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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
01  暗闇の魔王
23/89

01-23  少女と彼女と幼女

 五人の合格者たちは、他愛もない世間話をしながら並んで歩いた。気を遣った訳では無いにしろ、誰一人として〈成人の儀〉の話をする者はいなかった。

 遺跡に向かうまでの道中は上り坂だったため、帰り道は下り坂で体力の消耗も少ない。

 首には〈魔王水晶〉と〈勇者証〉、片手には〈禊刀〉を携えた集団は特に何の障害に遭遇することもなく、ごくごく平穏に村へと帰還した。


「そんじゃ、私は家の手伝いあるからここで!」

「ぼくもひとまず家に帰る」

「おー、元気でなチェテーレ、スィン」

「達者で」

「……まだその段階じゃない気もするけど、ばいばい」


 民宿の娘と、何を考えているかよく分からない少年が去り、道端にはいつもの三人だけが取り残された。

 三人が揃うのは先輩勇者のもとへ訪れた時以来である。個々に話をする機会はあったものの、改めて三人きりになると誰もが閉口していた。


 沈黙している理由はティジーにもよくわかっている。

 〈成人の儀〉に合格したらば、各々が勇者として旅をするため、近いうちに離れ離れとなってしまうからだ。


「ひ、ひとまず、おめでとう二人とも。特にヴァイサー」

「それには僕も同意なんだけど。いやはや遺跡の中で何があったかさっぱり忘れちゃったから、何も語れないのが惜しいなあ」


 ぎこちなくティジーが言葉をかければ、ヴァイサーが悔しそうな声を出す。

 ティジーはペルチとの出会いが衝撃的すぎて幻の内容を忘れようにも忘れられないのだが、ふと〈対策室〉の糸目の言葉を思い出す。


 彼によれば、〈成人の儀〉の記憶は通常、遺跡を出ると消えるものらしい。

 だから帰り道に合格者たちの中で、遺跡内の話が一切出てこなかったのかと小さく納得する。

 下手にペルチのことを相談しなくて良かったと今更ながら安堵した。


「私もあんまり覚えてない」

「やー実はオレもなんだよね……ってフォラン? もしかして怪我したの?」


 一人だけ記憶があることを話せば怪しまれると判断したティジーは、フォランに続いて適当に話を合わせる。

 そうしてフォランが左手を右手で覆ったことに気づき、何の気なしにその左手に触れるティジー。


「……やっ」


 左手の包帯が明らかになったところで、ティジーの手が振り払われる。

 小さく叩かれた手の痛みが胸に響いた。


「…………ごめん」

「あ……ううん、ごめん。ちょっと、遺跡の中で何か……あったみたいで」


 目を逸らすフォランを見て、幻の中の少年少女を思い出してしまうティジー。


 薄々気づいていたが、彼女が現実主義を主張するようになったのは、あの毒ヘビの一件からだ。

 ティジーが噛まれて、目を覚ました時からフォランは以前のようにティジーについてまわることはなくなり、ティジーもまたフォランの世話を焼くようなことはなくなった。


 そのことを忘れてしまい、つい手を取るようなことをしてしまったのは、おそらく件の幻の中で怯える幼いフォランを見たからだろう。

 もう彼女は昔のようにか弱い少女ではないのだ、とティジーは己に言い聞かせるように心の中でその言葉を反芻する。


「大丈夫? さっきも〈対策室〉の人に指切られたし、フォランの両手ボロボロじゃない?」

「ん、旅の支度をする分には問題ないわよ」


 けれどもヴァイサーが先ほど〈対策室〉の女に切りつけられたフォランの右手を取っても、彼女はそれを振り払うことをしなかった。

