


 生憎とイアニィにはその手の道具を所持していないため、金具の脱着を小道具箱を傍らに置いている男に頼んだらしい。

 小さなネジを四苦八苦しながら外す露天商をよそに、ぽつぽつとイアニィは語りかける。


「ところで、こちらの商品はどれもこれも値打ちものですね。紅の螺旋花が描かれているコップは数年前王都で流行った主婦層向けの銘柄。まるで新品にしか見えません。箱に入った万年筆は、刻印を見るからに贈答品。ですが、数本欠けているようですね。あ、この時計なんて、数量限定で販売されてた高級店の――」

「はァーい! 金具っ! 金具取れましたよーっ! おにぃさーん!」


 風呂敷の上に置かれていた骨董品を覆い隠すように、前屈みになって赤い水晶玉を渡す露天商。

 サナーリアは棒立ちのまま冷たい視線をぶつけた。


 イアニィは男から赤い水晶玉を受け取ると、ありがとうございますと礼を告げる。

 そうして、大きな水晶玉のくり抜かれた部分に自ら持ち合わせていた水晶玉を嵌めると、小さな水晶玉は大きな水晶玉の一部であるかのようにすっぽりと埋まった。

 そして――。


「い、色が変わった……」

「はい。これで証明になりますよね、どろぼ――失礼、露天商さん」


 じんわりと、水に絵の具を落としたかのような滲みが水晶玉の中心から現れ、外側へと広がっていく。赤く染まった水に波紋が広がるような、そんな現象が固体である水晶玉の内部に起きている。

 数秒ののちに、先ほどまで真っ赤だったふたつの水晶玉は、透き通るほどの透明な水晶玉に変化していた。


 色の変化を見て、それみたことかとイアニィの横に飛び出したのは、横の髪を動物のように振るわせたサナーリアである。


「もともとこのふたつは一つなんだから! 言うなればそう、響片と同じ! つまりアンタのウソは最初からバレバレだったっつの! ばぁーか!」

「馬鹿は余計ですが、おおよそはそういうことですね」


 得意げに露天商に向けて立てたサナーリアの人差し指を叩くイアニィは、男に対して水晶玉の所有を諦めるように暗に告げていた。


 響片とは、うまく組み合わせると特殊な効果が得られる鉱石のことである。もとはひとつの鉱石だが、いくつかに割ったあとでも、ある箇所とある箇所を繋げば光ったり、音が鳴ったり、色が変わったりするものを指す。


 響片は組み合わせることで真価を発揮する鉱物である。ゆえに、水晶玉の片割れとなる響片をイアニィが持っているということは、彼が本来の持ち主であることの証明になる、と二人は主張したのだ。

 半ば横暴ともとれるその勝利宣言に、露天商は声を荒らげることも無く首を縦に振った。


「あーはいはい。わーかりましたよ、譲りゃあいいんでしょ、譲りゃあ。……それ引き渡せば、目をつぶってくれるんすか?」

「さて、何のことでしょう。あ、金具は邪魔でしょうから頂きますね」

「ちっ。調子のいいお兄さんだぜ」


 きらりと輝く金具と、紐の両方を受け取ったイアニィは、水晶玉と共に黒い袋の中へそれらを仕舞う。

 用が済んだイアニィは、軽く会釈をしてその場を立ち去るが、サナーリアは勢いよく舌を出してから踵を返した。

 そして意気揚々と足を踏み出して顔面から地面に倒れ伏した。


 露天商は、地面に突っ伏したまま、上司と距離が開いていくお団子女を不満げに見つめていた。



 


「――というわけで、〈尖鋭〉の回収も無事終わりました」


 四角い木製の荷箱が乱立する、荷物置き場のような空間で、耳に手を当てて呟くイアニィ。

 少し離れた隣には、荷箱に腰を下ろして足をぶらつかせる部下がいた。果たしてその箱の上に体重を預けても良いのかと懸念したイアニィは、壁に背を預けている。


「了解。久しぶりだけど、前回よりも順調なんじゃない? 視察のほうも終わったんでしょ?」

「今回はふたつともわかりやすいところに〈魔王水晶〉がありましたし、単なる偶然かと。それと、橋の修復は七割程度ですかね。書面の報告とほぼ同じでしたので、人手は足りているものと思われます」


 耳に付けた装飾具と振り子を介して聴こえる声の主はイアニィとサナーリアの上司である。

 共鳴盤という名の、遠距離から声を届ける摩訶不思議な道具は数年前から使用が開始されたらしいが、一般向けには流通していない。ゆえに、一見するとイアニィがぶつぶつ独り言を喋っているように見えるため、それを使用する際は人目を避けているのだ。


 ちらりとイアニィが前方を伺うと、数人の大工らと石材が慌ただしく行き交っている最中だった。

 街の人から話を聞くに、今回壊れたのは二つ目に大きな橋らしい。ここは縦に長い街だから、橋は三つあるのだという。大きな川ではあるが、さすがに多すぎやしないかと思わなくもない。


