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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
02  渇求の魔王
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02-01  逆ナン

 静かな闇の中、僅かに草が擦れる音がした。

 木に止まっていた鳥は近づく草音に反応してどこかへ飛び立っていく。音の主は人だった。


 木に手をついて立ち止まった人影は一つの木の小屋を向いていた。頑丈な作りの錠前が付けられている扉は、赤の他人が内部へ入ることを十二分に警戒していることが分かる。

 再び歩き出した人影は、その小屋に付けられている錠前を手に取り、腰元から取り出した鍵でいともたやすくそれを解錠した。

 軽快に開いた錠前を地面へ投げ捨て、戸がゆっくりと押される。重低音の軋む音がぎこちなく鳴り響く。


 開け離れた小屋の中は、外と同様に闇に塗りつぶされていたが、人影はものともせず中へ入った。

 室内には、子供の背丈ほどの箱がずらりと並べてあった。

 人影は壁際にある一つの箱に触れ、腰を落とす。暗闇の中、器用に金具を外して箱の中に手を入れ、暫くしてから腕を上げた。

 引き上げられた手に握られていたのは、燻製された腸詰めの肉だった。丁寧に加工されたそれは幾重にも連なっており、一家庭で消費する分量でないことは明らかだった。


 小さく、安堵するかのように息を吐いてから、人影はそれを我がもののように腰に提げた皮袋の中へ入れていく。


「こーら。人んちのもの、勝手にとったらダメなんだよ」


 人気のない倉庫から、緊張感に欠ける声が響いた。人影がその方向に振り向くと、首に発光する水晶を提げた少年が箱の上に座っていた。少なくとも先ほどまで室内は真っ暗で、その水晶は光ってなどいなかった。

