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命題・勇者は魔王を倒すべきか?  作者: 安堂C茸
01  暗闇の魔王
10/89

01-10  いざ遺跡へ

 日が真上に登りきっていない午前の時間。

 舗装されていない根と石だらけの坂道を歩きながらサナーリアは大きく口を開けて欠伸をする。


「だらしないからやめなさいサナちゃん」

「気色悪いんで、ちゃん付けもやめてくれます?」


 先程の勇者見習いたちへ説明を任された態度とは一転して柔らかな口調てサナーリアに話しかけるイアニィ。対するサナーリアは今なお棘を剥き出しにしている。


 イアニィは十八、サナーリアは十六だから、〈魔王対策室〉の若手組としてイアニィは多少の親近感を抱いているのかもしれない。

 けれども昔から活字をこよなく愛する彼女にとって、近寄ってくる生き物は総じて読書の邪魔という認識が強い。一定以上の距離感を保ちたいというのが本音だ。


 そして〈魔王対策室〉への勤務が決まったというのに、活字とは程遠い外勤を任されている現状にもサナーリアは不満を募らせていた。

 イアニィ曰く、若手の間は殆ど外勤らしいとのことだったが、まさか王都近くとはいえ田舎の農村へ出かける仕事があるとは予想もしていなかった。


 休日は専ら家で本を読み耽っているサナーリアには恐ろしく体力がない。

 今こうして坂道を歩いているだけでも、足に泥が纏わりついているようである。時間とともにその泥は量を増しているようで、徐々にサナーリアの額には汗が浮かんでくる。

 その上、振り上げた足の着地先が石の上だったり根の上だったりするので、文字通り一歩一歩踏ん張りながら歩かなければならない。


 サナーリアが田舎を嫌う理由には、この様に過ごすだけで体力の消費が大きいという点もあった。


「サナちゃんはウレイブ、初めてなんでしたっけ」

「うるせぇ嫌味ィ。今っ、あたしゃ頑張って、歩いてんですってばよぉ」

「わあ、敬語ボロッボロ」


 隣で涼しい顔をして歩く糸目を睨みつけるも効果は薄い。


 〈魔王対策室〉は、世界各地の魔王の情報を解析するのだから、情報収集及び解析が得意とする、所謂頭脳派が所属している。それゆえに引き締まった身体をしているイアニィのような武闘派は珍しい。


 学のない者はそもそも所属出来ない部署であるから、つまるところ彼は文武両道なのだろう。

 もっともサナーリアは筋肉が欲しいなどと思ったことはないのだが。


「てかぁ! なにっ、遺跡とか! とぉーく、ないっすかっ」

「すみません、遺跡は村の外の森の中にあるもので。なんならイアニィくんに背負って貰って構いませんけど……」


 先頭を歩く教師ゾウォルが、疲弊したサナーリアを見かねたのか爽やかな提案をする。

 元勇者というだけあって、彼も息切れ一つしていない。肩にかけられた髪も汗で濡れることなく風に吹かれている。


「というわけでおんぶが解禁されましたが?」

「だんっこ、きょひ……ぃい!?」


 満更でもなさそうに両手を広げたイアニィ。

 それを無視しようと、サナーリアは勢いよく左足を地面へ叩きつける。が、左足は地についた直後くにゃりと曲がって、サナーリアはそのまま前方へと倒れ込む――前にイアニィが彼女の首根っこを掴んで転倒を阻止する。

 まるで飼育されている獣のようだ。

 なんたる侮辱。


「おんぶ嫌なのは分かったので、せいぜい後ろの見習いさんたちから舐められないようにしてくださいネ」

「くぅ……嫌味ィめ」


 ちなみに先程から連呼している「嫌味ィ」はイアニィのあだ名である。

 呼んでいるのはサナーリアしかいない。


 襟から手を離されたので、左足の爪先を地面に叩いて具合を見れば鈍い痛みが走る。どうやら捻ったらしい。

 けれども背後からぞろぞろやって来る勇者見習いたちに背負われる様を見られるのは彼女の自尊心が許さなかった。


 眉間に皺を寄せて顔をあげれば、足の状態を察したイアニィが手を差し伸べていた。おんぶとまではいかないものの、肩を貸すという意味だろう。


「そのまま歩くと悪化しますよ?」

「あたしは好みじゃないけど、世の中には根性論って言葉があるんですよ?」


 精一杯の痩せ我慢をしながらサナーリアは仁王立ちをする。

 イアニィは溜息すると、彼女の肩を軽く叩いてその場を後にした。聞き分けがいいのがこの上司の良いところである。


「よし、頑張れサナーリア。あんたならいける!」


 一歩踏み出して、その痛みに心が挫けそうになるも、頬を叩いてのろのろとサナーリアは歩き出した。

 そして転んだ。



######



 一方その後方。

 準級の勇者見習いたちがゆるゆると、前後の感覚を大きく広げながらのんびりと向かう列の一端にティジーはいた。

 その隣にはヴァイサー、ボーヨウが並んで歩く。


「ヴァイサーってさ、ぶっちゃけどこまで行ったん?」

「ごめんティジー、もう少し主語が欲しいかな」

「腹八分目はすぎたと思うけどなあ」

「残念ながらメシの話ではないです、ボーヨウさん」

 

