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2.5-03  じぇらじぇらじぇら3

「おいこら、そろそろ起きろ!」

「ふあ!」


 ぱちんと眼前で手のひらを叩かれたヴァイサーはハッとして意識を取り戻す。

 心無しか目が痛い。

 瞬きをすると痛みは落ち着いた。

 目が乾いていたのだろうか、それなら何故というところまで考えて、目の前にいる人物に眉を寄せる。


「もー忘れたっスか? ポルボントっスよ」

「あ、や。それは覚えてるけど……」


 セセルカのかつての仕事仲間であるポルボントと出会い、彼がセセルカに自分の仕事を押し付けたことは記憶していた。

 その最中、セセルカが戻ってきてくれたような気がしたのだが、彼女の姿は全く見えない。

 薄暗い建屋から、現在地が馬車置き場であることはすぐに理解出来た。

 夢でも見ていたのだろうかと小首を傾げると、ヴァイサーは己の頭が重いことに気づく。


 右の耳になにかついている。

 触った感覚だと金属のような冷たさがあり、輪っかのようなものが耳にぶら下がるような形で付けられている。

 円の中心にはさらに丸い突起があり、重さがあるのはそこらしい。

 ポルボントのイタズラだと即刻理解したヴァイサーは、それを外そうと輪っかの下部分に指を入れると、細長い棒が当たった。先端が丸くなっており、重りのようなものが付いている。


「へっ!?」


 触れたことが合図となったのか、途端にその棒がカチカチと揺れ始めた。

 振り子のように規則的に、しかしながら止まる気配はない。

 突然の出来事にヴァイサーは困惑しながら目の前でニヤけるポルボントを見つめる。


 少年は、耳を抑えるような仕草をしたので、渋々ヴァイサーはそれに従ってみる。

 細い棒に当たらぬよう、右耳の上部分を丸い突起ごと手で覆った。


「こちらセセルカ。こちらセセルカ」

「えっ!?」

「あ、聞こえた。ヴァイサー?」


 当たりを見渡すも、少女の姿は見えない。

 どうにもセセルカの声は右耳につけた金具から聞こえているらしい。

 勇者になるべく、あらゆる知識を少しずつ掻い摘んで学んだヴァイサーだが、この金具については見たことも聞いたこともなかった。


 そんなヴァイサーの困惑など露知らぬ様子でセセルカはのんびりと話し始める。


「もー、聞こえてるなら返事してよ。普通に喋るだけでアタシに届くから」

「ふ、普通に……? けど、これ僕が独り言言ってるみたいになるんだけど」

「あ、聞こえた! えへへ、ヴァイサーの声だ」


 心底嬉しそうなセセルカの声を聞いて、ヴァイサーの顔は赤く染まった。

 本当にその場で話すだけでセセルカと会話が出来るらしい。仕組みは全く分からないけれど、とてつもなく嬉しかった。


 ヴァイサーの変化に気づいたポルボントは満足そうに鼻を鳴らし、ヴァイサーの右耳に手を伸ばす。カチリと金具が鳴った。

 すると途端に振り子運動は止まり、セセルカの声も全く聞こえなくなってしまう。

 ポルボントは金具の使い方をよく知っているらしいことに気づいたヴァイサーは、目をぱちくりさせながら彼を見つめた。


「もーポルボント! 急に聞こえなくなったんだけどーっ!」

「わりーわりー。けど動くことは分かったからいいっしょ?」


 呆然としていたヴァイサーを他所に、馬小屋の陰からずかずかとセセルカが歩いてきた。

 どうやら馬車置き場の、荷台を置いている小屋に待機していたらしい。


 ポルボントとセセルカに一計を案じられたことを悟ったヴァイサーは、ようやく右耳の金具を外す。

 手のひらに収まるくらいの薄い銀色の円形金具があり、中心には丸い謎の固形物とそこから下に飛び出でる謎の棒がある。

 既存のものに例えるならイヤーフックだろうか。耳にひっかける点は同じだが、弧状ではなく輪っか状なので、先端は耳の内側に金具が当たるらしい。

 重さを感じていたのは主に中心の固形物だろう。


「もしかして、これ見るの初めて?」

「そりゃ初めてっしょ。一般流通してねんだし」

「……てことは、組合で使ってる道具?」

「そだよー。共鳴盤って言うの!」


 得意そうな顔で言うなり、セセルカも己の右耳から金具を外してヴァイサーにそれを見せてみる。

 同じ金具を付ければ声を届けることが出来る道具であると予測したヴァイサーは、金具を横にしたり裏返しにしたりして、全貌を眺めようとした。

 が、丸い固体はすっぽりと覆われていたため、中がどうなっているのかは全く見ることが出来なかった。


「これで支部と馬車で連絡取り合うってこと?」

「使い勝手が良くないから、実証実験がてらにって感じス。共鳴って名前の通り、決められた機器同士しかやり取り出来ないし、さっきみたいに振り子を動かして音を鳴らしておかないと相手方の音を拾うことも出来ないぽいし」