 気だるげに薙刀を左手に持った少年はゆっくりと侵入者の元へ近づき、その顔を見て驚いた。


「驚いた。女の子じゃないか」

「…………」


 翠緑の粗野な髪を左上で小さく結んだ、無表情の少女は手に燻製肉を持ったまま静止している。年齢はおそらく水晶を持つ少年と同じくらいだろう。

 少年は栗色の前髪を小指で梳いてから、渋い顔で屈む。薙刀は左肩に置くように立てかけた。

 丁度目線が合うくらいの高さで、少年は少女を見つめながら言葉を選ぶように開口する。


「あのね、最近この村で盗難事件がよく起こってるみたいなんだけど、犯人はきみってことでいいのかな?」

「…………」

「えーと、そりゃ人にはそれぞれの事情があることは分かるよ? でもね、ここにある食品は職人さんたちが丹精込めて作った大事な大事な」

「かっこいい」

「おにく……え? なんて?」


 少女は、整った顔立ちの少年を凝視していた。


 自らの話に夢中になっていた少年は彼女の言葉を聴き逃して、目を数回瞬かせる。

 その一瞬の気の抜けた隙を狙って、少女は少年の薙刀を右足で振り払う。肩に置いただけの薙刀はあっけなく横へ転がった。

 それを手に取ろうと少年が左に手を伸ばし、身体を傾けたところで、少女は少年にのしかかる。


「待って!」

「ぐえっ」


 横向きに倒れ込んだ少年は、折り重なった少女の重みで呻く。

 左手を伸ばしきっても薙刀には届かない。

 とすれば、右手で上に乗る少女を振り払おうと意識を右手に向けたところで、指に細く柔らかいものに当たった。少女の指だということは容易に分かった。


「生きててよかったー! セカイにはこんなかっこいー人いるんだね。しかも直々にアタシに声かけてくれたし」

「ぼ、僕はきみに会いに来たわけではなく、この村によく出る盗賊を捕まえるために雇われて……」

「やだー! アタシのためにわざわざ寝ないで張り込んでくれたんだ! ケナゲーっ」

「話を聞いてくれよお!」


 べったりと少年から離れない少女は、自分本位な解釈をして己の世界に浸っている。

 どうやら彼女好みの容姿だったらしい少年は、いつの間にか指が絡まれた右手を振りほどこうと手首を揺する。

 けれどもがっちり掴まれた手はびくともしない。


「もうこれは運命だよ。キミはアタシのダンナさんになるためにここに来たんだよ!」

「ち、ちが! 僕は勇者だから、まだそんなことしてる暇はっ」

「……勇者?」


 少女が不思議そうに少年の言葉を繰り返す。

 力が緩んだ隙を狙って少年は少女と繋いだ手を勢いよく右へ振り払い、その勢いで身体も右へ回転させる。

 小さく悲鳴を上げた少女の上に少年は四つん這いになった。

 ゆらゆらと首に提げた水晶が淡く揺れる。


「手荒なことしてごめん。でも、この倉庫の用心棒としてきみをただで返す訳には」

「ダンナさん、積極的……だね?」

「ち、ちがう! これはそういうんじゃないって!」


 今だなお指が絡んだままの右手を軽く握られ、少年の頬が紅潮する。

 少年の胸元にある淡い水晶の光は、心底嬉しそうな少女の顔を照らしていた。満更でもなさそうだ。


 どうにも女性相手だと分が悪いことを自覚した少年は、乱暴に右手を振り解いてから、少女の頬にその自由になった手を添える。

 それが少女の喜ぶ行動だと知らない少年は、脅しのつもりで精一杯声を低くして彼女を睨みつけた。


「残念だけど、僕は勇者なんだ。魔王を倒すための訓練をしてきたし、魔王以外でも世に蔓延る悪は倒して然るべしと思ってる人間だよ。だからもうきみに悪いことはさせない」


 そんな少年を見つめて呆ける少女。

 脅しに屈したとは思わずとも、少女が呆気に取られたことを少年は好機と捉えた。

 間髪入れずに腰の鞄から布を取り出し、少女の口にそれを押し込む。

 これで手足を拘束してしまえば、あとは朝になって目を覚ました依頼主に事情を説明すれば良い。


 少女には申し訳ないが、彼女のせいで村人が困っていることもまた事実。彼女には然るべき措置を受けて、更生してもらいたいものだと、少年は身勝手な正義に陶酔する。

 少女の腕を万歳するかのように頭の上へ動かしてから、少年は手際よく紐を結び出す。


「んー、んー」

「ごめんね。苦しいだろうけど、少しだけ我慢してね」

「んんー! んー! んー!」


 少女の両手を頭の上で結ぶ少年は、さほど抵抗をしないながらも必死に何かを喋ろうとする少女に謝罪の言葉を述べる。

 けれども首を振る少女はさらに声を大きくするばかりだった。


「えっと、ちょっと強く結びすぎ……だっ!?」


 手首の紐の結び具合いを見ようとした少年は、鈍い打撃音と共に崩れ落ちた。


 今度は少女の上に少年が折り重なるように倒れる。

 倒れ込んだ少年は動かなくなった。

 そんな少年の背後には、一人の男が立っていた。


「ったく。ルカになんてことしやがる、このクソガキがっ」


 棍棒を持った男が憎たらしげに唾を吐く。

 どうやら少年の頭を殴って気絶させたらしい。

 背丈の割に筋肉量はそれほどなく、どちらかというと細身の体躯をしていた。

 しかし纏う衣類と口調はお世辞にも綺麗と言い難い。


「ソサーカ、動かすのは口じゃのうて手じゃ」

「わーってるよボス」


 どこからともなく、芯の通った声が響く。

 男ソサーカはそれに従うかのように腰を下ろした。

 屈んだ男は、倒れ込んだ少年を雑に寄せ、少女の口に入れられた布を放り投げる。

 少女は小さく咳き込んでから、舌を出してソサーカを見つめた。


「っはー、ありがと兄者。でもこの人、アタシのダンナさんだからクソガキはやめてよね」

「……ルカ、オマエそれマジで言ってんのか?」


 水晶の光に照らされた男は、少女と同じ翠緑の髪を持っていた。少女の――妹の手首に食い込む紐を解きながら兄は脳天気な妹の言葉に呆れる。

 ソサーカの右に垂れた三つ編みがゆらゆらと揺れた。


 手を開放された少女は仰向けのまま大きく伸びをしてから身体を起こす。

 そして伸びきった美少年を見て頬を緩ませた。


「ね、兄者。いいでしょ、このヒト連れ帰っても」

「獣を飼育するのとはワケがちげーんだぞ。成人してるとはいえ、見ず知らずの男をダンナにするなんてオレは認めません!」

「……セセルカ、ソヤツは勇者と名乗ってたかの?」


 ダダをこねる妹に、これまたダダをこねる兄。

 そんな二人の会話にまたしても、第三の声が割り込んだ。

 水晶の光は二人の人間しか照らしていない。

 けれども二人はその声に驚くことなく返答する。


「そーそー。勇者って言ってたよ。だから、役に立つかもだし!」

「……ハガラの仇か。確かに役には立つかもしれねーけど」

「ワチなら問題ない。ソヤツはオヌチたちがハガラの二の舞にならぬよう、上手く使うだけじゃよ」

「おーっ、さすがボス! でも全部終わったらダンナさんにするかんね、兄者!」


 光に照らされない所在不明のボスの声に向かって、嬉しそうに話しかける少女セセルカ。

 煮え切らない顔のまま、話の方向性には同意したソサーカは、渋々といった様子で気絶した少年を肩に担ぐ。


 少年の首にかけられた水晶の光は次第に弱まり、辺りは再び闇に包まれた。

 と、暗闇の中でソサーカは妹の方をむいて顎で箱を示す。

 上蓋が外された箱を見たセセルカは、口元に手を当て、声を出さずに驚いた。


「あっ……とと、忘れるとこだった」

「コイツ起きるかもしんねーから少しでいいぞ。出した分だけとっとと回収しろ」

「アイサー」

 

