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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
02  渇求の魔王
39/89

02-05  絵画

 二部屋を取り、互いの寝室を決めたのにも関わらず、サナーリアはずけずけとティジーとペルチの部屋に入ってきた。

 しっかり宿の軽装に着替えた彼女は、きつく結いたお団子を解いて、肩まである銀髪をなびかせていた。


 我が物顔で寝台に腰掛けた雇い主に、努めて穏やかな顔をしながらティジーは問いかける。


「……なにか御用でしょうか」

「明日の予定決めてないじゃん」

「はあ」

「サナーリャ、さらさらー」


 椅子に座るティジーは、左横にある机に肘を置きながら気の抜けた返事をする。

 寝台に座ったサナーリアは、後ろで髪をいじるペルチをガン無視して腕を組んだ。

 膝の上にはキャウルズから発つ前に購入した、薄い観光誌が広げられている。


 簡略化された地図に目を落としながらサナーリアは言う。


「言うまでもないけど目的地は変わらずグラジークだよ。正確にはグラジーク周辺だけど、反応があったのはキュオン寄りじゃなかったから、やっぱりもう一本馬車に乗る必要があるかんじ」


 おそらくは〈御玉鎖〉の光源を確認した口ぶりでサナーリアは告げた。

 相変わらず大雑把な探知方法だと呆れつつ、ティジーはダメ元で魔王の詳細情報がないかを尋ねてみる。


「ちなみになんだけど、魔王の外見の特徴とかってねえの?」

「……敗〇の情報は皆無だから、そんなものはありません」


 毅然とした態度で言い放つサナーリア。

 けれども狙ったかのようにペルチが彼女の後ろ髪を角のように持ち上げたものだから、それを見たティジーはサナーリアの表情との一致具合に思わず吹き出してしまう。

 ペルチのイタズラに気づいたサナーリアが咄嗟に振り返れば、黒髪の幼女はすかさず手に持った銀髪を離す。しなやかな髪はさらりと手から流れていった。


 そのまま数秒ペルチを見つめた後、サナーリアは膝元の地図に視線を戻す。

 早々に興味が離れた雇い主を見て、ペルチはほっと胸をなで下ろしていた。


「でも何かしら目撃情報はあるはずだから、ひとまずは掲示物とか噂話とかで情報収集かな」

「そこは聞き込みではないのか……」

「あ、じゃあ聞き込み担当よろしく」


 明らかに人と話す気が無い様子の雇い主は軽い調子で手を振る。

 彼女の仕事を手伝うと決めたので、喉まで出かかった不満を飲み込んでティジーは素直に了承した。

 と、聞き込みをする上で必要と思われる情報をまだ聞いていなかったことに気づいたティジー。

 膝に肘を乗せるかのように身体を乗り出して、ぐいとサナーリアに近づく。


「そういや魔王の名前は?」

「〈怨毒〉」


 相変わらず聞き慣れない単語だなと眉を寄せるティジー。


「えんどくってどういう意味だ?」

「ものすごく恨んだり、憎んだりするって意味」

「へえ……」


 生き字引のように、問えば即座に答えが返ってくることにティジーは感心した。

 これが人よりも知識を優先した結果なのだろうか。


 魔王という脅威は、特別なチカラを持つ存在でもある。

 〈成人の儀〉にて、魔王の二つ名はその能力を表す、という情報を得たティジーは、名前を聞いて件の魔王が持つであらう能力を予想する。

 〈暗闇の魔王〉であれば、影にモノを収納するチカラ。

 〈隷属の魔王〉であれば、噛んだ対象を下僕とするチカラ。

 であれば、〈怨毒の魔王〉もその名に類するチカラを得ているだろう。


 聞き込みの際に、摩訶不思議なチカラが引き起こすであろう現象を例にあげれば、きっと早く魔王の手がかりを見つけられるはず。

 そう考えたティジーは、二つ名の意味をもごもごと口の中で呟き始める。


「恨む……憎む……となると、なんかこう、精神にくるかんじ? 近くを通ると怒りっぽくなるとか、情緒不安定になるとか」


 顎に手を当て、なんだかしっくり来ないなと唸るティジー。

 サナーリアはそんなティジーへ心底不思議そうな眼差しを向けてきた。


「何をブツブツ呟いているの?」

「え、魔王のチカラを予想した方が色々話が早いんじゃないかと思って」

「当たるとも限らない予想するより、地道に噂を掻き集めた方がよくない?」

「……あい。そっすねー」