 考えすぎと分かっていても、釈然としない気持ちがティジーの胸の内にとぐろをまく。

 両手を頭の後ろで組んだティジーは、自然を装って話を切り替える。


「で、どうすんの二人は。旅に出るとして、今日中にでも村を出ちゃいます?」

「まるで一緒に村を出たい、みたいな言い方ね」

「僕は……最初くらいは、一緒に旅してみたいなあなんて……おも、おもうんですが」


 目を泳がせながらヴァイサーは真顔のフォランを見つめた。フォランの右手は握ったままなので、なんだか別の告白をしているように見えてしまう。


 ティジーこそ、言葉にしないもののいきなり一人旅をするよりは、数日程度は二人と旅路を共にしたいと思っていた。

 が、女であるフォランを誘うのは少々勇気がいることも事実であったので、馬鹿正直に彼女を誘うヴァイサーを見て尊敬半分呆れ半分の視線を送る。


「じゃ、ヴァイサーとは一緒に行ったげる」

「なっ!?」

「えっ!?」

「……自分から誘っておいて、何驚いているのよ」


 ヴァイサーは驚いているというより、むしろ恐怖に近い表情をしていた。端正な顔が台無しである。

 てっきりティジーも一緒に付いてくると思っての提案だったのだろうが、それならば何故手を取ってまでフォランを誘ったのだろうか。


「その……ティジーは?」

「だって何も言わないじゃない」

「……まあ、うん。オレは孤独な一匹狼だし」


 ここに来て情けなく誘うことなど出来ないティジーは、顔を明後日の方向へ向けて小さく呟く。


「なんでさ! フォランもティジーと一緒に旅したいだろ?」


 言葉だけを聞けばフォランの情に訴えてかけているように聞こえるが、ヴァイサーの表情は必死そのものだった。

 ティジーは情けないからやめて欲しいと思う反面、フォランの言葉を心のどこかで期待してしまい、横目で幼なじみの様子を伺う。


「いずれ一人で旅をするんだから、そういう気持ちは関係ないでしょ」


 どこまでも現実的に、将来的に待ち構える一人旅を見据えるフォランの言葉。

 それは何一つ嘘などないけれども、彼女の気持ちなど一切介入することのない他人行儀な言葉だった。


 理解していたつもりだったけれど、やはりあの幻の少女が、怯えたようにティジーの後ろをついて回る少女が、どうにもティジーの思考を狂わせる。

 ここにいる幼なじみはもう、ティジーの手を必要とすることなんてないのだ。

 そんな当たり前の事実を、己に言い聞かさなければ理解出来ない自分にティジーは嫌気がさしてしまった。


「オレだって、いつまでも幼なじみの脛をかじっているつもりはねえよ」

「ティジー!」


 いたたまれなくなったティジーは二人に踵を返して歩き出す。

 ヴァイサーが背後でフォランを諭しているような声が聞こえるけれども、きっと変わってしまったのはティジーの方で、彼女はいつも通りなのだろう。


 幻の記憶があるだけでこうも人間関係にヒビが入るのならば、いっそ綺麗に忘れられた方が良かった。

 小さな幼なじみの怯えた顔がティジーの頭から離れない。

 これもあの幼女魔王のせいだ。

 邪念が渦巻く胸を乱暴に手で掴みながらティジーは村を後にした。


 ヴァイサーもフォランも、追ってくるようなことはなかった。

 それが嬉しくもあり、少し寂しくもあった。



######



「そーしてここに来るオレよなあ……我ながら情けねえ……」


 村を出て南西に歩いた森にある石の上に、ティジーは腰を下ろしてぼやく。

 入口にあたるこの場所はまだ幾分開放的で、低い茂みに囲われた周辺の見通しは良い。


 この森は〈成人の儀〉の幻でティジーと幼き少年少女が出会った森であり、かつてティジーがフォランと探検した時に毒ヘビに噛まれた森であり、先輩勇者のきつけの後に訪れた場所であった。