 両手を頭の後ろで組みながら、〈成人の儀〉の説明を聞きながら感じていた疑問をヴァイサーにぶつけるティジー。

 どちらかというと朝方なのにも関わらず食事の話をするボーヨウがいつも通りすぎて、ヴァイサーは軽く吹き出す。


「主語ったって、この状況で〈成人の儀〉以外の話ふるか? ま、ボーヨウはふりそうだけど」

「あ、今日のお弁当はこの前の鍋で使った香草を野菜と炒めてねえ」

「メシの話は昼に聞くから。な、わかったから」


 両手を出して、笑顔で話し始めたボーヨウの話を停止にかかるティジー。

 約束だぞう、と元から膨れている頬を更に膨らませてボーヨウは傾聴の姿勢に入る。


「あー、僕が〈魔王水晶〉のこと知ってたからってこと? 確かにあの話は昨年も聞いたけど、〈成人の儀〉に挑んだことはまだないよ」

「つまり去年のヴァイサーはさっきの解説を聞いてから盛大にぶっ倒れた、と」

「失礼な! 既に朦朧としていたから、解説聞いてた時は割と手遅れだったよ!」

「今生きてるのに手遅れとか言うんじゃねえよ! 縁起悪ぃ!」


 準級は基本的に〈成人の儀〉に挑戦できるようになった十四歳の勇者見習いが一年間だけ所属する珍しい級である。


 話を聞くからに昨年準級であったヴァイサーは、〈成人の儀〉の説明を聞きはしたけれども、それに挑戦することのないまま一年を過ごしたらしい。〈成人の儀〉自体は各々の判断で挑戦出来るが、あまりに挑戦しない場合は教師の介入があると聞く。そのため、ヴァイサーが一度も〈成人の儀〉に挑まなかった件ははかなり珍しいといえるだろう。


 そもそも彼が二度目の準級を経験することになった最大の理由は、自虐話にもよく出てくる「流行病」らしい。しかし療養していたという事実を以前耳に入れた程度で、ティジーはそれについての詳しい話を知らない。


「ああ、なんだっけ、それこそ魔王が発生源の病気だったんだよねえ。王都の端っこで流行ってたって聞いたなあ」

「え、知ってるのかボーヨウ」

「おれ、親と一緒に出荷の手伝いで市場に行くから、キャウルズによく行くんだよねえ。だからそこで噂を聞いたんだ」


 ウレイブの殆どの住人は何かしらの作物を栽培しており、近隣の村のみならず王都キャウルズへもその商品を売り出している。

 ティジーも水やりや収穫を手伝うことはあるものの、金回りの作業については全く関与していない。

 自分がその程度であったから他所の家も軽い手伝いだけしていると思い込んでいたが、どうやらそうでもないらしい。


「まあ流行病って名前だったけどウレイブじゃ特に何も流行ってなかったもんな。……っつーことはヴァイサーは、王都に行ってそれにかかったってことか?」

「ん、まあそんな感じかな。ちょっと面倒な病気だったみたいだから、そのまま治るまで半年くらい王都にいたんだよね」

「えっ!?」

「なんとお?」


 今明かされる衝撃の事実。

 つまりヴァイサーは昨年〈成人の儀〉の説明を聞いてから病に倒れ、そのまま半年間を王都で過ごしたということになる。


 〈成人の儀〉とは準級に所属して半年経過してから初めて挑戦出来る儀式である。

 昇級の制度がどのようなものだったかティジーはよく記憶していないものの、準級の残り半年の授業をすっぽかしていれば流石に上級に上がることは出来ないだろうと予想する。

 それも一度も〈成人の儀〉に挑んでいないのならば尚更だ。


「それで、なんだっけ。名前は忘れちゃったけどその発生源の魔王が討伐されたから薬が出来たみたいでね。病気をきっかり治してからウレイブに戻ってきたってわけ」

「はぁー、ヴァイサーお前……実は大変だったんだな?」

「なにそれ!? 僕もしかして今まで仮病だと勘違いされてたの!?」


 もちろんそんなことは無いが、半年寝込むほどの病だとも想像はしていなかった。


 身体が弱いとはいえ、筋力はティジーよりヴァイサーの方があるのだ。身体が弱いというのは病院にかかりやすいの暗喩だろうが、そもそも同じ準級として過ごすようになってからは、彼が病で長期間休む事例をティジーは見ていない。

