01-31 門出
「申し訳ありませんが、機密事項ですので」
ティジーの目の前に座る糸目の男は、申し訳なさの欠片もなく、そう言いきった。
ここは宿屋もとい、同期チェテーレの親が経営する民宿。
とある一部屋を借りたティジーは彼らに歴代の魔王の一覧を見せてくれないかと、今まで学んだ数々の敬語をかつてなく駆使してお願いをした。
その返答が先の一言だ。
長椅子にすました顔で座る糸目男イアニィと、疲弊がちらつく銀髪女サナーリアは服装こそ緩やかであったが、態度は一貫して頑なだった。
ティジーの隣に座るペルチは、小物や絵画が飾られた部屋を興味深く眺めている。
応接室と名札がついていたこの部屋は小ぢんまりしているものの、滑らかな木材で飾られた空間には、自然の温もりを想起させる穏やかな雰囲気が漂っていた。
要望を一蹴されたティジーは、机の上に置かれたお茶を見向きもせずに粘る。
「……いや、オレ勇者なんですけど」
「ティジーさんは〈暗闇の魔王〉を討伐するはずですよね? 村の近辺にいることは明らかですから、我々に情報を求めるより〈魔王水晶〉を使って魔王を探した方が余程効率が良いと思うのですが」
イアニィの正論にぐうの音も出ないティジー。
あの場にいた関係者一同は、ティジーの討伐する魔王が最も近くにいることを周知している。
〈暗闇〉の討伐失敗回数はゼロだから、参考に情報が欲しい、という言い訳は彼らにしてみれば遠回り以外の何物でもないのだろう。
「……あの。彼は〈隷属〉を倒したんですよね。報告書はいいんですか?」
頭脳戦が苦手なティジーが言葉に詰まっているところに口を挟んだのは部下のサナーリア。
それを聞くなり上司イアニィは僅かに顎を引く。
「ああ、そうでしたね。〈水晶〉を持っていないとはいえ、魔王とそれに感化された勇者をも倒して村を救った勇者です。報奨金は出して然るべきでしょう」
村を救ったという表現は気に食わないものの、勇者という歪さを理解したティジーは以前よりその単語をうまく聞き流せるようになっていた。
しかし彼らにとってもギサディットは仕方の無い犠牲だったのだと思うと、ティジーの胸に行き場のない不満が立ち込める。
「ティジーさんも、そのお金を受け取ってくれれば、きっと魔王を倒すことの意義を思い出してくれるでしょう」
溜まった不満は胸に留まらず、爆発した。
勇者ならず魔王でさえも王国が仕込んだ舞台装置であるかのような無機質な言葉に、ティジーは怒りを覚える。
魔王も勇者もそちらでこしらえたものだというのに、従って当然という上からの態度がたいそう癪に障った。
ティジーは机の上に腕をのせ、発言主のイアニィを勢いよく睨む。
「金のために、魔王を殺せっていうのはあんまりじゃないですか」
「事実を言ったまでです。そもそも魔王討伐は王国がお金を出して支援活動を行っているんですよ? 正義感のために討伐されたのであるとすれば、報奨金の受け取りは拒否して貰って構いませんが」
――慈善活動には命かけられないでしょ?