 バッサリと正論で斬られ、ティジーは不満を隠さず同意の返答をする。

 そしてまるでどこぞの現実主義だな、とそのさっぱりした態度に既視感と安心を覚えてしまう。


 その後、サナーリアは宿を出る時間帯を告げ、足早に部屋を出ていった。

 ティジーと二人きりになったことをいいことに、ペルチは膝をついていた簡素な寝台に倒れ込むようにして寝転んだ。


「おふとーん!」


 キュオンはウレイブよりは都会であるけれども、宿の内装はどちらかというと機能性を重視した作りだった。

 言葉を悪くするなら値段相応の素材で作られた、必要最低限の家具があるという印象だ。

 ティジーは特別目が肥えているわけではないが、部屋の家具がさほど高価なものでないということには察しがついていた。


 商人の街、とサナーリアが言っていたことからおそらくキュオンは人の出入りが激しいのだろう。

 部屋に何かあっても替えがきくようにしているのだろうかと、ティジーは木の幹を強調した野性的な椅子の背もたれに肘をつく。

 とはいえ一晩を明かす宿としては申し分ない。

 〈勇者証〉を使って、詐欺じみた料金で泊まれることも考えれば、かなりお手頃である。


「まどー!」


 興味津々に窓を開け放つペルチ。

 風は穏やかで、次第に薄暗くなっていく空の光をティジーは目を細めて眺めていた。

 が、唐突に窓の外に首を突き出したペルチを見て、咄嗟に椅子を蹴り飛ばして幼女のもとへ駆け寄るティジー。

 そして寝台に膝をつき、条件反射のように幼女を片腕で引き寄せる。


「っぶねーだろ! なにやってんだ!」

「あのね、あのね。においがね、したんよ」

「におい?」


 右腕にペルチを抱き寄せたまま、窓枠に左手を置いて目を閉じるティジー。

 確かに言われてみればなんとも食欲をそそられる香りが階下から漂ってくる。

 次いで、蛙の鳴き声がティジーの腕から……否、ティジーが腕を回したペルチの腹から小さく鳴り響いた。

 ぱっちり目を開いて幼女を見れば、彼女は眉を下げてぼそりと呟く。


「……おなか、すいたんよ」


 魔王とは一体何なのかと思うくらい人間じみている幼女の生理現象に思わず吹き出すティジー。

 腕を離してから、わしゃわしゃとその小さな頭を撫でる。


「そうだよな、ずっと馬車乗って宿まで歩いて疲れたよな。夕飯食べに行くか、ペルチ」

「ん! ごはん食べるんよー!」


 にんまり笑う幼女を見て、ティジーも頬を緩ませる。


 大抵の宿は食堂を解放しており、宿泊客以外の客も多数出入りするため、食事時はとても賑やかだ。

 夕食の時間だと分かっていたならば、先ほどの話が終わる頃にサナーリアを誘うのも良かったかもしれない、などと既に終わった可能性に思いを馳せるティジー。

 人に興味がない性格のおかげでティジーの失言は無かったものとして扱われているのだ。

 これから少しばかり旅路を共にするものとして、多少は歩み寄りたい。あわよくば、魔王の情報なんかも垂れ流して欲しい。


 けれども、そんなティジーの淡い希望は、文字通り儚く散ってしまう。

 まず、食事に誘うべく、隣の部屋の戸を叩いたところ室内からは返事が返ってこなかった。そこでティジーは彼女を夕食へ誘うことを諦めた。


 そうして二人で向かった食堂。

 ティジーはその部屋の隅に、澄ました顔をしながら淡々と食事をしている銀髪の女を発見した。

 声を出しかけたペルチの口を塞いでから、ティジーは足早にそこから最も遠い席に着席する。


「そうだよな。そーゆーやつだったよな、あいつは!」


 つまりサナーリアの脳内にはティジーと食事を共にするという選択肢がそもそも無かったらしい。

 その事実を塗りつぶすかのように、夕飯の時間だと知っていたなら教えてくれても良かったではないか、とティジーは精一杯の合理的な不満を浮かべるのであった。





 およそ殆どの席が客で埋まり、かと思えば食事を終えた者が席を去り、次なる客がそこへ腰掛ける、といった流れが少し落ち着いた頃。

 すっかり闇に覆われた外と対極的に、室内灯が煌々と賑やかに照らす食堂は、昼間のような活気に溢れていた。

 酒瓶を豪勢に開けて飲み明かす男たちを横目に、ごくごく平穏に夕飯を完食したティジーとペルチは深く息を吐く。


「おなかいっぱい!」

「お、オレもめっちゃいっぱい……」


 のろのろと立ち上がったティジーは、ペルチと並んで部屋に向かう。

 

