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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
01  暗闇の魔王
21/89

01-21  水晶選び

 儀式の時間が刻限を迎え、既に遺跡の外に出ていた四人はイアニィから物置小屋に入るよう告げられた。


「合格者の皆さん。まずは〈成人の儀〉、お疲れ様でした。ウレイブのしきたりに基づき、貴方たちは成人と相成りました。私たちはこれを祝福いたします」


 そして現在、既に小屋の中にいたフォランを加えた五人の合格者たちは横一列に並び、〈魔王対策室〉の監督から直々に労いの言葉を貰っている。

 目の前に立つ〈魔王対策室〉の男イアニィは笑顔のような糸目をしていたが、どことなく近寄り難い空気を醸し出していた。


 ティジーが軽く見渡せば、物置小屋とは武器にまみれた木の小屋であり、それとは別に用途不明の樽がところどころに置かれていた。

 たしかに物置の名の通りだな、と心の中で小さく納得する。


「ゾウォル先生は残りの勇者見習い方の人数確認をされるのでこの場にいませんが、一通り点呼が終わればこちらに戻ってこられます」


 小屋に入る前にすれ違った教師の顔をふと思い出すティジー。

 予め小屋の中にいたのはフォランなのだから二人で何か話していたのだろうが、一瞬だけ視界に映ったその瞳はいつになく鋭かった。

 何か真面目な話をしていたのだろうか。


「さて、前置きはこのくらいにしまして。まずは〈勇者証〉を渡しますね。個人の証明ではなく、勇者という役職の証明ですので、仮に紛失されても再発行は可能となります」


 その言葉とともに、もう一人の監督である仏頂面の女サナーリアが合格者五人に小さな金具のついた首飾りを手渡す。

 長方形の銀のプレートには、なにやら畏まった文字が記述されており、その文字に重なるように国章が押されていた。

 チェテーレは早速〈勇者証〉を首に下げ、隣に並ぶヴァイサーに笑顔でそれを見せびらかす。


「儀式の前に説明しましたように、〈勇者証〉を提示することで一部の店舗を勇者価格で利用することが出来ます。長い旅になると思いますので、是非有効的に活用なさってください」

「はあ」


 流暢なイアニィの敬語に思わず返事をしてしまい、咳払いをするティジー。

 隣に並ぶフォランが、ふ、と息を吐く音がした。

 笑われたなと横目で幼なじみを睨みつけるも、まっすぐ前を向く彼女と視線が合うことはなかった。


「では次に〈魔王水晶〉を渡したいと思います。サナーリア」

「はい」


 再び、銀髪の部下が懐から、紐を通した数珠のような水晶郡を取り出す。

 改めてティジーはそれをまじまじと見つめるが、どの水晶も同じようにしか見えず、違いがまるで分からなかった。


「〈水晶〉によって討伐対象となる魔王は変わりますので、ここはどうかお好きな〈水晶〉を選択なさってください」

「……え」

「ですが見た目はどれも同じですので、判断材料として魔王の二つ名をお教えいたしましょう」


 困惑の声を真っ先に漏らしたヴァイサーに微笑みながら、イアニィは言葉を続ける。

 なんだか性格が悪いなと、親密に関わったことの無い糸目に対して僅かな嫌悪感を抱くティジー。


「ではサナーリアから見て右……合格者の皆さんから見て左の〈水晶〉から言います」


 イアニィはそう言って七つの名を告げた。


 〈渇求かっきゅうの魔王〉。

 〈猥雑わいざつの魔王〉。

 〈深淵の魔王〉。

 〈裁断の魔王〉。

 〈炸裂の魔王〉。

 〈停留の魔王〉。

 〈暗闇の魔王〉。


「以上七体の魔王のうち、何れか一体を皆さんに討伐していただきます」

「……は?」


 ティジーは耳を疑った。

 聞き間違いでなければ、ティジーから見て一番右は〈暗闇の魔王〉の――ペルチの〈魔王水晶〉だという。


「名前以外に情報はないんですか?」


 呆然とするティジー。

 その隣に立つフォランは、幼なじみの様子など露知らぬといった様子で、間髪入れずに質問を投げかける。

 彼女に問いにサナーリアは分かりやすく顔をしかめたが、口を開くことはせず、右にいる上司の顔を伺った。


「一度以上討伐対象とされた魔王なら多少の情報はありますが、判断材料としては正直弱いかと」

「聞かされてもいないのに弱いと判断されては、こちらとしても困るのですが」


 ティジーはフォランがいたって冷静で、怒っているわけではないということはよく分かる。

 けれどもその性格を知らない〈対策室〉のサナーリアは、あからさまに大きなため息をついた。


「討伐失敗回数などの情報提供をしたいのは山々なのですが、魔王の中にはまだ一度も討伐されていない対象がいるんです。情報がないという理由で、その魔王を選ぶことを拒まれることは、本意ではありません」