物置小屋で幼なじみにかけられた言葉が脳裏に響いた。
確かに生きていく上で金は必要だし、勇者は王国から任されて魔王を討伐する存在だ。
ただ、それを――報奨金を受け取ってしまうのは、〈隷属〉を倒したことを褒め称えられるようでティジーは嫌だった。
元々ギサディットがいたというのに、彼を殺してまでその祝福を受け取ろうという気にはなれなかったのだ。
きっと自分はこうやって貧乏になっていくのだろうなと脳裏の片隅で小さく己を戒めるティジー。
「……要りません。正義感とかではなく、自分はあくまで人の手柄を横取りしただけですから」
「そうですか。ですが〈対策室〉では情報を記録しておりますので、簡単な報告書だけ提出をお願い致しますね」
こちらが情報を出せと言っても秘匿するくせに、あちらは情報を寄越せと言ってくる。
〈魔王対策室〉の明らかな横暴ぷりに、ティジーはほとほと呆れた。
彼らと会話をしても得られるものは何も無い。
そう判断したティジーはすっくと立ち上がり、ペルチの頭を軽く叩いて幼女に起立を促す。
それから、立ち上がったペルチの手を掴んで一言。
「せいぜいお国のために報告書を書かせて貰いますよ、王城のイヌども」
「いっ……!?」
「失礼しました」
煽りに反応したサナーリアを鼻で笑って、ティジーとペルチは足早に民宿から立ち去る。
こうしてティジーは〈魔王対策室〉からの信頼と協力を爆速で失ったのだった。
######
歩くうちに頭が冷えてきたティジーは、民宿でのやり取りを思い出して肩を落として、深く息を吐いた。
ペルチと共にいることを決めた時点から、どうにも気持ちが魔王側に寄ってしまっている。
〈隷属〉と〈悔悟〉の例を知りつつも、心のどこかで魔王とは分かり合えるのではないかと甘い考えを浮かばせるティジー。その考えは勇者としてどうなのだろうと、片手を顎に当てて唸る。
そもそも〈魔王対策室〉と上手く折り合いをつけて協力出来れば良いなと思ったところでこれだ。
けれどもゾウォルが言っていた言葉をふと思い出したティジーは、前を向いて己の頬を叩く。
「そうだよ、別に仲良くしなくたって問題はないんだ。オレたちはオレたちらしく、二人で旅をしながら解決策を探していけばいいんだ!」
「んにゃ! ウチも、あんまり賢くないけどがんばるんよー」
「そーだそーだその意気だペルチ!」
もはや空元気とも言える無計画を高らかに語りながらティジーは自宅へ軽快に歩いていった。
頭を使うやり取りはどうにも自分には合わない。
ペルチだって難しいことは分からないはずだから、ティジーが一人悶々と悩んでも何も解決しないのだ。
悲しいがこれが二人の思考能力の限界である。
実に早く気持ちを切り替えたティジーは、日が傾きかけた空を見上げる。
そろそろ夕食の頃合いだろう。
現在ティジーは自宅に向かっているのだが、隣に歩くペルチを見て、素朴な疑問を投げかける。
「一応聞くけどさ、ペルチはご飯食べれるよな?」
「ごはん、食べれるよ? 魔王もきっとおなか空くんよ。……あ、でも」
魔王である自分が食事を共にして良いのか。
明確に言葉にしなかったものの、ペルチの言わんとすることを察したティジーは、すかさずそれを援護する。
「いいや、そこはオレがうまく誤魔化す! だからご飯食べよう。ペルチも一緒に食べよう。みんなの食事の時間に一人ぼっちなんて寂しいだろ」
「うん……うん! ティジとごはん、食べたいんよー」
「よしきた任せろ!」
控えめに微笑みながら、繋いだ手をぎゅうと握るペルチ。
次なる戦場は自宅だなとティジーは気合いを入れ直す。
突然現れた謎の幼女をティジーの両親にどう説明しようか思案する。
こうして本日最後の山場、両親に違和感なくペルチを紹介する作戦が始まり、それはものの数秒で終焉した。
「やーんかわいーーっ! ペルチちゃんすごいお肌もちもちー!」
「あうあうあう」
「母さんっペルチがごはん! ごはん食べれないからっ! ほっぺつねるのはちょっとタンマ!」