 背丈に見合った量を食べるペルチは好き嫌いこそ少ないが、ティジーと比べるとかなり少食である。

 大抵の食堂は年齢問わず、食事の量は同じなので、ペルチが食べきれなかった分は貧乏性のティジーが虚勢と共に片付けるのだ。


 故に、満腹を通り越してよたよた歩くティジーの隣には、それに歩調を合わせたペルチがゆっくり並ぶのが恒例となっていた。


「ティジ、おにくおいしかった!」

「ん、ああ。グラジーク牛だっけ。太っ腹だよな……ふぅ」


 笑顔で感想を述べるペルチ。

 腹を抑えながら弱々しくティジーは微笑む。


 皿の上に申し訳程度に乗っていた燻製肉。

 それがペルチの口にたいそう合ったようだった。

 値段を考えると量が少ないのは道理なのだが、それでも有名牛を僅かにでも口に出来たのは少しだけ得だったな、とティジーはその味を追想する。

 けれども悲しいかな、食したのは燻製肉だったので、肉汁より香りの方が印象に残ってしまっていた。


「……香りも高級ってか?」


 舌が肥えていないことを少しだけ悔やみつつ、ティジーは廊下に飾られた絵画へと視線を移した。


 どれもこれも草原や青い空といった自然が描かれている。ド田舎の故郷やら、明日訪れるであろうグラジークは描かれていないものかと絵画に添えられた表題に目を通すが、いずれも地名に準ずるものは記述されていなかった。