「ですが、もともと有している知識なら開示するのが筋でしょう? 〈対策室〉と名乗っているのに、討伐させる魔王を選ばせているなんて、随分偉いんですね」

「あなたねえ……っ」

「サナーリア」


 上司の一声でサナーリアは開きかけた口を無理やり閉じる。見るからに悔しそうなその表情を見かねたイアニィは、固く突き出たその頬を指でつつく。むくれた頬は途端に小さくなり、サナーリアは元の仏頂面に戻った。


 ティジーは、強い語尾を使ったフォランを不安に思って軽く肘で小突く。


「ちょっと言い過ぎだろ」

「でも、この先の私たちに関わることなのよ。妥協なんて、してられないじゃない」

「気持ちは……分からなくもないけどさ」


 僅かにティジーの方を見つめて、眉を寄せるフォラン。


 たしかに二つ名だけで、この先長らく探し続ける魔王を決めろというのは博打もいいところだ。

 ティジーの脳内には一人の幼女がチラついているが、その他の魔王のことなどさっぱり分からないのだから、フォランの言い分も理解出来る。


「こちらの判断で情報を隠蔽するものではありませんね。では討伐失敗回数だけ伝えましょうか」

「その他の情報は?」

「残念ながら、この場に資料を持ち合わせていないのです。後日王城に来ていただければ必ずお伝えします」


 その言葉を聞いて、やっぱり性格悪いな、と僅かに敵意の籠った瞳でイアニィを見つめるティジー。本当に情報を与える気があるならば、その資料は予め持参して然るべきだからだ。


 これ以上追求しても得られるものがないと判断したフォランは、納得していない顔で頷いた。


「では、サナーリア?」

「……わかりましたよ。覚えてますってば。〈渇求〉が敗五」

「討伐失敗五回の略です」


 すかさずイアニィが手のひらを開いて略語の補足をする。

 それを睨みつけながら、低い声でサナーリアは続ける。


「〈猥雑〉が敗〇、〈深淵〉が敗三十、〈裁断〉が敗七、〈炸裂〉が敗一、〈停留〉が敗二、〈暗闇〉が敗〇」


 淡々と討伐失敗回数を述べていくサナーリア。

 流れるように数字を言われても、正直ティジーには何が何だかさっぱりわからない。それぞれの魔王が二つ名しか告げられていないからだろう。

 ただ、〈暗闇〉のゼロ、という数字だけは気になった。


「敗〇は、一度も討伐してない?」


 珍しく寡黙なスィンが口を開いて、サナーリアに疑問を放つ。


 たしかに失敗回数がゼロならば討伐成功のように聞こえてしまうが、そもそも討伐したことがないのであれば失敗などしないだろう。


「その通りです。今回であれば〈猥雑〉と〈暗闇〉が該当しますね。ですが討伐失敗回数が多ければ脅威、というわけでもありません。魔王のことを探せず勇者が死に絶えた場合も、失敗に加算されますので、魔王が隠れ上手な臆病者、という解釈も出来ます。魔王に寿命はありませんし」

「でも三十って……」

「あ、はいはい! 私も質問いいですか?」


 小さな声でヴァイサーが弱音を吐いた直後、チェテーレが声高に声明をあげる。

 サナーリアはどうぞ、と表情を崩すことなく許可を出す。


「魔王の名前って意味があるんですか? なんか、魔王って特別なチカラがあるらしいじゃないですか。だとしたら〈裁断〉って刃物に関するチカラを持ってたり?」

「名前は上の方が名付けたので、あたしの方からはなんとも。ですが、名は体を表すと聞くので、少なからず言葉に能力の一端が示されているのは事実かと」

「魔王の能力も教えてはくれないんですね?」

「……分からないものは伝えようがないので」


 軽やかに揚げ足を取りに行くフォランを、ティジーは再び小突いて諌める。


 魔王に特別なチカラがある、という話はティジーも聞いたことがある。授業では具体的な例が教えられなかったので強い印象はなかったが、全ての魔王にそういった能力があるのならば、たしかに少なからず脅威となり得るのかもしれない。