「このお肉、分けてあげようか? うん? ホラ遠慮しないであーんしなさい」
「んぐぐぐぐ」
「父さんペルチ呼吸出来てない! お肉口にそんなに詰め込まないで! てかオレの肉も取らないで!」
ティジーがツッコミ気質になった元凶であるのほほん夫婦は、突如現れた幼女を怪しむどころか大喜びで歓迎した。
頬を摘み、頭を撫でくりまわし、皿に肉を乗せ、更には口に肉を詰め込む有様。
ティジーはペルチが無事食事を終えるよう、当初想定していた方向とは別方面に気を張って奮戦した。
翌朝聞いた話によれば、二人の幼女を愛でる声は隣家にまで響いていたという。
穴があったら入りたかった。
一波乱の夕食を終えて、居間で腹を落ち着かせる一同。
ティジー母はペルチにティジーのお古を寝衣として着せており、ペルチは緊張しながらも母の好意を嬉しく受け取っているようだ。
今さっき出会ったとは思えないペルチの愛でように少し呆れつつ、居間の長椅子に腰掛けてその様子を微笑ましく眺めるティジー。
よたよたと、くるっとまわって一回転。
長い黒髪がふんわり後ろに広がった。
「ペルチちゃん、可愛いじゃないか」
「いや、あの……もっと他に言うことあるくね?」
寝衣に着替えたペルチを見る父の言葉に苦笑するティジー。
温厚で控えめな父だが、発言だけを見ればなかなか愉快な性格である。
そんなティジーの父は元勇者だ。
母親は父親が旅の途中で拾ったとかさらったとかで、もともとはウレイブの住民ではない。
ティジーは(長くなりそうなので)両親の馴れ初めを聞くことを拒否したため、詳細は不明だ。
勇者時代はもう少し威厳があったのだろうかと、ティジーは隣に座ってペルチを見つめる同じ髪色の父の後ろ姿を見つめる。
「聞いたよティジー。ギサディットくんのこと」
こちらを向かず、唐突に話しかけてきた父に驚きつつ、ティジーは努めて冷静に返答する。
「あ……うん。みんな、褒めてた」
「辛かっただろ」
「……っ、んや。もう泣いたから大丈夫」
「そうか。無理はするなよ」
父との〈隷属〉関連の会話はそれで終わった。
あまりにも短すぎるやり取りに驚きつつも、深く入り込んで来ない優しさにティジーは感謝した。
おそらく〈隷属〉の話を聞いたということは、ティジーが勇者になったことも知っているのだろう。
思い返して見れば、フォランもゾウォルもティジーを褒め称えなかった。
ティジーはそれが嬉しかったけれど、他の人がもし同じ状況になったときに果たして同じ言葉をかけられるかと不安に思う。
「ティジ、ティジ」
「ペルチ?」
ぺちぺちと幼い足音を立てて、ティジーのお古を着たペルチがそれを見せびらかしに来た。
否、ティジーの母が見せびらかせと言ってきたのだ。
視界にチラつく母は無言で何度も拳を振っていた。
「オレのだから男物だけど、似合ってると思うよ」
「んへへ……ありがとなんよー」
にんまり笑うペルチ。
それにつられてティジーも頬を緩める。
と、視界の隅にいた母がいつの間にか近づいてペルチを羽交い締め……ではなく抱きしめていた。
「ほんとかわいー! このままウチの子にしちゃいたいっ!」
「か、母さんっ! ひとまずペルチはオレが預かるから! お触り禁止!」
「ならば俺が」
「父さんも禁止ぃ!」
こうしてティジー宅のペルチ争奪戦第一夜は幕を下ろした。
第二夜に関しては割愛。
第三夜は両親を説得したティジーにより開催されることはなくなった。
というのもペルチと共に、魔王の根絶やら記憶の捜索やらを決心したティジー。
本来は翌日にでも村を出立したい心づもりであったが、荷造りやペルチから離れ難い両親の説得やらで、結局村を発つのが〈成人の儀〉を終えた二日後の昼になってしまったのだ。
######
「しかし、真面目に報告書の書き方を聞きに来るとは。ティジーくん、実は真面目だったんですか?」
「それ、褒めてないっすよね」
「先生はいつだって真面目です」
「オレの話は!?」
時は少し遡って〈成人の儀〉の翌日。
