02-19 道連れ連れ連れ
夕食はティジーの提案で鳥の串焼きのベリーソースあえと、乾燥穀物の水煮に決定した。
変人教師を思い出しながら淡々と〈禊刀〉で鳥を捌くティジーは、やはりこの短刀は包丁にしかならないのだろうか、と終始眉を寄せていた。
結果的にそれなりに捌けて、それなりにソースらしきものが出来たので、調理を終える頃にはすっかり頬が緩みきっていたのだが。
そうして四人仲良く机に座って食事を始めること数分。
アツアツの鳥に息を吹きかけるティジーは、斜め前に座る少年が立ち上がったことに気づいた。
「ごちそうさま。僕、調理器具洗ってくるから湖の方に行ってくるね」
「……お、おう。いってらっしゃい」
ティジーとヴァイサーが丹精込めて作った夕飯を、彼はものの数分で平らげたようだ。
もう少し食事の感動を味わわないのだろうかと思いつつ、目の前に視線を戻せば、背を向ける少年を横目で追いかける少女がいた。
「……アイツ、食う時何にも喋ってなかったよな?」
「そうじゃの。いつもセセルカにぴーちくぱーちく話ちかけて、それをソサーカがねちねち注意ちておったのに」
ティジーの右隣に座るソサーカと、左隣(の机の上)に座るチコラハがぽつぽつと話し始める。
その会話を耳に入れたセセルカは、バツが悪そうに俯いた。
〈クロアナ〉討伐に失敗した後から、ティジーはヴァイサーの口数が極端に減っていることに気づいていた。
とはいえ料理をしている際は問題なくやりとりが出来ていたので、時間で持ち直したものと思っていたが、そうではなかったらしい。
「あ、アタシが足引っ張っちゃったから……怒ってるんだよね……?」
「うーん、多分だけど、セセルカには怒ってないと思うぞ?」
気弱な同期が怒る姿などあまり目にしたことは無いが、口数が減るのは確かにご立腹の時の特徴である。
しかし、かつてヘビ型の魔王を連れた勇者に対していつになく気が立っていた例からすると、ヴァイサーは怒りをぶつける対象がいるのならば彼は堂々と嫌味を言うはずだ。
とすれば怒りの対象は自分自身なのかもしれないな、と適当にティジーは推測する。
「でもアタシ、いっぱいメイワクかけたからきっと怒ってる……」
「なら、本人にカクニンしてくればいいんじゃねーの?」
「……まじか」
過保護なソサーカが男の元へ行けと妹に助言する様を見て、ティジーはわざとらしく目を丸くする。が、それに気づいたソサーカが鋭く睨みつけてきたので咄嗟に視線を逸らす。
机上でベリーをかじるチコラハは、チチチと笑いながら尻尾を左右にぺたん、ぺたんと振った。
対するセセルカは肩を縮こませてちびちびと水煮を口に運ぶ。
萎縮する少女を見て、ティジーは言葉を選びながらソサーカの助言に加勢する形で背中を押す。
「確かにヴァイサーがだんまりになった一因にセセルカは関係あると思うし、ここはー、うん。なんかこう、それとなーく機嫌直してねって、セセルカが頼みにいくのが最適解かもだな!」
「……それ、すっごいフワフワしてるんだけど」
「チチチ。二人はセセルカとヴァイサーに仲直りちて貰いたいと思っておるんじゃよ」
「……別にケンカはしてないけど」
しかし、今朝まで微笑ましく隣に並んでいた二人は、今や会話をすることもなくなってしまった。
互いの気持ちにすれ違いがあることは間違いないだろうし、そのことに関してはセセルカも自覚があるだろう。
まだ肉が数個刺さっている串をくるくる回しながら、ティジーは優しくセセルカを諭す。
「オレたちもさ、ヴァイサーとセセルカが無言でいるのはあんま見たくないんだよ。ケンカじゃないとしても、ヴァイサーに対して何か言いたいことがあるのは事実だろ?」
「……それは、まあ」
もぐもぐと鳥肉を頬張るセセルカは僅かに視線を上げた。
素直でよかった、とティジーは内心安堵しながら言葉を続ける。
