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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
03  忘憂の魔王
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03-01  制作現場

 生命の気配が途絶えた空間に響くのは無機質な切削音だった。

 肌を撫でる微風は、冷たく湿っている。

 石に石をぶつけたような硬い打撃音は、風に乗って男の肌に届く。

 カツ、カツ、と規則的に叩かれているのは青く透き通る水晶だった。


「綺麗でしょう? これからどんな作品が出来るのか気になりますね」

「あ、ああ……」


 男の視線が一向に動かないことを気にしたのか、隣に並ぶ女は熱を持った声で水晶を見つめる。


 広い空洞に佇む二人は、道のように整えられた一本の滑らかな岩の上にいる。すうっと伸びた岩はふたつの岩壁を繋ぐような橋でもあった。

 岩橋の下は視界では見通せないほど暗く、けれども相当な高さがあることを男は知っていた。

 どこからともなく落ちた雫が、遥か下方で弾ける。

 

 鍾乳洞とも言える、自然が作り上げた巨大な洞窟は、不可思議な青い光に照らされていた。

 発光源である青い水晶は、岩壁から奈落までびっしりと生えており、洞窟内の熱を奪うがごとく輝いている。

 岩橋は、一見すると青い花畑に囲まれている。

 けれども、岩肌と似てもつかぬ透き通る青色を評するならば、美しさよりおぞましさという言葉が最適だろう。


「入信して日が浅いのに、教祖様の制作現場を拝めるなんて羨ましいです」

「……教祖様、か」


 乾いた音で水晶をひたすら叩く影。

 それこそ、女が羨望の眼差しを向ける「教祖」であった。

 岩橋の向こう側に立ち、無言で切削活動を続けている教祖は、二人の会話など耳に入っていない様子だった。


 男は、改めて前方にある水晶を見て、込み上げる胃液を必死に飲み下す。

 教祖によって掘られている水晶は、細長く、上に二本、下に二本と枝分かれしていた。

 まるで人間が両手を上げているような、歪な形。

 そんな造形の水晶から、男は目を逸らした。


「勇者と聞いた時は驚きましたが、デュッカーさんもボリッドさんも〈水晶教〉に入信して下さって嬉しかったです」

「……制作現場を見せているのは、信用していないからですか?」

「そんなことありませんよ? 〈水晶教〉に入る前ならまだしも、今のあなたはわたしたちの仲間なのですから」

「それなら、どうして」


 カツ、カツ、カツン。

 教祖は延々と水晶を掘り続ける。

 その打撃音は、人気のない洞窟で反響して、男の全身に響く。


 ゴトン、と音がした。

 枝分かれした水晶の片側が地面に落ちたのだ。

 横目でそれを見た男は、静かに深呼吸をする。


 対する女は、落ちた水晶を見て顔をほころばせる。

 普通ならそうだろう。

 透明度の高い水晶が塊で落ちたのだ。

 教祖が励んでいるのは彫刻作成なのだから、その制作過程でふるい落とされた水晶は不用品だ。

 きっとこの女は、制作が終わった後に不用品を回収しているのだろう。


「綺麗ですね、デュッカーさん」

「…………は」


 その水晶を見て、女は言った。

 男は――勇者ボリッドは彼女が何を言ったのか理解出来なかった。

 彼女は綺麗だと言った。

 水晶を。青い水晶を。


「あ、申し訳ありません。どうして制作現場を見せているのか、でしたっけ」


 呆然としているボリッドに、女は柔らかく微笑む。

 その瞳に映る自分があまりにも情けなくて、ボリッドは咄嗟に手で顔を拭った。

 ぺたぺた顔を触り、上げている前髪はきちんと油で固まっていることを確認する。


 女が亜麻色の髪に片手を櫛のように通すと、少し刺激のある香料が舞う。

 クセのある薬草の匂いだった。


「もちろん、共に芸術を鑑賞したいと思ったからですよ」

「そうですか」

「ええ。最も、見学出来るのは教祖様の機嫌が良い日でないといけませんので、今日見学出来るかは運だったのですけれど」

 

