02-10 予期せぬ再会2
厚みのある灰色の雲から逃げるかのように疾走する幌馬車がいた。
馬が引く荷台の大きさは一般的なそれと同じであるものの、先導する馬の走りは重い鎧を付けられたかのように鈍い。けれども、走りに自信のある成人男性を隣に並ばせるほど遅くはなかった。
ぐらりぐらりと揺れる荷台からは、道の悪さと御者の焦りが現れているようだった。
草の生えていない道は公道であるものの、ところどころに石や窪みが見られ、車輪がそれに乗り上げる度に、荷台が下がったり上がったりと跳ねるように動く。
その度に中からは、積荷がガタガタと音を立て、それに続いて微かな呻き声が零れる。荷物をしっかり固定していても、車輪から伝わる揺れからは避けられないのだ。
高速で道を進んでいく馬車は何よりも速さを重視していた。
それは緑に囲まれた道を、一筋の光のように駆けていく。
「……手荒くてすみません!」
馬を操る桃色髪の少女は、しっかり前を見すえて馬を走らせる。
風避けを考慮した外套こそ身にまとっているものの、その下に除く服装は御者のそれではない。
しかし御者台に座る少女は一人、どこかぎこちないながらも、しっかり周囲に目を配りながら馬に指示を出していた。
荷台を大きく揺らす幌馬車は真っ直ぐ伸びた道を走っている。
少し先に上下に並んだ看板と、二股に別れた道が見えてきた。右を示したものには「グラジーク」、左を示したものには「キュオン」と書かれている。
それを目に入れた少女は、脳裏に浮かんだ地図を参考に行き先を決めた。この場所からであればグラジークの方が近い。彼女は馬を器用に操り、右へ進路を変更していく。
木々が所々に生えているものの、視界を遮るものはなにもなく、開けた草原の土道を幌馬車は慌ただしく駆けていった。
大きくうねった道の先にある、小さな影を確認した少女は大きく大きく息を吐きながら手綱を握る。豆粒ほどではあるが、集落であることに違いはない。
早朝だからか、郊外だからか、行き交う人や馬車がいないのは幸いだった。
走りやすいように、道のど真ん中へ馬を走らせる少女は、己に言い聞かせるかのように呟く。
「早く……グラジークに行かないと」
額に汗を浮かべる少女フォランは、荷台に乗った人々を案じるように肩に力を入れるのだった。
◆
「うそ」
「ああ、なんてこった! ペルチちゃんは無事なのに……。倉庫が開かなくても、勇者がいるならそっちだけを狙ってくるなんて」
翌朝、戸を叩く音で目を覚ました幼女が倉庫の主テッドから開口一番に告げられたのは、共に見張りをしていた勇者の失踪だった。
正確には二人とも倉庫の近くで仲良く熟睡していたのだが、名目上は用心棒をしていたことになっている。事実、勇者ティジーが宣言した「絶対に倉庫を開けさせない」は文字通り果たされていた。
倉庫を開けずに〈盗賊の魔王〉が盗みを働くと思っていなかったと嘆く細面のテッドを前にして、幼女は呆然と立ち尽くすばかりだった。
ティジーの両親に買ってもらった服をぎゅうと握りしめて俯く幼女。
改めて味わう孤独を、幼女は静かに噛み締めていた。
倉庫のすぐ外、日が登り始めた早朝。
朝露に濡れた葉は宝石のように輝いているものの、二人の表情は黒ずんだ炭のようだった。
「おはよーございます。勇者とちっこいのいますかー」
そんなテッドや幼女のことなど露知らぬ様子で倉庫の前にやってきたのは、銀髪のお団子女だった。
前日の夜に、ティジーが倉庫番をすると知っていた彼女は本日護衛を頼むために彼を迎えに来たのだろう。とはいえ、現在の二人の表情を全く無視した挨拶が出来るのはある種の才能だ。
彼女の言葉に、テッドは頭をかいて言葉を詰まらせる。
男からは返答が返ってこないと判断した銀髪女は、幼女の方を向いて、上から見下す姿勢のまま言葉をかけた。
「ちっこいの。ティジーは?」
本人を目の前にしない状況で、銀髪女サナーリアは初めて勇者の名前を口にした。
相変わらず名前を呼ばれない黒髪の幼女ペルチは、目だけを僅かに上にあげてサナーリアを見つめる。
「……いないんよ」
「は?」
「……ティジ、いなくなったんよ」