「なら、ちゃんと言ってやろうぜ? ほら、ヴァイサーっていっぱいセセルカの面倒見てただろ? だから今日のことで責任感じてるのかもしれないし、だとしたらオレたちが話しにいくよりはセセルカ本人がヴァイサーと話してきた方が絶対いいって」
「……ん、わかった」
小さく返事をしたセセルカは、気持ちの整理がついていないように見えた。
横目でソサーカの様子を伺えば軽く首を振られたので、ティジーはこれ以上下手に言葉をかける野暮はやめることにした。
かくして調理器具を洗いに行ったきり戻らないヴァイサーを連れ戻すべく、セセルカは残りの水煮をかっこんで串焼きを片手に湖の方へ向かって行った。
やや勇み足で進みゆくセセルカを、なんとも言えない気持ちで見送るティジー。
「ヴァイサーもそうじゃったが、ティジーもなかなか面倒見が良いのう」
「ヴァイサーは知らねえけど、オレは妹みたい幼なじみなのがいたし。あと最近は小さい子の面倒も見てたから、それが出た感じかな」
「……ボスを倒す勇者ってのはルカみたいなヤツなのか?」
どうやら〈渇求の魔王〉を倒す勇者フォランがティジーの幼なじみ、という情報は既知のようだ。
面と向かって会ったことこそないものの、自らが慕うボスの命を狙う存在を耳に入れたソサーカは眉を寄せる。
のほほんとしたセセルカと、タレ目ながらもバサバサ会話を進める幼なじみを並べたティジーはその落差に思わず吹き出してしまう。
「いやいや全然似てねえよ。なんつーか、すげえ現実主義でさ、確実じゃないことは真っ向から否定すんの。だから、きっとチコラハのこともすぐに倒そうとするだろうな」
「じゃが、ワチは簡単に殺されるつもりはない。ティジーには悪いが、その勇者が死んでもワチはオヌチには一切謝らぬよ」
ぺろりと舌で口元を舐める白獣は、その愛くるしい見た目に合わぬ冷酷な宣告をティジーに突きつけた。
チコラハは以前も、勇者を殺める方針を変えるつもりは無い、とティジーに告げたものの、ティジーはその言葉に対し、未だに違和感を抱いていた。
「……それは、ぶっちゃけどっちも嫌だけど。お前さ、〈クロアナ〉討伐のためにソサーカとかセセルカとか、人間と協力してんじゃん。勇者に見つかったとしても、その……無理なのか? 例えば逃げ続けることとか」
殺意のない勇者に出会ったことがないのなら、勇者から逃げ続け、人間たちに紛れ込んで生活することは可能では無いのか。
チコラハほどの知能を持つ獣は最初こそ怪しまれるだろうが、ソサーカたちとは上手く共存が出来ている。
それならば、旅をするように拠点を変えて生活することで、戦わず殺さずないたちごっこを続けられるかもしれない。
「ティジーは、ワチに隠れながらコソコソ移動ちろと言っておるのかの?」
「こ、コソコソとまでは言ってないけど、その方が穏やかに生きられるかなーって」
「生きる、のぅ」
墓穴を掘っていないか、ドギマギしながら精一杯の柔らかい言い回しを告げるティジー。
隣に座るソサーカは、難しい話はわからんという顔で串焼きを頬張っていた。さっぱりしたところは実にセセルカに似ている。
「ティジー、知っておるか? 死んだら命は終わりなのじゃ」
「常識の範囲内では知ってるつもりだけど」
「ワチはの、一度ちかない自分の生を、誰かに邪魔はされたくないのじゃ」
空を見上げる白獣につられて、ティジーも視線を上へと向けた。
夕食を作り始めた時には赤みがかかっていた雲も、今や青い闇にじんわりと染まってきている。
ヴァイサーとセセルカが帰ってくる前に暗くならないか心配である。
「殺されると分かっているから、その事実に遠慮ちて生きるのは嫌なんじゃよ、ワチは」
「……遠慮、っつか。オレは、チコラハに殺しをして欲しくないだけ、だし」
「じゃが、ワチがトドメを刺さねば奴らは何度でも来る。結局のところ、オヌチのそれは理想論に過ぎないのじゃよ」
魔王は脅威である。
