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2.5-07  徒然なるままに1

 フォランの腕の包帯が取れ、いよいよ旅の再開かと思われた矢先にひとつの封書が届いた。

 メリパルカの治療院宛に届いたそれは、まさに退院しようとするフォランに向けての手紙だった。


 院長から封書を貰ったフォランは、近くにあった椅子へ腰掛ける。ちょうど入院していた部屋の真向かいに置かれている椅子だ。

 それから、こんもり膨らんだ鞄を足元にちょこんと置く。年頃の少女らしく、旅の荷物はティジーより遥かに多い。

 ちなみに鞄の中身はティジーがグラジークの宿から運んできたものだ。

 中身は当然覗いていないが、大半は衣類だろうと睨んでいる。


 立ち往生するティジーをよそに、二体の魔王は興味津々とばかりに彼女の左右に座る。

 左隣のチコラハはあくびをし、右隣のペルチは、目をぱっちり開いてしきりに頷いていた。

 背後の窓から注ぐ陽光が、後光のようにペルチとフォランを照らしていた。


「ペルチ、手紙読めるのか?」

「むずかしくてよめないんよー」


 じゃあなぜ頷いていたのか、とは聞かなかった。

 流石に人の手紙を覗き見する趣味はないティジーは、暇を持て余したため、椅子の上でくつろぐチコラハを撫でることにした。


 顎をふにふに触れば、くたあと力が抜けた白獣は椅子に伏せる。

 指先をくすぐる毛の感覚と暖かい体温が心地よく、自然とティジーの頬も緩んだ。

 それから頭を優しく撫で、内側を触らぬよう注意しながら耳の付け根を親指で触れる。当のチコラハはすっかり撫で慣れた様子で、心地良さそうに脱力していた。


「ティジー」

「はいっ!」

「何驚いてるのよ」


 気の抜けていたティジーは、名前を呼ばれたことでびくりと肩をふるわせる。

 呆れた様子のフォランは、ため息混じりに文章を封筒へ戻す。どうやら手紙を読み終えたようだ。


 鞄を背負い、椅子から立ち上がったフォランを見て、ティジーもチコラハを持ったまま立ち上がる。

 チコラハの後脚がてろんと伸びたので、それを支えるように抱き直した。

 あろうことかチコラハは、降ろせと主張しなかった。歩くつもりがないのだろう。

 ペルチもそれにならい、ぴょんと椅子から飛び降りる。


「あとはもう忘れ物ないよな? じゃあ出発するか」

「いいけど。まずキュオンに寄るわ」

「……なぜにキュオン」


 ティジーの次なる目的地は、王国の西に位置する大都市だ。現在地は王国の東なので、分かりやすく真逆の方角に向かう、ということになる。

 だがフォランは現在地であるメリパルカの南東にある、キュオンへ立ち寄ると宣言した。

 地図を見るまでもなく、キュオンは目的地とは逆の方向である。


 地理情報を把握していないペルチは、廊下をきょろきょろ見回してから、先ほどまで座ってた椅子に立ち膝で座る。

 早くも長話の気配を察したらしく、窓の外を眺めて暇を潰そうと目論んでいるらしい。


「この手紙、〈対策室〉から来たの。報奨金を受け取りに来てくださいって内容で」

「なるほど。キュオンで渡すから来い、ってことか」

「受け取り期限はまだ先だけど、これから西に行くなら先に寄った方がいいかと思って」

「そうじゃの。軍資金は多いに越ちたことはないぞ」


 筋の通った説明に、ティジーとチコラハは二つ返事で了承した。

 経緯はどうあれ、フォランは魔王を倒したのだ。その誉の証である報奨金を受け取っても何の問題もないだろう。


 方針が固まったところでティジーは腕から白獣を床に下ろし、ぼんやりと外を眺めるペルチの頭を撫でた。

 柔らかな毛並みと離れるのは名残惜しいが、ペルチがチコラハに怯える以上、触れ合いは最低限と割り切っている。


 ティジーに気づいたペルチはにんまり笑って、椅子から床に着地する。

 しばらく治療院漬けだったペルチは、久しぶりの外出に浮き足立っているようだ。ぴょんこぴょんこと歪に跳ねながらティジーの隣を歩き始める。


 その後方で、フォランとチコラハは仲の良い二人を無言で見守っていた。


「あれが何かを企んでいるように見えて?」

「用意周到なのやもちれぬ」

「まったく。心配性ね」

「オヌチほどではないぞ?」

「私は現実主義なだけよ」


 語尾を強めて反論するフォラン。

 チコラハはわざとらしく嘆息するも、ひょいと持ち上げられた途端、気の抜けた間抜けな声を出してしまう。


