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『腫れ物扱いの先輩が、私には優しい』  作者: もんじゃ
二人の恋物語から数年後
134/251

龍と墓場


 友人の命日に墓参りに来た。榊 創司という男は親友であり、俺の知る限り最高の男で、この男の下で働きたいと初めて思った男だった。そして創司の妻の瞳とも創司についていった後に知り合って『姐さん』と呼ぶ間柄になった。榊 瞳という女性も良い女だった。顔や身体だけではなく、気っ風がいい女だった。


 「……」


 榊家の墓に花を供え、手を合わせる。もう、創司が亡くなってから何年も墓参りに来ているが……創司の妻の瞳とも、創司の甥っ子にも出くわすことは無かった。わざわざ俺の来る時を避けているとは思わないが……堅気ではない俺とはそういう縁が切れたのだろうと思っている。仕方ないことだ。


 創司が亡くなって、妻の瞳が『姐さん』ではなく堅気の世界で生きていこうとしたときに……


 「一緒にならないか?」


 と口説いた。勿論、榊 瞳が良い女だったのが一番の理由だが、夫を失った瞳が……後を追うんじゃないかと不安になったのも一因だ。


 「……ごめんなさい、私は榊 創司の妻として生きていきたいの」


 と振られてしまったが……それもそういう運命だったんだろう。

 その後すぐ、付き合っていた女の一人が妊娠したことが発覚した。もし、瞳と上手く付き合えていたとしてもその女を見捨てて瞳と付き合っていくことなんて出来なかっただろうから。

 そうして身を固めることになって……金遣いの荒い妻と、生意気な娘ができた。それはそれで幸せなのかもしれないとは思う。


 さて、帰ろうかと思ったときにこちらに向かって歩いてくる人影が二つ。もしかして瞳か、甥っ子か……と近付くのを待っていたら……違った、二人よりもっと若い男女だった。


 「……似ている」


 歩いてくる男女の男の方が……創司にも、甥っ子にも似ていた。もしかして甥っ子の子どもなのか?と……つい話しかけてしまった。


 「……なぁ、この墓に用なのか?」


 と話し掛けたら、女の方が「誰ですか?」と少し訝しげに、黒縁眼鏡の男の方は「そうですよ」と何でもないように答える。


 「……もしかして」


 創司の甥の子どもなのかと聞いたら、やっぱりそうらしい。二人は姉と弟だと名乗った、母親はあの小柄な甥っ子の彼女だというのだから……そりゃ、俺も年を取るわけだ。


 「はは、創司にも、甥っ子にも良く似てるからわかったよ」と男の方に言ったら


 女の方が男を見上げて


 「……そうね、いきなり身長が伸びたものね……」と言う。弟の方は高校一年まで身長が低かったがいきなり伸びたという、成長期なんてそんなもんだろう。


 「……なぁ、この墓に眠る創司の妻の瞳って知ってるか?」


 と、今どうしているかわからない人の名前を出したら弟の方の顔が強張った。その表情を見て姉の方が意地悪そうに


 「ふふ、瞳さんはお元気ですよ。今はお姉さんの住む外国に行って、勉強して大学に通ってます。そしてこの前、たまたま帰国して……」


 帰国した瞳を出迎える甥っ子達、久しぶりに憧れの「おねえさん」に会うことになった弟の鳴海 創がドキドキしながら空港で出迎えた榊 瞳は……あの頃と遜色ない美貌で、スタイルを保っていた。寧ろ、あちらで大学に通うようになって気持ちも若返ったようにも見えた。


 「ふふ、創くん?大きくなったね?覚えてる?」と聞いてくる瞳は


 「勿論、覚えてます!」と答える創の耳元に口を寄せ


 「ふふ、もう、寝てる女の子に勝手にキスしちゃ駄目よ?」と笑いながら小声で言われ……創はまた恋に落ちてしまった。


 ……それで鳴海 創は榊 瞳に告白をして、やはり「……創くん、気持ちは嬉しいわ……けど、私は榊 創司の妻なの。この気持ちも一生変わらないから……」と振られてしまったのだ。


 「そんなことがあったのよ!」


 と面白そうに笑う姉の方に俺は何とも言えなかった……俺も似たようなものだから……


 「……まぁ、気を落とすな。女は姐さんだけじゃないから……それにしても相変わらずの美魔女っぷりなんだな……」


 まさか一回りも違う若い男を虜にするとは……と俺が言ったら姉の方が


 「……おじさんも瞳さんが好きだったの?でも創は子どもの頃に瞳さんと一緒にお風呂とか入ってるのよ」


 とか言い出したので


 「てめえ!ふざけるな!羨ましいぞ、馬鹿野郎!」


 と弟の首に腕を回して締め上げた。姉の方は「ははは」と面白そうに笑っていた。


 「……それじゃな、両親にも宜しく言っといてくれ」


 と俺は言って二人と別れようとする、この二人と話していて久しぶりに笑った気がする。本音を言えばもっと話したかったが……これ以上は……別れづらくなる、堅気の道を歩くことを決めた甥っ子達に連絡先を聞くのは俺の流儀じゃない。


 「……龍崎のおじさん、元気でね」と姉の方が言ったので振り返らず手だけ振った。


 ……それにしてもこの墓地を囲む黒塗りの車と、人相の悪い男達を気にもせず墓参りに来れるクソ度胸……あの姉弟はやっぱり榊 創司とその甥っ子の血縁だなと口許がニヤケた。

 

 


 

 

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