覇気のない声で勇者の失踪を告げる幼女。
それを聞いてサナーリアは腕を組む。
サナーリアと初対面のテッドは、幼女と話す様子を見て、おずおずと声をかけた。
「君は……勇者くんの知り合い、なのかな?」
「そうです。私は彼に任務の護衛を頼んでいました」
テッドの問いかけに淡々と返答するサナーリア。その声には怒りも悲しみもない。
静かに考え込む銀髪の様子が気になったペルチは、頭を上げて彼女をじっと見つめる。
ティジーと共にいた彼女はことある事に不機嫌さを露わにしていた。人との交流が少ないペルチにはその性格をあまり理解出来ていなかったが、今の彼女は殊更何を考えているのか分からなかった。
考え込んだように見えたものの、サナーリアはものの数秒で顔を上げる。
「でも、いなくなったものは仕方ありませんね。あたしは一人で任務に行きます」
開口サナーリアが放ったのは、諦めの言葉だった。
魔王探索を目的とする彼女には期限がある。
その道中に危険があるかもしれないとのことで勇者に身を守ってくれるよう頼んだのだが、あくまで彼女が優先すべきことは魔王の探索であり、勇者の捜索ではないのだ。
そんな切り捨て宣言を聞いて、即座にサナーリアに近寄るペルチ。
小さな手で外套の裾をぎゅうと握る姿は、何かに縋っているようだった。
「……サナーリャ、ウチも」
「あんたはティジーのおまけ。ティジーが面倒見るって言ったから許可してたけど、あたしは小さい子の面倒見るなんてまっぴらごめんだから」
同行者がいないことを知りながらも、面倒を見る気などないと幼女を冷たくあしらうサナーリア。
もともと彼女が必要としていたのは護衛としての戦力なのだから当然だ。
サナーリアはどうしてペルチが勇者旅に同行しているかを知らない。故に、勇者に付き添っていただけであろう幼女を引き取る義理も道理も持ち合わせてはいなかった。
「でも……でも、ティジいないのに……ウチ、ひとりだけ……っ」
「なら、勇者をさらうっていう〈盗賊の魔王〉の案件に首突っ込んだこと自体を悔やみなよ。……あたしにそういうこと言われても、困る」
鋭い言葉に突き放された幼女は、みるみるその双眸を潤ませていく。けれども涙を流すことなく、それをぐっとこらえるかのように手に持つ外套を力強く握りしめた。
幼女の変化に気づいたサナーリアはバツが悪そうにそっぽを向く。ペルチの気持ちに気づきつつも、寄り添う素振りは全く見せなかった。
涙声のペルチに気づいたテッドは、幼女の肩に手を置いてサナーリアに告げる。
「そんな冷たいこと言わないでくれよ。勇者くんを護衛として雇っていたなら、その連れの面倒を見てあげるのも契約のうちじゃないのかい?」
「で、ですけど。あたしは小さい子の面倒なんて……」
「そもそも任務って何なんだ? 勇者くんが必要なくらい危険なところに君一人で行っても大丈夫なのかい?」
「そ……それは、そう、なんですけど……」
テッドに問い詰められ、どんどん語尾がすぼんでいくサナーリア。
つまるところ彼女はよく考えていないのだ。
あくまで勇者を護衛として連れていたのは保険であったものの、探さなくてはならないのは魔王であり、運が悪ければそれに見つかって戦闘になる危険もある。
にも関わらずティジーを探すより魔王の探索を優先したのは、純粋に彼女が人嫌いだからだろう。
今までは戦力になる頼もしい上司がいたものの、今回は貧力な彼女一人だけの魔王探索だ。
〈魔王水晶〉が正しく機能しているかなんて歴代の検証は百発百中であるものの、真に必要としているのは魔王の外観特徴の記録である。
故にサナーリアはどうしても魔王に近づき、それがどういった存在であるかを目に焼き付けなくてはならないのだ。
とはいえ、今回この村では〈盗賊の魔王〉たる勇者さらいが出没している。
そんな中で、自分は魔王の存在を確かめるための任務で村に来た、などと口にしたならば、倉庫番をしてくれと頼まれてしまうのがオチだろう。
たしかに、かの〈盗賊〉とやらは怪しかったものの、その魔王よりも遥かに摩訶不思議な現象を耳にした彼女は、そちらの調査をしたい心づもりであり、倉庫番などという地味な任務は最早選択肢に入ってなどいなかった。