「何言ってるか全然分かんないよね!」


 元気良く笑うセセルカだったが、ヴァイサーはとても興味深い話だと感じた。

 遠方まで荷運びをするのであれば、書面より声で依頼を受けることで時間短縮になるだろうし、仮に現地の組合員と連絡を取れるのであれば、現在地を共有することが出来るだろう。


 決められた機器同士、という単語に反応したヴァイサーは、共鳴盤の仕組みをぼんやりと理解した。


「何となく分かったよ。二対で動くってことは響片を使ってるんだろうね」

「さっすが勇者、教養あるぅー。これは携帯灯と違って非接触型らしいからまだまだ不安定っぽいスけどね。なんか町に置かれた増幅器とかで、一応王国の端っこまで音が届くっぽいスよ?」

「なるほどわからん!」

「後でゆっくり教えてあげるから大丈夫だよ」


 にこやかに微笑むヴァイサーに対し、セセルカは頬をひきつらせる。

 話を理解出来る自信が無いのだろう。


 二つの結晶が合わさることで特殊な反応を生み出す響片は、希少な資源として知られている。

 しかしながら組み合わせ、噛み合わせが分からなければただの結晶であるため、有益と見なされているのは一部の市場だけらしい。

 最も有名な道具は携帯灯だろう。容器の中にある響片と響片を、ネジで巻くように接触させれば適当な光量が得られる優れものである。


 共鳴盤はそんな響片同士の反応を応用した市場に出ていない道具、あるいは、市場に出すことを想定していない道具だろう。

 振り子が響片を叩くことで発する音が、携帯灯でいう容器の中の響片に該当すると考えられる。

 概要を知ったところで、詳しい仕組みなどヴァイサーにはさっぱり分からないが、年頃の好奇心は存分にくすぐられた。


 ということまで考えたヴァイサーは、ふと浮かんだ疑問を口に出す。


「もしかしてこれ、僕にくれるの?」

「え? あ、うん! 組合からかっぱらったものでよければ!」

「おれぁ、組合の備品担当じゃあないんでね。管轄外のことは無視っス」

「それにアタシ、もう組合員じゃないしね!」

「そこ胸張るとこじゃないっしょ。組合員じゃないならドロボーだっつの」


 えへへと笑うセセルカと、元組合員に仕事を振ったことは棚に上げるポルボント。

 そしてヴァイサーは、突然の事態にまたしても頭の処理が追いつかない状態になってしまった。


 組合の備品であることはさておいて、共鳴盤という遠距離で会話が可能な道具を与えられたのだ。

 しかもポルボントの話によれば――仕組みはさっぱりだが――王国の端と端でも会話が出来るのだとか。

 今現在ヴァイサーが所持している共鳴盤はセセルカのそれと音のやり取りが出来るのだから、つまるところ、この先もヴァイサーはノータイムでセセルカと話すことが可能になったのだ。


 勇者であることを譲れないがために、来たるセセルカとの別離を寂しく思っていたヴァイサーは、そんな事実だけで目を潤ませる。


「ありがとう……」

「からかうためにやっただけで、礼を言われることなん……!?」

「ありがとお……っ、ぽるぼんとぉ」

「やめろ気持ち悪い! ほら! くらえ、セセルカ!」


 べそべそ泣き出したヴァイサーの抱擁を避けたポルボントは、ぽかんとしたセセルカの後頭部を掴み、ヴァイサーにむんずと押し付ける。

 条件反射のようにヴァイサーがセセルカを抱きしめれば、少女は銅像のように硬直した。


 先ほどの、よく分かってない様子のセセルカを見た限り、共鳴盤を渡すという目論見はポルボントの発案だろう。

 人をおちょくる性格であることはぼんやり理解していたが、全く思いやりがない人間ではなかったのだ。ヴァイサーは、心の中でポルボントに土下座しながら彼のことを見直した。