 とすればあのペルチにも能力があるということだが、今時点で彼女にどんなチカラがあるのかティジーにはさっぱりだった。


「それじゃ、私は〈裁断〉がいいなあ。刃物勝負出来そうだし」


 ティジーがあれこれ考えているうちに、まず最初にチェテーレが討伐する魔王を決めた。

 なんとも浅はかな選定基準ではあるが、情報が少ない現状ではそれなりに筋の通った理由だと感心する。


「ぼくは〈停留〉で。動かなそうだし」

「じゃ、じゃあオレは〈暗闇〉! 弱そうだから!」


 続けてスィンが魔王を決め、焦りを覚えたティジーは即座に例の〈暗闇〉を指名する。

 弱そう、という言葉を聞いたサナーリアからは、あからさまに冷酷な視線を送られたが、耐えるティジー。

 ひとまずこれでペルチが本当に〈暗闇〉なのかどうかを判断する材料は整った。当の本人は行方不明ではあるが。


「……私は〈渇求〉にします」

「理由は?」

「理由、いる?」


 ティジーは、フォランに選択理由を尋ねるもバッサリ切り捨てられてしまう。

 本当に理由などないのかもしれないが、先ほどまであれだけ情報情報とのたまっていた彼女が理由もナシに魔王なんて選ぶであろうか。

 真意は不明である。


 残る魔王は〈猥雑〉と〈深淵〉と〈炸裂〉。

 ティジーは〈猥雑〉という言葉の意味が分からないし、〈炸裂〉はなんだか危険そうな雰囲気があるので、この中から選ぶとしたら〈深淵〉になるかもしれないなと思案する。

 美少年は長らく下げていた顔を上げて、呟くように申告する。


「僕、は……し……〈深淵〉で……お願い、します」

「討伐失敗三十回なのに?」

「やっぱり? 三十だとアレかな? 別のにしよっかな?」

「それずるーい! 取り下げ禁止ー!」

「ええ……? じゃあ、そのまま〈深淵〉で」


 最後に魔王を決めたのはヴァイサー。

 討伐失敗三十回にも関わらず〈深淵〉を選んだのは、先ほどサナーリアが語っていた、臆病者、という発言が原因だろうかとティジーは彼の心中を察する。

 そして隣のチェテーレに振り回されるも、結局最初の発言を撤回することなく、ヴァイサーは〈深淵〉を選ぶことに決めた。


 各々の選択を紙に書き留めたイアニィはサナーリアに声をかけ、紐から〈水晶〉を抜き出した。

 見たところ〈対策室〉の二人も順番で〈水晶〉を判断しているようだった。


 そうして各々の手に〈水晶〉が配られた後、サナーリアは小刀を構える。

 真っ先に怯えたのはヴァイサーだった。


「な……なんですか、それ」

「〈水晶〉に持ち主と認識させるために血が必要なんです。ちょっとチクっとしますよ」

「いやそれチクっじゃなくて、ザクううう!」


 ヴァイサーの左手をむんずと掴み、サナーリアはその小指の根元に刃を突き立て、ヴァイサーは情けない悲鳴をあげる。

 血が一滴〈水晶〉に垂れると、吸い込まれるようにその赤色は消えていった。

 今度はそれに驚いて言葉を失う美少年。


 サナーリアそんな美少年を気に留めることはせず、気だるげに指示を出す。


「ちょっと念じてみてください。〈深淵〉どこだー、みたいな感じで」

「は、はい」


 ヴァイサーの右手に乗せられた〈水晶〉が、途端に淡く輝き出す。

 〈水晶〉の中心から右方向に細い光の線が放出されており、それに気づいたヴァイサーは線の行方を見つめるも、そこにあるのは木で出来た小屋の壁であった。


「ちゃんと機能してますね。じゃあ次行きます」


 そうして次々とサナーリアは、合格者たちの指を同様に切りつけていく。傍から見ても随分投げやりな作業だ。しかし、切りつけた後は布で手当をしているのだから、最終的に丁寧な作業をしているかのように見えてしまうのだった。


 血を吸い込ませた後に〈水晶〉が機能するかの確認も同時に行われ、最後にティジーの〈魔王水晶〉の確認の番となる。


「では〈暗闇〉を探知するように、念じてください」

「はい…………っ!?」


 途端、ティジーの〈水晶〉が鋭く光り出したため、ティジーは咄嗟に念じることをやめた。

 光の残像が視界をチラつく。

 背筋が冷え、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 やはりペルチは〈暗闇の魔王〉なのだ。

 幻ではなく、実際に存在しており、いまもまだ遺跡のどこかにいるのだ。

 それだけは確かにわかった。


「……まあ、機能しているのでよしとしましょう」

「えっ、あっ、はい?」


 近くに魔王がいることが明らかになったものの、その所在を明らかにすることなく、ティジーの傷口の手当をするサナーリア。

 ただ、ティジーはこちらに目を向けてくる二人の友人を見ることが出来なかった。


 今の〈水晶〉の光り方は、あのときの先輩勇者が見せたそれと似ていたからだ。


「〈魔王水晶〉はとても頑丈なので、よっぽどのことがなければ壊れません。その代わり無くしても変わりは出せませんし、こちらとしては一切探す気はありませんので、もし紛失した場合は身を粉にして捜索してください」


 人差し指を立てて、さらりと人情味のない補足をするイアニィの言葉にティジーは小さく舌を出す。


「では〈魔王水晶〉の話は以上になります。魔王探索、頑張ってくださいね」


 表情の死んだ顔で淡々と社交辞令を述べるサナーリア。

 それに合わせたかのように、合格者たちの背後で木の戸が開く音がする。


「ゾウォル先生、ちょうどいい所に」

「おや、もう〈水晶〉選びは終わったんです?」

「そんなところですネ」


 片手を手前に出し、合格した生徒たちの間を縫って〈対策室〉たちの近くへ歩み寄るゾウォル。

 そうしてくるりと軽快にその身を反転させる。

 サナーリアはじっとりした視線でそれを眺めていた。


「じゃあ、俺の方から最後に少しだけ助言をしましょうかね」


 先ほどティジーが見た硬い表情ではなく、いつものように張り付いたような笑顔を見せながらゾウォルはそう言い放ったのであった。

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