 毒ヘビの一件があってから、ヘビに遭遇する危険を理解しつつも、自身の原点に立ち戻れる場としてティジーはしばしばこの森に訪れている。

 原点とはすなわち、完全勝利出来る勝負などこの世に存在しないという、諦めにも似た自戒だ。


 戦いに限らず、正面から真っ向勝負をして傷つこうとする度に自らを諭すため、一人、石の上で思案する。


「……本音を言わずとも、言ってる気になってたからダメなんだよな」

「なにがダメなの?」

「勝手に期待して勝手に失望するとか、どんな一人相撲……おい待て、今の声誰だ」

「ペルチよー?」


 間抜けな声はティジーの背後から聞こえた。

 疑念を抱いて振り向けば、腰かけている石の後ろには、ちょこんと膝を立てて座る黒髪の幼女がいた。散々探した、例の〈暗闇の魔王〉だ。

 咄嗟にティジーは立ち上がって、首にかけてある〈魔王水晶〉に触れ、念じる。


「きゃー」

「えっ」


 〈魔王水晶〉が例の如く強い光量で当たりを照らすと、ペルチの姿が文字通り見えなくなった。

 眩い光の中、一瞬だけ、ペルチに向かって光の線が発されていることを確認したティジーは、やはり彼女は〈暗闇の魔王〉なのだと理解した。

 それを確認したティジーは即座に念じることをやめて光を収束させる。


 しかし〈水晶〉の光が収まっても、ペルチの姿は見当たらない。どうやら目が眩んだだけではないようだ。

 森の中ではあるが、近くにある茂みの密度は薄く、仮にそこに隠れたとしたら体の一部が見えるはずだ。けれども茂みは風で揺れた気配すらない。

 ティジーが遺跡から出た時のように、実にあっさりとペルチは姿を消した。


「どういうこと……って身体が動かん……」

「ちょっとお、いきなしぴかーってやめてよねティジ!」


 〈魔王水晶〉を持ったまま、身体が動かなくなったティジーは目だけ動かして、手前の地面を見た。幼女は頭だけを地面から覗かせていた。


「おま……どういう……?」

「あ、ごめん。途中だときゅーってなるんよね、ほいっと」


 ぴょんと地面からペルチが飛び上がれば、途端にティジーの身体がぐらりと揺れる。硬直していた身体が動くようになったのだ。


 そうして二本足の裸足で地面に立つペルチは両手を広げてにんまり笑う。

 着地成功、といったところだろうか。


「……あれか、魔王の能力ってやつか?」

「ん? ティジは出来ないの?」

「出来るかアホ!」


 ペルチは不思議そうに首を傾げる。

 この様子からすると、ペルチに魔王が固有に持つ特別な能力だという自覚はないようだ。

 どこまでも常識が抜けきっているなとティジーは呆れた視線を送る。


「つーことは、〈暗闇〉は地面に潜るチカラを持ってる、と」

「地面じゃないよ? 暗いとこ! あとウチ以外もずぷーってできる」

「暗いとこ……?」


 脳裏に浮かぶのは遺跡だ。

 燭台に照らされてたとはいえ、薄暗い洞窟も、つまり土ではなく岩だとしても潜ることが可能ということだろうか。


「ほら、こーゆーの。かげ?」


 そんなティジーの思考をよそに、自身の能力をひけらかすペルチ。

 ティジーが腰かけていた石の影を指差し、片足を泥の中に入れるかのように沈みこませる。

 そうして影の中から足を取り出し、元の地面に素足を置く。


「……影の中に入れるってことか。それでもって影の中に入れるのはペルチに限らない?」

「そそ。影に触ってなきゃダメだけどね。ほーらほら」


 そう言いながらペルチは石の影に左手をついて、右手で近くにあった小石を落とす。とぷん、とこれまた泥の中に入るかのように波紋を広げて小石は影の中へ吸い込まれていった。


