第96話 ヒトが最後に望むもの。
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強烈なまでに甘ったるい香水の匂いは、玉座にまで届いた。
女の名はメイプル。
年齢は七十三。
かなりでっぷりとした体型である。
絹だろう。
滑らかな生地の赤いワンピース姿なのだが、腹の部分がはちきれそうだ。
若作りのためか化粧も濃く、金色の髪だって染め抜いたのに違いない。
指という指にリングをはめており、ネックレスだっていくつもつけている。
まったく、趣味が悪いというか品がないというか。
スフィーダが訊くより早く、メイプルはこう言った。
「スフィーダ様の血をいただきとうございます」
理由を訊ねた。
「悠久のときを生きる魔女。その血を飲めば、永遠の生が得られるとの噂がございますよね?」
たまに現れるのだ、こういう輩が。
スフィーダ自身、試したことはない。
実現したという例についても、聞いたことがない。
その旨をメイプルに伝えた。
すると「可能性が、まったくないわけではございませんよね?」と返してきた。
彼女は目をキラキラと輝かせている。
「お金ならいくらでもお支払いいたします」
本当に、下品なことを言う。
「わたくしはビジネスにおいて、数々の実績を残してまいりました。莫大な資産を抱えております。それを誰にも渡したくないのです。いつまでもいつまでも持っていたいのです。私は永遠の成功者でありたいのです」
まったく、強欲なことだ。
しかし、気持ちはわからなくもない。
とはいえ、スフィーダにその気はない。
「メイプルよ」
「はい」
「ものであれヒトであれ、永遠に続く存在などないと思うぞ?」
「わかっております。だからこそ、私はスフィーダ様の血を求めるのでございます」
「血を分け与えるつもりはない。そなただけを特別扱いするわけにはいかん」
「お金ならいくらでもと申し上げました」
「わしに賄賂が通じるわけがなかろう?」
「そうおっしゃらず。わたくしはスフィーダ様と蜜月になりとうございます」
「言ってもわからぬか……」
スフィーダは吐息をついた。
「本当は若い姿のままキープできればよかったのですが、それは今となっては仕方のないこと。その点について、わがままを言うつもりはございません」
「言われたところで、わしにはどうしようもないがの」
「そちらのヴィノー様。貴方様のお綺麗さも、やがては朽ちてしまうのでございますよ? なれば、現状でときを固定してしまいたいとは思われませんか?」
「思いません」
「なぜですか?」
「簡単です。私はヒトが愚直に老いていくさまを、美しいと考えているからです」
「冗談でございますよね?」
「冗談を言う動機がありません」
「しかし、ヒトが最後に望むのは、やはり永久の命でございます。私の友人は、そういったニンゲンばかりです」
「その価値観を、陛下や私に押しつけないでください」
「そ、そんな」
メイプルは眉尻を下げ、情けない表情を浮かべる。
「一回だけ、試すくらいはゆるしていただけませんか?」
「陛下も述べられました。貴女だけをひいきするわけにはいきません」
「お、お金ならいくらでも――」
「その手は通じないと言っています。もうお引き取りください、メイプルさん」
◆◆◆
次の謁見者が訪れるまでの、わずかな時間のこと。
「陛下はこれまでにも、あのようなニンゲンとお会いになったことが?」
「まあの。幾度かあったぞ」
「お優しい陛下のこと。なればとお考えになったこともあったのではありませんか?」
「考えることはあったが、やはりよしとはできんかった。魔女には魔女の、ヒトにはヒトの一生があると、わしは区別しておるからの」
「実際のところはどうなのでしょうね。なんらかの思惑があって、分け与えた魔女もいたのではないでしょうか」
「おったらおったでどうする?」
「どういう理由があったとしても、軽蔑する自分しか想像できません」
「厳しいのぅ」
「陛下も同じご意見なのでは?」
スフィーダは小さく肩をすくめた。
ヨシュアの言う通りだった。