ティジーは報告書の書き方を教えてもらうべく学び舎の戸を叩き、狙っていたのか偶然なのか、丁度その場に居合わせたゾウォルが対応をするとのことで、二人は再び資料室に篭っていた。
一通りの説明を受けたティジーは、特に書くことがないな! とほぼ白紙の報告を自信満々に書き上げる。
若干は〈魔王対策室〉への嫌がらせも含まれていたかもしれない。
案の定ゾウォルは紙面の白さに何も言わず、封筒にその報告書を淡々と入れて、封筒を整えるように机の上で角を数回叩く。
「じゃあこの報告書は先生が送っておきますね。……で、ティジーくんに一つ渡したい物があるんですが」
封筒を右に寄せた教師は、足元に置かれた箱から一振の短刀を取り出した。
それはティジーがギサディットに突き刺したものと同じ見た目の短刀――〈禊刀〉だった。
机に短刀を置いて、ティジーの元にそれを滑らせるゾウォル。
ティジーは何も言わず、それを見つめた。
「形式的に〈禊刀〉は所持を強制させるものなんです。嫌な思い出だと思いますがご容赦ください。もちろんティジーくんが持っていたアレとは別のものですよ」
魔王にトドメをさせるという謎の〈禊刀〉。
しかしティジーが〈隷属〉を刺した時の威力は単なる短刀と何ら変わりはなかった、と感じている。
ゾウォルの説明も、この短刀が一体何の役に立つのか要領を得ていないようだった。
疑問に思ったティジーは試しに一つ質問してみることにした。
「……先生は、勇者時代にこの短刀を使った事、ありますか」
「料理の時によく使ってましたね」
ティジーは聞かなきゃ良かったとゾウォルを呆れた目で見つめる。
しかし調理学教師はけろりとしている。
なんて図太いのだろう。
「ここだけの話ですが、〈成人の儀〉はウレイブと〈魔王対策室〉が基礎を作ったんです。なので、ウレイブの関係者である俺が〈禊刀〉の機能を知らないということは、もしかしたらそういうことなのかもしれません」
「……わかりました。ひとまずこれは持っておきます」
気が進まないながらも〈禊刀〉を手に取るティジー。
〈勇者証〉と〈魔王水晶〉と〈禊刀〉。
ウレイブの勇者初期装備三点を再度揃えたティジーは、すっくと立ち上がる。
「出るのは明日ですかね?」
「はい。少し……家で取り合いになっているものがありまして」
「大変そうですねえ、家族仲が良すぎると」
事情を把握していないゾウォルの言葉にティジーは苦笑する。
ペルチもティジーと共に旅に出ると知ったのほほん夫婦の騒ぎようは凄まじかった。それをティジーが決死の思いで説得したのが今朝のこと。
せめて旅装や保存食の準備やらは任せて欲しいと、ペルチを連れたティジーの父と母は現在村中を文字通り飛び回っている。
ティジーもティジーで、旅に必要なものを買い揃えなくてはならない。
扉に手をかけて軽く会釈をしたティジーに、笑顔のゾウォルが声をかけてきた。
「では気をつけてくださいね」
「はい。先生もお元気で」
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昨日の、ごくごく平穏な学び舎での恩師との別れを追想したティジー。
本日は下一塊三日――つまり〈成人の儀〉を終えた二日後だ。
早くに昼食を済ませ、ほどよく温かい陽光の下にティジーとペルチは立っていた。
現在の服装は風よけも考慮した薄い外套と、長時間歩いても問題のない丈夫な革靴である。
対するペルチも布切れの服などではなく、女子らしいふんわりした裾の上着と、丁度良い大きさの靴を履いていた。
簡素な服装に見慣れていたティジーは、なんだか重そうだなという感想を抱いてしまう。
とはいえ、ティジーの背負う鞄も見た目にそぐわず相当に重量があるのだが。
二人はもうじきやってくる王都キャウルズへの定期便に乗るため、指定された乗り場で待機していた。
ふと視線を感じたティジーは、そちらを向いて小さく嘆息する。
「そこまで見送りしなくてもいいのに」
日々の予定はあってないような農家のティジーの両親は、律儀に馬車乗り場まで見送りに来ていた。
そんな息子の言葉に母は頬を膨らませて不満をあらわにする。