 言わずもがな、持ち上げたのはフォランだ。

 両腕にすっぽりとチコラハを抱き抱えた少女は、つんとそっぽを向く。


「脚短いと移動に困るでしょ。キュオンに着くまでは大人しく抱かれてなさい」

「……チチーィ」


 不器用な気遣いに対し、白獣は精一杯の愛らしい鳴き声で応えた。





 二度目となるキュオンにて、ペルチはまたしても香ばしい匂いを漂わせる露天に近づいていた。

 見るだけだと念入りに忠告してから、ティジーもペルチと共に店を眺め始める。

 どこからどう見てもはた迷惑な客だった。


「……私、組合で手続きしてくるから」

「じゃあオレはこの辺で見回りしてるわ」

「ウチも食べ物見張るんよー」

「チチーィ……」


 嫌悪の眼差しを隠そうとしないフォランと、好奇心を抑えられないティジーは、互いの目的のために一度別行動をすることにした。

 チコラハはどこからどう見ても獣の類だったので、建屋には入らず、ティジーとペルチの付き添いをすることになった。


 色とりどりの屋根と煉瓦が敷き詰められたキュオンの広場には、これまた色鮮やかな天幕が張られていた。

 様々な街から商人がやってくるキュオンでは、次々に訪れる人の波に商機を狙っているようだ。

 広場の中心にある彫像を囲むように、丸く並ぶ天幕を凝視するティジーとペルチ。いずれの店も食した事の無い料理が飾られていた。


「そこのお嬢ちゃん、さっきから物欲しそうにしてるじゃない。おひとついかが?」

「ティジ!」

「くっ……これはオレも食べたことないけどっ……!」


 時刻は昼時。

 朝食をメリパルカの行き慣れた飯屋で済ませたティジーの胃は、甘辛いタレの香りを纏った、謎の巻き物を本能的に欲していた。

 薄い小麦色の生地は、艶やかな野菜と干し肉を円錐状に包み込み、柔らかな湯気を漂わせている。

 見るからに食べ歩きにもってこいな一品だ。


 量も一食分に相当するし、これは買っても損がないだろうと財布に手を伸ばしたところ、柔らかいものに足を踏まれた。

 チコラハだ。

 その尻尾が指す方向は、地面に立てかけられた黒板である。


「チチチ」

「これが、露天の真実ッ!」


 値段が綴られた黒板を見て、歯を食いしばるティジー。


 王都キャウルズに近いキュオンは、顧客となる商人の懐が暖かいのだろう。

 ひとつの値段が、メリパルカの食堂で二人前を頼めそうな値段であることに気付いたティジーは、力無く首を横に振った。

 定期的な収入がない勇者であるティジーは、目的地が遠方ということもあり、可能な限り出費は抑える方針にしているのだ。


 首を振るティジーを見て、ペルチはしょんぼりと俯く。


「えーと、メシはアレだ。フォラン来てから一緒に決めよう? なっ?」

「フォラはまだなの?」

「組合が混んでなければすぐ、って言ってたけどなあ」


 フォランが入った赤塗りの建物を、振り向きざまに見つめながらぼやくティジー。

 ほかの建物より少しだけ縦幅も横幅も大きい。

 これが噂の組合か、と心の中で知ったかぶってみる。


 商業組合とはソサーカが以前所属していた組織であるが、彼が行っていた運送代行以外にも様々な業務を請け負っているらしい。

 フォランが言うには、資金援助をしてくれる部門があるらしく、そこで王城からの報奨金を受け取れるのだとか。

 報奨金の受け取りを拒否したティジーとしては、この先世話になる気配が全く感じられない場所である。


「ティジ、あっちにもおみせある!」

「わーった、わーったから引っ張るなペルチ!」


 暇を持て余した幼女は、次なる見物のターゲットを見つけ、ぐいぐいとティジーの腕を引っ張る。

 広場からさほど離れていないから良いかなと、早足でペルチに着いていく。

 すかさずチコラハも短い脚を素早く動かし、ちょこまかと着いてきた。


 広場の斜め向かいに位置する煉瓦道にも、ずらりと露天が立ち並んでいた。

 こちらは天幕が貼られておらず、敷物を敷いて簡易的な棚に商品を陳列している店が多かった。

 大きな違いは商品である。広場にある店は殆どが食品を扱っていたが、この道沿いに並ぶ露天郡はいずれも香ばしい匂いを発していない。

 店の列をざっくり一望したティジーは、土産物屋という言葉を脳裏に浮かべた。


 とはいえ、これほど道端に露天商が並んでいる光景を見るのは初めてである。

 どこぞの花やら古本屋やら、皮を扱う店まで、彼らは統一性なく並んでいた。

 そのひとつの露天の前で、ふと立ち止まったペルチ。


「石なんよ」