失言の多いサナーリアであったが、そういう理由から、己が村に来た目的だけは絶対に吐露するまいと固く心に刻みこんでいた。
「テッド、ちょっといいか!」
「うん? どうした?」
唐突に、少し離れた位置からとある村人がテッドを手招きした。会話が途切れたことに少しだけ胸を撫で下ろすサナーリア。
早歩きで駆け寄ったテッドに、男はやや大きめの声量で話始めた。
「メリパルカから出た馬車がちょっとおかしな様子でな。代理の御者曰く、人目のつかない倉庫に一時的に馬車を置かせて欲しいとのことなんだが……」
「馬車を置くだけなら確かに空きはあるけど……。でも、おかしな様子ってどんな状態なんだい? 貸すとはいえ、あまり変なモノを入れたくはないなあ」
「そ、それは……はっきりとしたことは言えなくて、だな……」
途端に歯切れの悪くなる村人に、テッドは首を傾げる。
声が大きいばかりに二人の会話を否応なしに傍聴していたサナーリアは、男がやってきた方向から新たな人影が近づいてくることを確認した。
そしてその人物の顔を見て表情を固くする。
しかし幼女ペルチは潤んだ瞳を上げて、嬉しそうに口角を上げた。
まだ艶のある、新しめの外套に身を包んだ少女は、男の隣に並んでテッドに自己紹介をする。
「急な申し出ですみません。私はメリパルカから参りました、勇者のフォランと言います」
桃色髪の少女は胸元から〈勇者証〉を掲げて手早く自己紹介をした。
ウェーブがかった柔らかな髪とは裏腹に、毅然とした態度の少女勇者を見てテッドは何事かと腕を組む。
「桃ふわ……」
「フォラ! フォラなんよー」
一方、銀髪と黒髪はそれぞれ異なった名称で少女勇者の名を呼ぶ。フォランは不思議そうな顔をして、自らの名前を呼んだであろう二人の方へ視線を向けた。
視線に気づいた黒髪の幼女は、間髪入れずにサナーリアの外套から手を離し、フォランのもとへ駆けていく。それから、勢いよく頭突きを入れながら少女に抱きついた。
困惑しつつも、優しくそれを受け止めるフォラン。
先ほどまで暗い顔をしていた幼女は、にんまり頬を緩ませてフォランにすり寄る。
「えっと。あなたはたしか、ティジーと一緒にいた……」
「ペルチなんよ! あっ……」
意気揚々と名前を名乗ったものの、フォランと目を合わせた途端、幼女は口を開けたまま言葉を詰まらせた。まるで失言をしたかのような反応である。
実際、ティジーとした約束に抵触しそうになっているので失言ではあるのだが、フォランはその約束を知らないので、目を数回瞬かせて小首を傾げるだけにとどまった。
幼女の行動の意味を問うかのように、少女勇者がサナーリアへ視線を向けるも、彼女は心底憎たらしげな表情でフォランを見つめるばかりだった。
そんな穏やかで険悪な空気に割り込んだのはテッドである。
「お取り込み中のところ悪いんだけど……この勇者さんと君たちは知り合い、ってことでいいのかな?」
片手を上げて話に割り込むテッドに視線を向け、フォランは軽く頷く。
抱きついていた幼女も力強く頷いた。
サナーリアは頷かなかった。
ペルチの頭に軽く手を置いたフォランはもう片方の手をサナーリアに向けてテッドに告げる。
「はい、そうなります。……彼女もこの問題に関しては有識者のはずですので、馬車の説明に同席させてもらってもよろしいでしょうか?」
「え、ちょっ……」
すらすらと話を進めるフォランが突如サナーリアのことを話題にあげたので、当の本人は慌てて制止の声を上げようとしたものの、テッドが真剣な表情で頷いたのを見て、半開きの口を勢いよく閉じるサナーリア。
憎たらしいアピールをするばかりでサナーリアは話の内容を把握出来ていなかった。が、サナーリアの名を出したということは、魔王に関する話をするのだろうということには察しがついた。
「……仕方ない。乗ってやるか」
いつの間にか上から目線になった銀髪女は、テッドに案内されるフォランの後を追うように歩き出した。
さりげなくフォランの隣を歩く幼女が気になったものの、面倒を見る羽目にならなくて良かったとサナーリアは心の中で嘆息したのだった。