故に勇者は魔王を殺すし、魔王は生き続けたいからとそれを拒否する。
ティジーはこの魔王の能力がどのようなものか分からないけれど、かつて故郷で遭遇した〈隷属の魔王〉よりはよっぽど温和で話が通じる相手だと思った。
けれども、いくら話が通じたとしてもその生き様は本人のものだ。
ティジーがいくらチコラハにそうして欲しいと願っても、結局は意見の押しつけになってしまう。
「……オレさ、ぶっちゃけると魔王のこと倒したくないんだよな」
「ほう。それは興味深いの」
「……けど、これも結局はオレ自身のワガママで、他の勇者も魔王も、そんなのは理想論だって鼻で笑うんだろうな」
魔王の発生源、なんて本当にあるかも分からないものを探す旅に出た時から分かっていた。
命を殺めることを正当化されている勇者が、命を奪いたくないと語った時点で自分は勇者失格なのだ。
けれども嫌なものは嫌だし、それこそチコラハが言っていたように自らの気持ちに遠慮して生きたくもない。
とすれば、この旅は自分の納得のしどころを見つけるためのものになるのだろうな、と心の中で小さく自嘲する。
「良いと思うぞ、その理想論。ワチにはちょうど、その話にアテがある」
「…………へ?」
予想外のチコラハの返答にティジーは思わず目の前の白獣を両手でがっしり捕まえる。
それからハッとしたようにもふもふした毛皮に手をうずめて優しく揉みほぐす。
まるで危害は加えないという意思表示のようだった。
「…………」
「いいぞ、話続けて」
肉付きの良い毛皮の触り心地に頬を緩めるティジーと裏腹に、明らかに瞳に不満を浮かべ、半目になったチコラハ。
しかしながら、白獣は小さく息を吐いて、ティジーを諌めることなく言葉を続けた。
「もともとワチはソコを目指ちておったのじゃ。『魔王も人間も、善人も悪人も共存できる』という街に」
「……やっぱお前も勇者、殺したくないんだな?」
「勇者なぞ降りかかる火の粉同然じゃからの。だからワチは、行くあてのないソサーカたちと手を組んで、ソコへ向かおうと提案ちたのじゃ」
その前の景気づけに〈クロアナ〉を倒そうとしたのじゃがの、と白獣は笑った。
チコラハが二人に協力を求めた理由は不明だが、ソサーカの腰のカバンに入っていた様子からすると魔王も歩くのに疲れるのかもしれない。
ちらりとソサーカの様子を伺えば、今まさに器に残った穀物をスプーンで掻き出してる最中だった。
「……美味かったか?」
「ん? ああ、それなりにな」
視線を器から離さないまま端的に回答するソサーカ。
その集中ぷりからすると、どうやらお気に召したようだ。
軽く塩を振った程度の水煮だったが、穀物は腹にたまるもんな、とティジーは勝手に納得して首を振る。
ティジーに同意するかのようにチコラハも首をゆっくり縦に振り、弱々しくこれまでの惨状を語り始めた。
「ヴァイサーが来るまでは酷かったからの……。干し肉とベリーをかじる毎日で、火を使う料理と言えばたまに仕留めた魚を丸焼きにする程度。折角肉を盗んでも、手は付けないの一点張りじゃった……」
「そういや燻製肉、なんで食わねえんだ?」
以前聞きそびれた、手付かずの盗んだ燻製肉について、ティジーは再度それを食さぬ理由を尋ねる。
あのときはチコラハの、ソサーカはいい子という謎の主張でかき消されたものの、本当にいい子ならば盗み自体しないはずだ。
とはいえ、彼の根っこの部分は年相応にわんぱくで家族思いだということはティジーも理解していたので、尚更盗みを働いた理由が気になってしまう。
「そりゃ、最終的に返すモンの数が減ったらマズイだろ」
「……盗んだのに返すのか?」
ソサーカの返答を聞いて余計に謎が深まってしまった。
一方、ティジーの手の内にいるチコラハは目を細めて穏やかにソサーカを見守っていた。
「〈クロアナ〉は魔王だ。キケンだ。だから野放しにしとけば組合のヤツらにもメイワクがかかるだろ?」