 しかしながら、王国西側からの人や荷は、この大河を渡らなければ王都を始めとした王国東部へ運ぶことは適わない。言うなれば通行の要である。

 というわけで、結果的に見ると、その要は多すぎる橋に救われたとも言えるだろう。


「じゃあ、〈水晶〉の回収は残りふたつかあ。サナーリアちゃんの機嫌はどう?」

「暇そうにしています」

「うん、大丈夫そうだね。残りは〈充溢〉と〈忘憂〉だっけ? 魔王に見つからないように気をつけて探してね」

「承知しました、ツァラルさん」


 耳元で揺れる振り子を止め、上司との会話を終えるイアニィ。


 今回、〈魔王対策室〉の二人が任されたのは、およそ半年に一度の周期で行われる〈魔王水晶〉の回収である。

 魔王を探す道標となる〈魔王水晶〉は、魔王を倒すために旅に出る勇者に託され、魔王討伐後に返還される決まりだ。けれども、何らかの原因で勇者が絶命した場合は、〈対策室〉自らが〈水晶〉を回収することになっている。


 勇者が絶命すると、透明な〈水晶〉は赤く染まる。原理は全く不明だが、どういう訳か勇者の生死とリンクしているらしい。

 〈対策室〉は〈魔王水晶〉をくり抜いたもの――〈御玉鎖〉と呼ばれる――を所持しているため、勇者がどこにいようと、彼らないし彼女らの生死を把握することは容易なのだ。

 ちなみに、魔王が死んだ場合は〈水晶〉が白く染まり、勇者と魔王が死んだ場合も白く染まるが、白い〈水晶〉の回収は様々な理由から放置されがちである。


「魔王が存命中の〈水晶〉だけ回収させるっていうのもどうかと思いますけどね」


 指で摘んだ二つの黒い布袋を目の前で揺らしながら呟くイアニィ。

 この袋には先ほどの露天商から譲渡してもらった〈先鋭の魔王〉の〈水晶〉と、別の場所で回収した〈旁魄ほうはくの魔王〉の〈水晶〉が入っている。

 〈旁魄〉は鳥の巣の中で見つけたので、早いところ手元から遠ざけたいのが本音だ。


 どちらも遭遇していないので見た目は分からないが、〈先鋭〉は何を隠そう、今イアニィたちの目の前で修理されている橋を壊した魔王である。

 この魔王が橋を壊したのはおよそ一塊前――つまり三十六日ほど前のこと。


 その頃には〈水晶〉が赤く染まっていたので、随分前から放置されていたと考えられる。露天商が我が物顔で商品として陳列したのも、探し手がいないと睨んでのことだろう。


 ちなみに今回は回収業務以外に、復興町村の視察という、おまけのような報告も任されていた。

 イアニィのような下っ端が行う視察はほとんど形だけのものであり、平たくいえば〈対策室〉の面子を保つためでもある。街側もそれを理解しているらしく、必要以上に不満や要求を吹っかけてこなかったのは幸いだった。


「話し終わったなら言ってよ」

「あれ。お腹空いちゃいましたか、サナちゃん」

「ちゃん付けするな。気色悪い」


 ぼうっと布袋を眺めるイアニィに近付いてきたサナーリアは、いつもの如く棘むき出しである。

 最年少コンビの名で彼女とイアニィが外へ駆り出されること自体に不満はないが、いい加減形式的にでも歩み寄れば良いとイアニィは思っている。


 依然として布袋を見つめるイアニィを睨みつけるサナーリアは、その視線が布の向こうを見ていることに気づき、くるりと右を向く。

 大河を前に、屈強な背格好の男たちが橋を修復している最中であった。


「嫌味ィも感傷に浸ることなんてあるんだ」

「サナちゃんにはこれが感傷に見えましたか」


 よっ、と軽く声をかけて壁から背を離すイアニィ。さらりとした黄土色の髪が風になびく。

 上司の言葉の意味を図り兼ねたサナーリアは無言で眉を寄せた。


 普段からイアニィは必要以上に部下に語りかけることをしない。多弁に見えても、あくまで最低限の話題と相槌を打つことだけを心がけている。

 それは単にサナーリアに興味が無いというよりは、効率が悪いと考えた故の行動である。

 深すぎず浅すぎずの関係を築き続ける彼は、じいっとしかめっ面の部下の顔を見つめる。


「片足立ちは良くないですよ。立つの疲れちゃいましたか?」

「はい! どこかの誰かさんがさっさと交渉に割り込んでくれなかったお陰様でね!」

「珍しく素直ですね。それじゃあ宿を探しに行きましょうか」

「嫌味! 嫌味だぞ今の! おいこら流すな嫌味ィ!」


 サナーリアの罵声を聞き流しながら、イアニィは布袋を鞄に仕舞い込んで歩き出す。

 効率をなによりも優先する指針は今も昔も変わっていない。彼女がこれだけ嫌ってくれているのだから、深入りするなんて、それこそ非効率なのだ。


 その後もイアニィはいつもどおりサナーリアをからかい、いつも通り宿で二つの部屋をとって別々に食事をとり、寝床に潜る。

 最善と効率は同一と言ってもいい。

 ひとりきりの部屋を堪能しながら、規則正しい時間にイアニィは眠りについた。

 

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