「自分の子供二人が旅に出るっていうのに、見送らない親がいるわけないでしょっ」
「ペルチはいつからウチの子に!?」
「だってティジーと並ぶペルチちゃん、妹みたいだったんだもの」
そんな理由で子供判定していいのかと父に目を向ければ、それに同意するよう力強く頷くばかりであった。
呆れつつも、ティジーはかねてから抱いていた疑問を小さく吐露する。
「……二人は最後までペルチが何者なのか聞かないんだな」
「ティジーが言いたくないことを無理に聞こうとするほど鬼じゃないわよ。ペルチちゃんは可愛いし」
「なにより可愛いペルチちゃんに優しくしない理由なんて、あるわけないじゃないか」
「あい。そっすねー」
最後の最後まで締まらない両親だが、自分の気持ちを何よりも理解してくれた二人にティジーは小さく感謝する。
と、ティジーの外套が控えめに引っ張られ、その方向を見ると目を輝かせたペルチがいた。
「ね、ね、ティジ。馬車ってあれ? すごーおっきーんね!?」
どうやら初めて見る馬車に興奮しているようだった。
大きな車輪のついた色が少し派手な馬車は、四人がけである。
村に来るのは五台なので、一度に最大二十人が王都行きの馬車に乗ることが出来るようだ。
そんな幼女の頭を優しく撫で、ティジーは両親の方へ向き直る。
少し離れた位置で停車した馬車の土煙が、横を通り過ぎていった。
「それじゃ、行ってくる」
「行ってくる!」
「ああ、ティジーもペルチちゃんも、体に気をつけてねっ! 危険なことはしちゃだめよー!」
「二人とも、くれぐれも無茶はするなよ」
かつてなく必死に声をかけてくる両親の声を聞いて、ティジーは胸を締め付けられるような感覚を、奥歯を噛みしめて耐え忍ぶ。
あれだけ村を出たいと願っていたのに、いざその時が来たら胸に宿るのは喜びではなく名残惜しさであった。
ティジーはその感情から、自分はただ背伸びをしたかっただけなのだと悟る。
精一杯の笑顔とともに最愛の両親に手を振ったティジーは、ペルチと共に馬車へと向かう。
荷物を積んで馬車に乗り込めば、鞭の音に次いで馬のいななきが響く。
軽快な足音ともに馬車はゆっくりと動き出し、徐々に加速していった。
あっけなく目の前を過ぎていく故郷。
自分が望めばこんなにもあっさりと村は離れてしまうのだと、一人感傷に浸る。
呆然と窓を見つめるティジーの手に、ちょん、とペルチの手が重ねられた。
「ティジ、不安?」
小さな同行者を見て、ティジーは我に返った。
自分は真の意味で一人ではないのだ。
黒髪の幼女は、ティジーの強張った顔をくりくりした瞳で見つめてきた。
「ペルチこそ。怖くない?」
「ん、ティジと一緒なら、ちょっとだけ怖くないんよ」
「ちょっとだけかよ。このこのっ」
少しだけ強がった幼女の黒髪をわしゃわしゃと撫でて、ティジーは己の緊張をほぐす。
きゃーと気の抜けた声も、家でのペルチ争奪戦が思い浮かんで、自然と頬が緩んでしまう。
ここから先は目的はあれど行き先不明の大博打だ。
魔王の発生源なんてあるのか、ペルチの記憶が本当に戻るのか、どちらも定かでは無い。
けれどもティジーは勇者としての責務を全うしないために、ペルチを倒さないためにその先の見えない旅路を選んだ。
後悔はきっとない。
窓の外に流れる景色に目を向けながら、少しの不安と、僅かながらの期待を胸にティジーはペルチの頬に手を添える。
これがどうにもティジーが最も落ち着くペルチの一部なのだ。
先日の一家ペルチ争奪騒動でそれを理解したティジーは、その餅のような頬を指の腹で優しく摘まむ。
「よし、がんばるぞ、オレ!」
「ふぁふぁえーふぃふぃー」
いまひとつ締まらない馬車の中にて、小さな勇者と小さな魔王は、決意を新たに王都へ向かうのだった。
これにて1章完結です。
お付き合いありがとうございました。
ストックがないのと私生活で事件発生中ですので、色々と落ち着き次第、2章を開始します。
おそらく再開は8月くらいになるやも……やもんもやんもよん。