「鉱石だな」


 小さな木材の棚に、加工された装飾品と、加工前であろう岩石が置かれていた。

 角が取れた直方体の石を見て、ペルチは小首をこてんと傾ける。なぜ石が店で売られているのか分からないのだろう。


 言われてみれば装飾品があるのに、未加工の石を置いているのは不思議だと思い、ティジーは店主へ視線を向ける。

 誰かと会話をしている真っ最中だった。


「だとすると、やはり無難なビャクバが良いかと。硬度の高いものは同時に脆くもありますので」

「壊れるのは本望じゃないですし……値段的にもそれが最適みたいですね。じゃあビャクバの印材をふたつお願いします」

「バイサンなんよー」

「ヴァイサーだなあ」


 大真面目な顔でふたつの白い直方体を購入する美少年。

 ペルチの声に気付いたヴァイサーは、ティジーの方へ振り返って口をぱっかり開けた。


 無言で片手を上げるティジー。

 ペルチもそれにならって万歳をした。


「あ、えっと……これはその。気が早いかもだけど、やっぱり先に買っておきたくてというか」

「石買うなんて変な趣味あるんだな、ヴァイサー。あ、あれか。所持金多い時は装飾品買って、携帯する硬貨を減らすってやつか?」

「え?」

「へっ?」


 会話が噛み合っていないことに気付いた二人は無言になる。

 ヴァイサーの背後では、店主が購入された石をせこせこと紐で巻いていた。緩衝材の代わりらしい。


 手を下ろしたティジーとペルチは、すかさず商品棚へ目を滑らせる。

 ヴァイサーが購入したのは言うまでもなく未加工の石である。それと同じ石は、まだいくつか棚に並んでいた。


 ビャクバという石はティジーもよく知っている。単色の鉱石のひとつで、特に白いものを指す。加工に適した硬度であるため、珍しいというより、広く名の知れた鉱石である。


 よく見れば、棚には石とともに説明文が記載された板が置かれている。それに目を通したティジーは、そこでようやく彼の目的を知った。

 案の定ペルチは言葉の意味が分かっておらず、眉間に眉をきゅうと寄せて唸っていた。


「ヴァイサー。お前、双印の材料買ったのか?」

「だ、だって……外堀は埋めといた方が安心じゃない?」

「ソーイン?」


 しどろもどろになる美少年を見て、二の句に詰まるティジー。

 本人としても事を急いている自覚はあるようなので、ここで外野が騒ぐのは得策ではない、と足を踏み入れるのはやめることにした。


 ペルチはペルチで、聞きなれない言葉をカタコトで復唱する。

 チコラハは無言だったものの、ティジーの足をわざとらしく何度も踏んできた。白獣も言葉の意味が分からないのだろう。


「双印っていうのはな、印章のことだ。塗料塗って紙にぺたんて押すやつ」

「ぺたん?」


 棚にある適当な直方体を掴み、ペルチに見せるティジー。

 つるつるに磨かれた側面は、目に見えるような凹凸は見られない。

 その直方体の端を指でつついてみせる。


「ここに文字を彫って色を塗ると、削られた部分には色が付かないだろ? そういう原理で文字を複写出来るんだ。そんで、毎回同じ文字書かなくてもいいようになる」

「うーん? バイサンはフクシャしたいの?」

「それは風習だな。夫婦はな、双印つって、互いの名前が刻まれた印章を持つ文化があるんだ。離れていても一緒にいる証、みたいな」

「あ、わかった! バイサンはルカと一緒のソーインがほしいんね!」

「そゆこと」


 セセルカとヴァイサーの仲を知っているペルチは、謎解きの答えが分かってご満悦のようだ。

 足元に視線を向けると、チコラハも満足そうに頷いている。


 つまるところ、ヴァイサーは婚姻の証たる印章――すなわち双印を作ろうと、その材料である鉱石を購入したのだ。


「……まだ、文字は彫らないけど、その場の口約束じゃないってことだけ伝えたいんだ」

「お前がそこまで本気だったとは思わなかったぜ」

「うん。それは僕自身もびっくりしてる」


 からかったつもりが、予想外の返しをされてしまい少々調子が狂ってしまうティジー。

 落ち着いた面持ちで石を見つめるヴァイサーは、整った顔立ちが際立って少しだけ大人に見える。

 どうにもこの少年、セセルカの話題になると至極真面目になるようだ。


 ちなみに当のセセルカはキュオンの隣街であるキャウルズに滞在中である。馬車を使えば、距離にして半日足らずで辿り着けてしまう。

 どうやらヴァイサーは、直々にセセルカへ印材を渡し、正式な婚約をするつもりらしい。

 