 どういう心境で共鳴盤を持ってくる発想に至ったのかは不明だが、大なり小なり彼もセセルカの身を案じていたのだろう。

 そうでなければべそをかいていたセセルカに声をかけることも、それを慰めるヴァイサーの肩を取り持つこともしなかったはずだ。


「せせるかあ、だいすきだよお……はなれても、いっぱいいっぱいおはなししてえ……」

「う、うん。は、はなす、はなすから……大丈夫だから、ヴァイサー」

「うええ……せせるか、いいにおいするう」

「変態じゃん」


 かくして、見栄をドブに捨てきった勇者は、ひたすら想い人に甘えることになった。

 ポルボントはというと、早々に勇者の泣きべそ姿に見飽きて荷物の確認を始めてしまう。仕事をするときはきちんとするようだ。

 結局、二人もといヴァイサーの抱擁は、セセルカが勢い余って美少年の頭をぶっ叩くまで続いた。





 日の暮れた病室にて。

 寝台に座ったヴァイサーに平謝りするセセルカと、仁王立ちでそれを見つめるソサーカ、そしてペルチがいた。

 ヴァイサー本人は全く怒ってなどいないのだが、怪我人に暴力を振るった負い目から、セセルカは必死に謝罪を続けていた。


 それがあまりにも長いものだから、とうとう痺れを切らした兄が直々に様子を見に来たのが先程のこと。

 もちろん、ソサーカの面倒を見るという使命感から彼に付いてきたペルチは、状況をよく理解していない。


「もしものことがあったら、アタシすごく反省しなきゃなんないから、ごめんねっ」

「うーん、若干言葉遣い怪しいのも可愛いね」

「ざけてんのか、アア?」

「怒るのは良くないんよー」


 真剣なのはセセルカだけで、ヴァイサーとその他は完全に彼女を見守る野次馬と化していた。

 とはいえ、過保護の兄はなかなかにドスの効いた声を出すので、脳天気なヴァイサーも流石に危機感を感じてしまう。


 故に、わざとらしく咳払いをするヴァイサー。


「えー、セセルカ。いくら言っても聞かないようなので、僕のお願いを聞いたら許すっていうのはどうかな?」


 全く怒っていないと主張しても聞き入れて貰えないのなら、いっそ条件を提示して謝罪の言葉を聞き入れた体にするのが良いとヴァイサーは判断した。

 許す、という言葉に反応したセセルカは途端に背筋を伸ばして、素早く頷いた。

 訓練されたイヌのようである。


 案の定ソサーカは、妙なお願いをしたらぶん殴ると言わんばかりの殺意を発していた。

 それを諌めるかのように、ペルチが彼の左手を握るも、怒気が和む気配はない。

 兄からの鋭い視線に耐えて、ヴァイサーはセセルカに向かってにっこり微笑む。


「僕ね、ルカって呼びたいんだ」

「へっ?」

「君とこれから話す時、ルカって呼んでもいいなら、さっきのこと許してあげる」

「…………」


 ソサーカの、それは兄の特権だろと言わんばかりの無言の圧を感じ取ったペルチは、腕をぶんぶん振って諌める。傍目から見るととても楽しそうな光景だった。


 セセルカはというと、流石に予想外の申し出だったようで、指をつんつんさせながらどもる。

 自らの行いと天秤に合っていないと認識しているらしい。


「じゃあね、もうひとつ。これから毎日決まった時間に僕と共鳴盤で話すこと。ほら、すごく面倒くさいでしょ?」

「め、めんどくさい、ていうか、それは罰じゃない、し」

「罰だよ? 毎日僕と話さないといけないんだから」

「そんなことないっ! ヴァイサーと話すの楽しいから罰じゃない……」

「そうなんだ。嬉しいな」

「も、もうっ! からかわないで!」


 途端に蔓延した甘ったるい空気にあてられ、立ったまま白目をむくソサーカ。

 ペルチはというと、ソサーカが大人しくなったことを自らの功績であるかのように、薄い胸を得意げに張っていた。


「ルカ」

「ひゃいっ」


 頬を緩めたヴァイサーがセセルカの手に触れる。

 一陣の風が吹き、カーテンがさらりと翻った隙間から夕暮れの光が部屋を照らす。

 ほんのり染まった二人の頬は、夕日とよく馴染んだ。


「えへへ。呼んでみただけ」

「うう、ばか。……すき」

「ふへっ」


 そっぽを向いたセセルカの呟きに、ヴァイサーは顔を崩す。どこからどう見てもにやけていた。

 分かりやすい間抜けな声を耳に入れたセセルカは思わず吹き出して、けらけらと笑い始める。


 少女の笑顔を見たヴァイサーは、口を真一文字に結んで力強く頷き、怒気が弱まったソサーカへと視線を移した。

 そして今度は別の理由で、口をきゅうとすぼめる。

 ソサーカの黒目が半分だけ覗いていたからだ。

 心ここに在らずといった状態だろうか。

 必死に笑いをこらえたヴァイサーは、深く深呼吸をしてから柔らかく微笑む。


「じ、じゃあ……そういうことなので。これからよろしくお願いしますね、義兄さん」


 ヴァイサーの声に正気を取り戻したソサーカは咄嗟に腕組みをし、包帯で覆われた肌に勢いくぶつかった我が手に肩を縮こませる。

 その醜態を取り繕うかのようにわざとらしく咳払いをしたあと、ソサーカは不満を宿した瞳をヴァイサーへ向けた。


「るせーバカめ。んな事言うなら、さっさと魔王倒して帰ってこい」


 幸せそうに笑うセセルカを見たソサーカは、出来る限り最大限の罵詈雑言を吐いて、ヴァイサーへの花向けの言葉を送る。

 そんなソサーカの顔を見たヴァイサーは、セセルカとともに涙が出るまで笑い合い、院長に拳骨を食らう羽目になってしまった。


 こうしてヴァイサーはめでたくセセルカと意中の仲になり、嬉々としてティジーへ失言まじりに報告するのだが、それはまた別の話である。


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