 ティジーはどうしてペルチがこんなに丁寧に自分の手の内を明かしてくれるのか分からなかったけれども、貰える情報はありがたく貰っておくことにした。

 そして、影の中に入れるペルチと先ほどの光に驚くペルチを思い出し、幼女と目線を合わせるべく腰を落として、とある質問をする。


「あのさ。もしかして遺跡の外に出る時、眩しいのに驚いて、オレの影に入ったりしました?」

「……えへへ。入ったりしましたあ」


 辻褄があった。

 遺跡の外に出た時点でペルチは、ティジーの隣からティジーの影に移動していたのだ。

 だからこそ、〈水晶〉がこれまでになく明るく輝いたのだろう。目的の魔王はティジーの影にいたのだから。


「なんで今まで出てこなかったんだよ」

「だって……ひと、いっぱいいて……」

「オレ、〈対策室〉の人に引き渡すって言ったよな?」

「……ごめんなさい」


 膝を抱えて丸まるペルチ。

 ティジーはペルチに幼いフォランを重ねてることに気づき、己の頭を叩く。

 面倒を見ていたつもりが、期待通りにならなかったことに文句を言っているだけではないか。

 これでは先ほどフォランから離れた意味がない。


「ごめん。ちょっと気が立ってた」

「ん。ウチも約束守らなかったの、悪いもん」

「……約束、ねえ」


 ティジーが一方的に告げた、ペルチを〈対策室〉に引き渡す、というそれは、果たして約束と言って良いものなのだろうか。

 今こうして真にペルチが魔王だとわかった今、その処遇は勇者となったティジーの手に握られてると言ってもいい。

 ティジーは、散々頭を悩ませていたとある質問をペルチに投げかける。


「なあペルチ。ペルチはさ、魔王は悪いヤツって思ってる?」

「んー、ウチは魔王も悪いヤツもどういうのかよく分かんない……」

「うーん、そうだなあ」


 ペルチは魔王なのだから、己が悪いヤツであるか――悪いことをするのかという問いだけをすればよい。

 けれどもこの幼女は、善悪の判断が果たして正しく出来るのだろうかという懸念がある。

 そこでティジーは言葉を変えて再度彼女に問う。


「ペルチは、これからどうしたい?」

「ペルチはタイサクに連れてかれるんよね?」

「それはオレの話。オレが聞きたいのは、ペルチの気持ち」


 そもそも遺跡でなぜペルチがティジーのそばにいたのかが分からない。

 偶然と言ってしまえばそれまでだが、仮にそうだとしても何かを求めてティジーを起こしたのではないだろうか。


「ウチは、なんにも知らないの。だから何していいのか分かんない」

「遺跡に来る前はどこにいたんだ?」

「どこだろ、暗いとこ? 人がいるとこはダメってことだけ知ってたんよ。でもウチ、魔王だから倒されるんよね?」

「……ペルチはそれでいいのか」


 聞けば聞くほど、この魔王は空っぽだ。


 存在そのものが脅威というのが魔王なのだからこの際ペルチの意思に関係なく、〈暗闇の魔王〉という存在自体が危険なのだろう。

 だとしても、影に出たり入ったりする程度のチカラを有する幼女が、自分のことすら何も知らない子供が、教育まで受けて作られた勇者という存在に倒されるべきなのだろうか。


「だってウチ、賢くないもん……」

「なら賢くなればいいんだよ」


 縮こまる魔王の頭をティジーは優しく撫でる。


 答えは単純だった。

 魔王のことを良いとか悪いとか、そういう基準に当てはめたかったわけではなく、ティジーはただ単純に、魔王というレッテルを抜きにした「個」である彼らと向き合いたかったのだ。


 おそらくこれは勇者としては落第級の考え方だろう。

 けれども、かつて自分が良かれと思って行動した結果、幼なじみの心を傷つけた経験のあるティジーは、己の心の傷にも敏感になっていた。

 甘いと言われるだろうが、ティジーはペルチを殺めたくはない。見た目が人間のようだし、言動も全く憎たらしくないし、まあ多少イラつくことはあれど、殺意には到底届かない。


 魔王と言われても、彼女は魔王である以前にペルチという人格がある。

 そしてティジーは少なからずそれを知ってしまった。故に魔王という世間の括りではなく、ペルチというただ一つの存在として接したいと思ったのだ。


「賢くなれるかなあ」

「大丈夫だ。オレも絶賛勉強中だからな、一緒に色々学習してこう」

「……ティジは、ウチのこと倒さないの?」


 ティジーを見つめる瞳には不安も恐れもなかった。ただ、先ほどの前提が覆されたことにほのかに疑問を抱いた、そんな瞳だった。

 そもそも、死ぬかもしれないのに恐怖しないこと自体間違っているんだ、とティジーは内心舌打ちをする。

 彼女を魔王と判定した存在に。


「ま、ペルチがどうしてもって頼むなら考えなくもないけどさ。そんなことないだろ?」

「ん! 倒されなくていいなら、倒されたくないんよ」

「よしよし、その意気だ」


 にんまり笑う幼女につられて微笑むティジーは、その柔らかそうな頬に手を触れる。

 軽くつまむと餅のように柔らかく伸びるものだから、もう片方の頬も手を出してしまう。

 もちもち伸びる頬に思わず破顔してしまうティジー。


「ふぃいー? はひほへー?」

「大丈夫だ。ほっぺがこんな柔らかい魔王が脅威とか、そんなわけねえからな!」


 小さな魔王と戯れながら、ティジーは自ら歩む道を決めた。


 もともと魔王を探さず倒さず悠々自適に暮らそうとしていたのだ。そこに幼女もどきの魔王が加わったところで大きな違いはあるまい。

 それに可能性があるならば、ペルチを脅威たりえないように教育することだって出来るはず。まさに一石何鳥だ。


「……とすると、ちょっと、先達に話を聞きたいよな。よし、ペルチ。早速だけどお出かけするぞ」

「んん? わかんないけどわかった!」


 ペルチの頬から手を離して、ティジーはすっくと立ちあがる。

 相変わらず要領を得ないまま返事をするペルチに、物分りが良すぎるという不安が一瞬だけ過ぎった。

 けれども善し悪しに関しては後から教えればいい、と言い聞かせてティジーはその考えを振り払う。


 かの先輩勇者は魔王と旅をしていると言っていた。それならば魔王と共に暮らす術など、色々と参考になる話を聞けるかもしれない。

 そんなわけで、ティジーはペルチの手を繋いで元気よく腕を振りながら村に向かったのであった。


 

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