 村では女子に囲まれがちだった美少年が、自ら女子の元に行く日が来るとは思いもしなかった。

 が、そんなティジーの心境に横槍を入れるかのように、ひとつの呟きがぽつりと耳に飛び込んでくる。


「ウチも欲しい」

「……うん?」

「ティジと一緒がいいんよ」


 友人の初々しさを噛み締めていた矢先に、斜め下から予想外の変化球が投げられた。

 瞳を輝かせるペルチは、ティジーの説明のおかげで双印というものの意味を履き違えているように見える。


 ティジーの隣で、何故かヴァイサーが恐怖に引き攣る顔をしたが、誰もそれを目撃してはいなかった。


「え……っとな、ペルチ。これは友達同士が持つもんじゃなくて、すげえ仲良しの人達が持つものというか」

「ウチ、ティジと仲良しになりたい!」

「あー、うん。それはオレもだけど、うん」


 純新無垢な幼女の前で、夫婦だの男女の仲だのを細かく解説する気など起きるはずもない。

 オブラートに誤りを指摘するも、オブラートすぎたが故に、余計にペルチの熱が高まってしまった。


 ティジーの手を掴むペルチに悪意などなかった。

 そこには純粋に、ティジーと共にありたいと願う無垢な願望だけがあった。


「買ってあげたら?」

「ひぃあっ!?」

「フォラン!」


 いつの間にか背後に立っていたらしいフォランは、ティジーの葛藤をさらりと受け流す。

 何故かヴァイサーは安堵の笑みを浮かべた。


 見慣れぬ皮袋を腰に提げた少女は、組合から報奨金を受け取った帰路であることを示唆していた。


「硬貨をそのまま持ち歩くより、何かで代替えしたほうが盗難対策になる、って先生も言ってたじゃない」

「オレより所持金多い身で何を言うんですかね!?」

「じゃ、私が買えばいいのね」

「へっ!?!?」


 二人の会話を聞いたヴァイサーは、何故か素っ頓狂な声を上げた。


 ティジーはというと、唐突な謎の申し出に呆然としていた。

 ペルチがティジーとお揃いの印章もとい双印が欲しいと言い、フォランがそれを買うと言うのだ。

 どこからどう考えても余計な出費である。


「か、買わなくていい! これは双印をよく知らないペルチの戯言で!」

「誰もティジーとペルチの双印なんて言ってないけど?」

「……うん?」


 瞳を歪めて微笑む幼なじみに気付いたティジーは、彼女の言葉の意味を脳内で反芻する。

 ティジーとペルチの双印でなければ、フォランは一体誰の双印を買おうとしているのか。

 

 眉を寄せて悩むティジーを他所に、フォランは躊躇することなくふたつの印材を指さし、代金を支払う。

 突然の出来事に、ペルチはぽっかり口を開けて静止していた。

 そんなペルチに向かって、フォランはひとつの鉱石を突き出した。


「これは私と未来の誰かのための双印よ。でも今はその誰かはいないから、その日が来るまでこれはペルチに預けるわ」

「おあ!」


 ペルチの小さな手のひらの上に印材を置くフォラン。


「で、私の分は荷物になるからティジーに預けるわ」

「おい!?」


 今度はティジーの手のひらの上に印材を無造作に置くフォラン。


「これで円満解決よ」

「……なのかなあ?」


 頬を僅かに緩めて鼻を鳴らすフォランと、現状を見て首を捻るヴァイサー。

 結果的にペルチの手に印材は渡ったものの、それは実の意味で彼女のものではない。

 預かり物の鉱石を手渡ししたところで、果たしてペルチが満足するのかと幼女へ視線を向けたところ。


「フォラありがとー! わーい!」

「あ、それでいいんだ?」

「オレには分からん!」

 

 形式的にティジーとお揃いの印材を手にしたことで、ペルチの物欲は満たされたようだ。


 ペルチが単純なのか、フォランが策士なのかも分からないまま、ティジーは神妙な顔で手に置かれた鉱石をじっと見つめる。


 これはいずれフォランが生涯を誓い合う相手に渡す印材だ。

 荷物になるとは言われたけれど、結局はペルチのために渡されただけなのではないか、変な気を遣わせてしまったのではないか、と後ろめたい不安がまとわりつく。

 白い鉱石は、能天気に陽光を反射していた。


「今はいない、か」

 

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