「組合の奴らって……お前、追い出された人達のために魔王退治しようとしてたのか?」
「ちげーよ。アイツらがオレの言うこと信じなかったから、証拠として〈クロアナ〉をふん捕まえようとしただけだっつの」
「もちろん〈クロアナ〉から取り返ちた燻製肉も証拠のひとつじゃ。そんな大義名分を得たソサーカは、組合に無事戻って離職金をぶんどり旅に出る、という計画なのじゃ」
色々なことにカッチリとピースがはまった音がして、ティジーは、ああ……と力なく頷いた。
チコラハが度々口にしていたいい子、というのは、ソサーカが組合の仕事の妨害をしていた〈クロアナ〉をとっ捕まえて快挙を得るサクセスストーリーを先取りしたものだったらしい。
ついでに、ソサーカたちが盗まれた燻製肉も〈クロアナ〉が盗んだことにしているあたり、逆恨みは地味な形で達成されていたようだ。
ティジーは少しでも彼の性格を評価したことが恥ずかしくなってしまった。
「オレとルカが正々堂々シゴトしてたってのに、ウソついてたってほざく連中だぞ? あんなヤツらのとこに居座ってたらアタマ悪くなるっつの」
「……お前らの頭はもともとそんなに良くはないと思うけど」
「うるせー! その、ボスが言う『善人も悪人も共存できる』ってトコならオレもルカもやり直せると思っただけだし。精々しぶとく生きてやるさ」
もはや悪びれもせずに暴言を振りまくソサーカだが、たしかに理不尽な扱いを受けた場所に留まり続ける理由はない。
とはいえ、離職金を受け取るための対価として魔王退治は割に合わない気もする。が、そこを指摘しても再び噛みつかれる予感しかしなかったため、ティジーは渋い顔で頷いた。
賑やかに騒ぐソサーカをチコラハは笑いながら眺めていた。この白獣にとってソサーカとセセルカは実の子供のように愛しい存在なのだろう。
チコラハの話からすると、この魔王は真の意味で争いを好まない性格のようだ。
魔王の話を簡単に信じて良いかという問題があるものの、ペルチという例外もあるため、ティジーはこの魔王は信用に値すると感じていた。
とすれば、次なる目的地はその『魔王も人間も、善人も悪人も共存できる』という街だろうか。
その街に魔王との共存が出来るヒントがあるなら参考にしたいし、もしかしたら協力者も得られるかもしれない。最終的に発生源とやらが見つからなくても、上手く暮らせるのならばペルチをその街に匿うのもありかもしれないなと、ぼんやり考えるティジー。
「……〈クロアナ〉を倒したら、チコラハたちはその街に向かうのか?」
「実在する街のようじゃから、ひとまずはそのつもりじゃよ。距離がある故、長旅になると思うがの」
「オレも、その旅に同行したい……って行ったらだめか?」
同行は無理だとしても、せめてその街の名前を教えて貰えたら、と一縷の望みを抱くティジーは、真摯に白獣の瞳を見つめる。
ティジーの両手に包み込まれた魔王は、真剣な表情の勇者を笑い飛ばすかのようにチチチと朗らかに声を出した。
「構わぬよ。ソサーカも友達が一緒だと嬉ちいじゃろ?」
「とっ……!? ちげーだろボス! 勇者だから、今回みたいな時のことがあったら、こう、便利だから許可すんだろ!? おいティジー! 何笑ってんだよ!」
机をバンバン叩いて激しく主張するソサーカを見たティジーは、先ほどまでの興味なさげな態度との落差が相まってゲラゲラと笑い出してしまう。
初対面では近寄り難い目付きをしていたソサーカだが、今となっては単に気を張っていただけのように思える。
こんな村の近くに魔王が出る世の中だ、護衛として共に旅をするのも、勇者である自分に出来ることだろう。
ひいひいと息を整えながら目元の涙を拭ったティジーは、勢いよくソサーカに向かって親指を立てた。
「っくくく、いいぜソサーカ! 旅は道連れって言うし、勇者兼友達として存分に護衛してやるよ!」