 小さく返事をしたセセルカは慣れた手つきで連なる燻製肉を袋へ投げ入れ、箱の上に雑に蓋を乗せ直した。

 周囲を見回して、視界に入った少年の薙刀を手に取り、先に倉庫から出た兄を追うようにセセルカはその場から立ち去った。

 兄妹たちは、僅かに草の音だけを鳴らして、静かに闇夜に溶け込んでいく。


 辺りは静かな闇だけが残った。





 翌朝、とある村にある開け放たれた倉庫から、保管していた燻製肉少々と雇っていた勇者が忽然と消えたという噂が広まった。


 かの盗賊は食品だけでなく人も攫うようだ。

 いやいや彼らはきっと人肉を食っているに違いない。

 奴らはもしかすると魔王なのではないか。

 とすると、この村の近辺にも魔王が誕生したのだろう。


 そういった人々の妄想から、〈盗賊の魔王〉たる大した根拠のない魔王が誕生した。

 そしてその魔王の討伐を求める身勝手な声は、当然の如く王城へと降り注いだ。


 この世界は天災のように、あらゆる場所で、魔王と称された未知の脅威が観測される。

 魔王を倒すのは〈勇者村〉で訓練を受けて育った勇者だけである。


 そして広く知られてはいないが、王国には勇者を補助する〈魔王対策室〉という部署が存在する。かの部署は、時として未知の魔王の探知をも行うが、未知の魔王というものは、少なくとも外部の噂を下調べして発見されるものではない。

 故に〈魔王対策室〉はそういった「創作された魔王」に関しては、原則として干渉しないのだが。


「場所が場所なので仕方ないです。その辺はうまーく無視して、お使い頑張ってくださいネ」

「…………はあ」


 「創作された魔王」がいると主張する村の近辺に「本物の魔王」が現れた場合はどうしようも出来ない。


 魔王というのは、どこからともなく発生する存在である。

 〈魔王対策室〉は、独自の技術を用いて、各地に出現した魔王を〈魔王水晶〉という道具で探知出来るようにしている。

 勇者が魔王の居場所を正確に探し当てるために用いられる〈魔王水晶〉。それが真に正しく魔王の居場所を検知するかどうか、事前に効果検証を行うのも〈魔王対策室〉の仕事である。


「そんな噂あるなら、現地に行かなくても明らかだと思うんですけど」


 そう不満を述べるのは銀髪のお団子女。

 「創作された魔王」こそ新たに発見された魔王ではないかと語る女に向けて、わざとらしく肩をすくめるのは対面に座る黄土色の髪をした糸目の男。


「一人が不安なのは分かりますが、生憎私も仕事がありますので残念ながら一緒に行くことは……」

「嫌味ィと一緒になんて行きたくはありませんけど!?」


 王城の小部屋にて、紙の資料を大事に手に持った銀髪の女が糸目男に喚き散らす。

 糸目男はその言葉に動じることも無く、小さく頷いて淡々と返答する。


「なら問題ありませんよね。ではサナちゃん、さっさと〈怨毒えんどく〉を見つけて戻ってきてください。一週間以内ですからね?」

「……気色悪いからサナーリアって呼んでください」

「サナちゃんがイアニィって呼んでくれるなら考えますヨ」


 銀髪のサナーリアは糸目のイアニィを睨んでから、憎たらしげに立ち上がる。

 そしてそのまま立ち去ろうと踵を返して足を踏み出すも、椅子につま先が引っかかり、大きな音を立てて倒れ込んだ。


「ま、生きて帰ってくれればいいので。よろしくお願いしますネ」


 床に伏すサナーリアに軽く声をかけたイアニィは早々にその場を去る。

 手を差し伸べることも、安否を確認する声をかけることもなく立ち去ったイアニィ。その後ろ姿を見ることもなく、サナーリアはうつ伏せになったまま両手の拳を握った。


「いつか、ぜってーぶったたく……!」


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