第98話 スフィーダの美女論。
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女は椅子に座ると、極端なまでに細く、目を見張るほどに長い脚を組んだ。
エミーというらしい。
今は無職だという。
複数の男に金を貢がせて生活しているとのこと。
なるほど。
確かに美人だ。
シャープな目をしており、鼻筋も通っている。
黒いジャケットスタイルもビシッとしていてカッコいい。
「して、エミーは何用で参ったのじゃ?」
「葉巻」
「は?」
「葉巻、吸ってもいいかしら?」
「灰皿はないのじゃ。遠慮してもらいたい」
「わかった。我慢するわ」
男にちやほやされているせいだろうか。
横柄な態度である。
「陛下に褒めてもらおうと思って、謁見の申請をしました」
「褒める? なにを褒めればよいのじゃ?」
「ほら? 私って、綺麗でしょう? 途方もなく綺麗でしょう?」
「まあ、それは認めるところではあるが……」
「じゃあ、褒めて」
「エ、エミーは美しいぞ」
「もっと」
「エミーはスゴく美しいぞ」
「もっともっと」
「エミーはそれはもう美しいぞ」
「それだけ? 似たようなことしか言えないわけ?」
「む、むむぅ……」
やはり横柄だ。
連続的に無礼を働いてくれる失礼な女だ。
なのになぜか頭には来ない。
ここに来て自分は成長したのかもしれないと、スフィーダは自らのことを前向きに評価した。
「エミーよ」
「はい?」
「やはりその、複数の男と寝るのか……?」
「なに? 私のこと、軽蔑しようとしてる?」
「ち、違うぞ? 興味で訊いてみとるだけじゃ」
「寝ないわよ」
「へっ? そうなのか?」
「そうよ。だって、セックスに応じてやる必要なんてないもの。応じてやらなくても、金は寄越してくれるもの」
セックスという単語が出てきたのでドキッとしたが、スフィーダはコホンと一つ咳払いをして、態勢を立て直す。
「金に困らないことはわかったが、ただ貢がれる生活など楽しいのか?」
「楽しいわよ。常に優越感に浸っていられるじゃない。男って本当に馬鹿よ。舐めろって言ったら、靴でも舐めるんだから」
まさに悪女だ。
「ほら、スフィーダ様、もっと褒めてよ。私よりイイ女なんていないって言ってよ」
「う、うむ。そうじゃな。エミーより美しい女など、わしは見たことが――」
そこまで言ったとき、スフィーダは続きを述べるのをためらった。
エミーが眉間にしわを寄せ「なによ、さっさと褒めなさいよ」と急かしてくる。
しかし、言うことを聞くわけにはいかない。
なぜなら……。
「のぅ、エミーよ」
「だから、なに?」
「わしはそなたより美しい女を知っておるぞ?」
「なっ!」
そんなわけないでしょ!
椅子から腰を上げ、そう声を荒らげたエミーである。
「だ、誰よ、それ! 名前を言ってみなさいよ!」
「ヴァレリアというのじゃが」
そう。
スフィーダの中での美女ランキングトップは、なにを隠そう彼女なのである。
フォトンをめぐっては恋敵に近い間柄ではあるものの、嘘をつくわけにはいかないのである。
「私以上に顔立ちが整っているっていうの!?」
「そうじゃ」
「で、でも、体なんてたかが知れてるんでしょ? ちゃんと見てよ、スフィーダ様。私のこの完璧なボディを」
「えっとじゃな」
「な、なによ。異論があるわけ?」
「そなたのような体つきを、一般的にはスタイルがよいというのか?」
「そ、そうに決まってるじゃない」
「ふーむ。そうなのか」
「なによ。言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「ならば、申そう。エミーよ、わしが言うのもなんじゃが、そなたは胸がぺったんこではないか」
「なっ!?」
大きく目を見開いたエミー。
ヨシュアがクスッと笑った。
「それに、尻の肉づきも寂しく映るぞ?」
「な、なに言ってるのよ。スマートなほうが美しいに決まってるじゃない!」
「わしはそうは思わんな。メリハリボディが理想じゃろう。そのほうが女性的と言えるからの」
「そんな女に寄ってくる男なんて、みんなヤリモクよ!」
「ん? ヤリモクとはなんのことじゃ?」
「ヤるのが目的だってこと! セックスしたいだけってこと!」
「セ、セックス言うな。もう少しソフトな表現を――」
「私の美貌に比肩する女なんて、いるはずがないわ!」
「まあ、わしも私見を述べているだけではあるが」
「ヴィノー様はどう思われますか? っていうか、どう思っているの?!」
「おっと。ここで私に話を振りますか」
今日も泰然自若のヨシュアである。
「私も陛下と同じ意見ですね」
「ななっ、なんですって!?」
「私からすると、貴女にはまるで用がありません」
「ヨ、ヨシュアよ、それは言いすぎじゃ」
「そもそもです」
「ま、まだなにかあるの!?」
「ええ。そもそも、心が清らかではない女性に、私は魅力を感じません」
「わ、私の心は汚いっていうの!?」
「残念ながら」
「き、きぃぃぃぃぃっ!」
エミーは金切り声を上げ、その場で地団太を踏んだ。
そして「スフィーダ様の馬鹿! ヨシュア様の阿保!」と暴言を吐き、肩を怒らせ去っていった。
「ちょっと、かわいそうじゃったかの?」
「いえ。天狗の鼻はへし折って差し上げないと。彼女のためにもなりません」
「それはそうと」
「なんでしょう?」
「クロエはスレンダーじゃな?」
「実は着痩せするタイプなのでございます」
「そ、そうなのか?」
「はい。おかげで楽しんでおります」
「たた、楽しむ?」
「詳しくお聞きになりますか?」
「い、いや、やめておくっ」
相変わらず、エッチな話題にはめっぽう弱いスフィーダなのである。