 そういう意味ではヴァイサーは思ったより「普通」だ。


「でも、もしヴァイサーが勇者になってたらこうして一緒に授業受けることもなかったんだよねえ」

「まあ……そうだな」

「授業でご飯分けてもらうことも出来なかったんだよねえ」

「んん……まあ? そうだな?」


 少々惜しむ点がズレている気もするが、ひとまず適当に相槌をうっておくティジー。

 かくいうヴァイサーは顎に手を当ててなにやら物思いに耽っている。


「〈成人の儀〉って、実際どういうものなんだろう。僕、昨年一度も挑まなかったけど、そもそも合格出来る想像が出来なかったんだよね」

「つーかこんなとこに遺跡あるなんて知らな……かったわけではないけど、アレで何するんだかさっぱりだな」


 ティジーは足元の石を蹴ってぼやく。

 村の近隣は子供たちの遊び場として駆け回ることがあるので、怪しい物体があればある程度の目星はつく。

 そういった意味ではこの先にある謎の物体が例の「遺跡」に該当するとティジーは予想しているのだが。


「そろそろだねえ」


 坂道も終わりへ差し掛かり、先を歩いていた学友たちが溜まっているのが見受けられた。


 その学友たちの前にあるのは、緑に覆われて湿ぼったい質感をした岩の壁である。洞窟と表する方が正しいのかもしれないが、その入り口にあたると考えられる部分が木の扉で塞がれているため、現状は巨大な岩の壁にしか見えない。

 扉があるからにはその先に道や空間があるのだろうが、少なくともティジーは扉が開いたところを見たことはない。


 見渡せば生い茂る木々に日が遮られ、周囲はほんのり薄暗い。

 少しだけ標高が高いせいか肌を撫でる風も僅かに冷気を孕んでおり、坂道を歩いて火照った身体を程よく冷やしてくれる。

 

 ゾウォルは「遺跡」に行くと言っていたので、おそらくこの岩壁のような暫定・洞窟が「遺跡」なのだろう。

 自然剥き出しの岩と明らかに人の手で作られた木の扉は、不相応な組み合わせからしてなにかがある、ということだけは感じ取れた。故にこれを見つけた時にはティジーと居合わせた子供たちとで色々な想像をしたものだ。


「懐かしー。ここでかくれんぼしたよね」

「ひぃ!?」

 

 脱力していたティジーは突如背後からかけられた声を聞いて、胃がきゅうと締まる。

 振り向けばいつものようにタレ目を細くして、悪童のような笑みを浮かべるフォランがいた。


「急に話しかけられると困るんですが」

「すぐ手前歩いてたから気づいてると思ってた」

「一度も振り返ってないからその配置は初耳なんだが!」


 それほど話し込んでいただろうかと隣にいたヴァイサーやボーヨウに声をかけようとするも、いつの間にか彼らは物珍しそうに辺りを歩き回っていた。

 たしかにティジーたちがかくれんぼをした時にはヴァイサーたちはいなかったはずだから、もしかすると初めてここへ訪れたのかもしれない。

 見渡せば学友たちの数人も初めて訪れたかのように周囲を見回していた。


「今思うとよく見つけたなあって感じなんだけど、そもそも誰が見つけたんだっけ」

「たしか下級入りたての頃だろ? っつーと七……いや八年前? 記憶ねえー」


 勇者見習いとして学び舎へ入れるのは六歳からで、所属する級は下級である。

 ティジーはその頃の大して強い思入れもない遊びの記憶を呼び起こすも、事の発端となる出来事は思い出せない。


「あの頃のティジー、ちょっとおっきかった気がするかも」

「見下されながら言われても困るんだが」


 フォランも決して背が高い方ではないが、それより僅差で背が低いのがティジーである。

 ヴァイサーに至っては一般男子水準の背丈であるから、三人で並ぶと彼と二人の間に大きな段差が出来てしまう。


 とはいえ、近い目線で彼女を眺められる点ではヴァイサーより得をしているのかもしれないとぼんやり思うティジー。


「はーあーい! 準級諸君、みんな集まりましたのでこれから〈成人の儀〉を執り行いまーす!」


 じっと幼なじみを見つめていたティジーはその間抜けな教師の大声を聞いて咄嗟に我に帰る。

 かくいうフォランは先程からティジーのことなど眼中に無かったようで、扉の方を凝視していたようだった。

 名残惜しくなって足で地面を蹴ればこちらを向いたようだったので、視線を合わせないよう声の主であるゾウォルの方向へ目を向けるティジー。

 

 ここは人工物などさして見当たらない山中だが、どういうわけか学友たちよりも2つほど頭が飛び抜けた位置からゾウォルが頭を覗かせている。どうやら手頃な岩の上に片足立ちしているようだ。


「とは言っても希望制なんですけどね。昨年の準級の人は全員初回に受けてもらいましたけど、もし今回見送りたいって人がいれば、今すぐ俺のとこに来てください」

「それ、もう公開処刑じゃねえの?」


 準級の生徒全員が集まる中で、ゾウォルの元へ近寄り辞退を申し出るのはかなりの勇気が必要である。

 生徒たちは互いの顔を見つめ合いこそすれ、誰一人としてゾウォルの近くへ寄ることはなかった。


「おっ、今年の準級の人も意識が高いですね。大丈夫ですよ、手順はきちんと説明しますから安心してください」


 まるで予め用意していた文章を読み上げるかのように言葉を綴るゾウォル。

 その近くに立つ銀髪の少女は糸目の上司にひそひそと話かけた後、目を閉じて首を振る。どうやら呆れているようだ。

 

 こうして実際のところ選択権が与えられないまま、ティジーは今年の第一回目となる〈成人の儀〉に挑むことになったのだった。


 

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