 不意にティジーは、隣に並んで歩く幼女の気配が無くなったことに気づき、背後を振り返る。

 ペルチはとある絵画を見つめ、棒立ちになっていた。


 ティジーはペルチの背後からそれを覗き見る。

 すぼんだ口のような花弁を持つ白い花が一輪だけ描かれた絵だった。

 続けてその絵の表題に目を移すティジー。


「……ペルチェの花? 初めて見るし聞いたことない花の名前だな」


 故郷で軽く植物を学んだティジーは頭を捻る。

 少なくとも、毒や薬になる効能を持ち合わせていないか、あるいはその効能を持ったとしても生息地がごく僅かな種類、ということだろう。

 ペルチはティジーの気配に気づきながらも、依然として白い花の絵を見つめるばかりだった。


「ペルチェのおはな……」

「そういやペルチとペルチェは響きが似てるな。もしかして見たことある?」

「見たこと、あるのかな」


 ペルチは〈暗闇の魔王〉である。

 けれども、名前と己が魔王であること以外何も知らない記憶喪失でもある。


 もっとも、見た目が五歳程度の女児である彼女の記憶に抜けがある、と主張されても説得力に乏しい。

 しかし魔王であるならば、ペルチは国から任命された勇者から永遠に命を狙われ続けられる。

 何も知らないまま生を終えなければならない運命に涙した魔王に、勇者であるティジーは手を差し伸べ、自らの旅の目的に彼女の記憶捜索をも加えることにしたのだった。

 けれども、少ない旅路の中でペルチは年相応の女児として振る舞うばかりで、ティジーは一向にペルチの記憶の手がかりとなるようなものを探せていなかった。


 そんな中で、珍しくペルチがひとつの花に強い興味を持ち始めたのだ。

 ティジーとしてはようやく記憶捜索の一歩目が踏み出せたかという気持ちであるが、当の本人は今ひとつ納得していない顔で首を傾げた。


「んー。ペルチェのおはな、ペルチェのおはな……」

「おや。そちらの絵画、お気に召しましたか?」


 コメカミに指を当てて唸るペルチに声をかけたのは、通りすがりの従業員だった。

 しゃんとした制服姿の男を前にしても唸り声を止めない幼女に変わってティジーが質問をする。


「ペルチェって初耳なんですけど、実際にどこかに生えてる花なんですか?」

「そうですね。希少ですが実在する花であると聞いております。私も実物は見たことがないのですが」

「希少な花、なんですね」


 従業員の口ぶりからすると、少なくともキュオン周辺に自生している花ではないようだ。

 今度図書館で花の図鑑でも見てみようかと顎に手を当てるティジー。


 今なお絵画の前にて唸り続けるペルチを見て、従業員は小さく笑う。


「変わった形の花に、変わった特徴を持っていますもんね。気になるのも分かります」

「変わった特徴、というと……」

「ペルチェは養分を吸収する力が強くて、群生して育っても最終的には、一輪の花以外全て枯れてしまうんだそうです」

「え、こわっ」


 おちょぼ口のような滑稽な容貌をしておきながら、この花は同胞の栄養までも吸い尽くしてしまうらしい。

 となればこの絵は最後に残った一輪の花のみを描いた作品なのだろうか。

 解説を聞いてから絵を見ると、どことなく花の周りがおどろおどろしいように見えてしまうのだった。


「その分、残った一輪の生命力はとても強いそうですよ。この絵はたまたま一輪のペルチェを見かけて描いた旅人さんが寄贈して下さったものなんです」

「なるほど。絵であってもペルチェを見れたのは凄く幸運なんですね」

「ね、ね。リカは?」


 興味深く頷くティジーに向かって、唐突にペルチが不思議な言葉をかけてきた。

 真剣な眼差しでこちらを見つめてくる幼女に困惑しながらティジーは答える。


「リカ? 人の名前か?」

「んーん。おはな。リカっておはなはある?」

「えーと、絵画の話であればありませんが……」

「絵じゃなくて、おはなの……。ん? リカって、あれ、おはな?」


 質問をしながら、自らに問いかけるペルチを見て、従業員とティジーは顔を見合わせる。


 リカ、という花を探しているような口ぶりだが生憎とティジーは植物に詳しいわけではない。従業員のほうも絵の知識としてペルチェのことを記憶していたようで、特別花に詳しいわけでは無さそうだ。


 もごもご自問自答していたペルチは、やがて小さく頷いて呟く。


「……ん。もう大丈夫なんよ」

「リカの花が何か分かったのか?」

「んーん。リカに意味は無い、ってことが分かったんよ」


 要領を得ない言葉に、再び従業員とティジーは顔を合わせる。

 自己解決したようだが、一体リカとは何だったのだろうか。


 ペルチにそれを訪ねようとしたところで、ティジーは幼女が目を擦っている様子を視界に入れた。

 どうやら満腹になって暫く経ったので眠気が押し寄せてきたようだ。

 そんな幼女を宥めるべく、黒髪頭を優しく撫でれば僅かに口角が上がる。


「はいはい。おなかいっぱいになったから眠くなったんだよな。早く部屋戻って寝ような」

「ん! おにくおいしかったんよー」

「それはさっきも聞いた。……っと、色々教えてくれてありがとうございました」

「どういたしまして。ゆっくりお休み下さいませ」


 丁寧に礼をする従業員に軽く頭を下げて、ティジーは半分目のとろけた幼女の頭を、ぽんぽん撫でながら歩く。


 結局のところペルチェの花とペルチにどんな関係があったのか分からずじまいだったが、あの様子からすると少なからず関連はありそうだ。

 リカ、という謎の単語も気になるが、意味が無いという言葉からすると花や人の名前ではない、と考えられる。

 当の本人に訪ねようにも、満腹でまどろんでしまったので今晩はお預けだ。

 流石に一塊も一緒に過ごしていると、幼女の行動パターンと原因におおよそ予想がついてきてしまう。


 階段を上った先にある、宿泊部屋の扉がずらりと並ぶ廊下の窓から外を見つめるティジー。

 外は黒く染まりきっており、窓は僅かに明るい光が灯った室内を鏡のように映していた。

 そこに映るティジーとペルチはまるで仲の良い兄妹のようだった。


「……一応、宿命の相手ってことになってるけどな」


 勇者は、一切討伐する気のない魔王の頭を撫でながら軽く頬を緩ませ、宿泊部屋に入っていった。


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