 教祖は相も変わらず、機械のように粛々と水晶を削っている。

 彼が何を作っているかなどボリッドにはもう欠片も興味がなかった。


 出来ることなら、この場から逃げ出したかった。

 女が見せしめとしてボリッドをこの場に留まらせているのなら、それは場を離れる理由として申し分ない。

 けれども、傍らに佇む女からは、全く悪意を感じなかった。

 故に、立ち去る理由のないボリッドは、彼女とともに教祖を眺めることしか出来ない。


「あ。今回はそこ、ちゃんと使うんですね」

「……ひ」


 直方体の上にある、丸型の部分をガリガリと削り出した教祖を、女は興味深く観察していた。

 ボリッドは必死で声を抑えた。

 カスのような水晶がキラキラと、周囲の青い光に照らされて落ちていく。


 教祖から数十メートル離れた位置で、二人はそれを見学し続けた。

 丁寧に、あるいは根気よく水晶を整える姿をボリッドはこれ以上見続けることは出来なかった。


「クリューさん」


 教祖を凝視する女クリューの手に触れて、ボリッドはかすれる声で名前を呼ぶ。

 手が動いたのをいいことに、彼女の指の隙間に己の指を通して絡め合う。


 見上げるように視線を動かした彼女は、無垢な瞳をしていた。


「すみません、緊張して疲れてしまいました。本日はこの辺りで勘弁していただけませんか」

「あ。申し訳ありません、わたしったら自分のことばっかり……」

「そんな。謝らないでください」


 ボリッドの言葉を耳に入れるなり、ぽっと頬を染めたクリューは、へこへこ頭を下げ始めた。

 それを制止するよう呼びかけるボリッド。

 同時に、彼女に気づかれぬよう、安堵の息も漏らす。


 素直にボリッドの言葉を信じたクリューは、見学を無理強いすることなく、くるりと教祖へ背を向ける。

 それにならってボリッドも片足を引いて踊るように身体を反転させる。


 二人が背を向けても教祖はカツカツと水晶を掘り続けていた。

 もとから二人の会話を耳に入れていなかったのだから当然なのだが。


「ですが、いいのですか? 完成品を見なければどれか分からなくなりますよ?」

「……完成した作品は、頂けるのですか?」

「いいえ、わたしたちは見ることしか出来ません。教祖様自らが作った作品を横取りするなんて失礼でしょう」


 岩橋の下で青い光を放つ水晶は、どれもこれもが歪な形をしていた。

 岩から生えたような六角柱ではなく、意図的に形を整えられた――つまり教祖が作り出した作品だからだ。

 教祖の背後にもいくつかの変わった形の水晶が置かれていたが、おそらくそれも作品のひとつだろう。


 クリューの示すところは、教祖が作品を仕上げてしまえば、それは橋下に放り出される可能性があるぞ、という意味だった。

 だから完成まで見守らなくてよいのかと、彼女はボリッドに問うていた。


 ボリッドは、乾いた唇を舌で湿らせ、力なく呟く。


「……あれはもう、デュッカーではありませんので」


 教祖が掘る巨大な水晶の傍らには赤い水晶玉が落ちていた。

 勇者が持つ〈魔王水晶〉である。

 〈魔王水晶〉が赤く染まるのは、所持していた勇者が死亡した時。そのことを知っていたボリッドは、既に親友の命の炎は消えてしまったことを理解していたはずだった。


 けれども、なにもかも突然で分からなかった。

 魔王を倒そうとしたデュッカーに続いて岩橋を駆けていたところで、いつの間にか彼が水晶と化していることに気づいたのだ。

 呆然とするボリッドは、制作現場を荒らしてはいけないとクリューに手を引かれ、少し離れた位置で親友だった水晶が魔王によって削られる様を眺めることになったのだが、まるで心が追いつかなかった。


 ようやく現状を受け入れ始めたボリッドは、帰還を促すようにクリューの手を強く握った。

 細くて柔らかい手だ。


「そうですね。水晶と化した時点で意識も無くなっていますし、アレをデュッカーさんと呼ぶのは失礼でした」


 心底申し訳ないと言った様子でクリューは相槌を打つ。

 彼女もまた、デュッカーが水晶と化する場を見ていた人間である。

 それにもかかわらず水晶を綺麗と評し、あまつさえ腕だったものが落とされた際には歓喜の表情さえ浮かべた。

 けれども、ボリッドたちとクリューが出会ったのはつい先日のことなのだ、彼女がデュッカーに思い入れがなくとも何らおかしいことは無い。


 亜麻色の髪をなびかせ、ゆっくり歩き始めたクリューに引き寄せられるようにボリッドは歩を進める。

 隣にいたはずの親友はもういない。

 自分たちは失敗したのだと、今になってようやく気づいた。


「では帰りましたら、早速部屋を用意いたしますね。デュッカーさんの荷物はどうされますか?」


 カツカツと響く音を背に、二人は広い空洞から天井の低い洞窟内へ移動した。

 途端に青い光が遠くなり、人の手によって作られた橙色の灯火がぽつぽつと道を照らしていた。


 教祖の部屋と言うべき場所はこの道でないと入ることが出来ない。

 本当に他に手はなかったのだろうかと、悶々と物思いに耽るボリッド。

 事前に準備を怠らなければ、彼が命を落とすことはなかったのではないかと。


「ボリッドさん?」

「あ、ああ? すみません、聞いてなかった」

「…………」


 心ここに在らずなボリッドに気づいたクリューは、ふと立ち止まる。

 それから、力なく微笑むボリッドの胸に体重を預けた。


 肩まで伸びた髪が舞い、柔らかく暖かいものがボリッドに触れる。


「く、クリューさん」

「なんとかするって言ってくれたじゃないですか」

「……それは」

「お願いします。一族の皆のこと、助けてください」


 クリューの顔は見えなかったが、反射的にボリッドは彼女の身体を包み込んだ。

 そして己に発破をかける。

 今すべき事は何だ、と。


 魔王退治のために〈水晶教〉に入信し、魔王を討伐するはずだった親友は死んだ。

 言うまでもないが、〈水晶教〉の教祖は魔王だ。

 クリューたちが入信しているのも、かの魔王を恐れてのことだろう。だとすれば、討伐担当ではないという理由でこの地を去るのは、勇者として正しいことなのか、と。


「分かりました。自分に出来ることは限られていますが、最善を尽くします」

 

 親友の仇をとる為にも、この場から手ぶらで立ち去る訳にはいくまい。

 クリューの腰に手を添え、誠意とばかりの抱擁で覚悟を伝えるボリッド。


 勇者の胸にしがみつく女は、安堵の笑みを浮かべる。

 口から除く犬歯は鋭かった。


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