第94話 結果オーライ。
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後日、ハルとナナリーが訪ねてきた。
椅子には座らず、並んで立っている二人は、のっけから顔が真っ赤である。
ハルが「あの……」と照れくさそうに口を切り、「一応、報告に来ました……」と続けた。
するとナナリーが「私は嫌だって言ったんですから!」と声を大にした。
「で、ですが、お嬢様、スフィーダ様にもヴィノー様にも、相談にのっていただいたんですから」
「だったらなんだって言うのよ! っていうか、お嬢様って呼び方、やめてって言ってるでしょ!」
「ナ、ナナリー様……」
「様は要らないわよ!」
「ナ、ナナリー」
「呼び捨てにするんじゃないわよ!」
「え、えーっ……」
ハルが困るのはもっともだ。
まったくナナリーという女子は、極端なまでに扱いづらいらしい。
「ハルの馬鹿っ! ちゃんとあいだをとりなさいよ、あいだを! ナナリーさん、でしょ! ところでヴィノー様!」
「なんでしょう?」
「奥様と別れるようなことがあれば、すぐに教えてください! ナナリーがすぐさま妻となりますから! よき妻となりますから!」
「前向きですね」
「一度きりの人生なのですから、後ろを向くのはよくありませんわ!」
非常に面白いセリフ、言い回しである。
そしてそれは、真理でもある。
だが、大声でのたまうことでないとも思うのだ。
「ナナリーよ」
「なんですか、スフィーダ様!」
「まずは声が大きいのをなんとかしてくれんか?」
「まあ! まあ! スフィーダ様は私がうるさいとおっしゃるの!」
「違いますよ、ナナリーさん」
「ヴィノー様はナナリーと呼んでください!」
「そうでしたね。では、ナナリー」
「はい!」
「貴女は静かなほうが素敵ですよ?」
「そ、そうなんですか?」
「ええ」
「ヴィノー様がそうおっしゃるなら……」
途端に俯き、もじもじし始めたナナリーである。
スフィーダは思った。
確かに、静かにしていればかわいい、と。
いや、つんけんしているバージョンも、愛らしくはあるのだが。
ハルが改めて「あの、報告です」と言い、ヨシュアが「ええ」と返した。
「まずはお付き合いからということで、ナナリーさんのご両親に認めてもらうことができました」
「それはよかったですね。なによりです」
「はい。えへへ」
「えへへ? 男がデレないでよ、気持ち悪い。馬鹿、死んじゃえ」
「え、えーっ……」
「ヴィノー様、椅子に座ってもいいですか?」
「いいですよ」
「あっ、じゃあ、僕も」
「庭師風情がなに言ってるのよ。ハルは立ってなさい」
「えーっ……」
ダメだ。
予想できたことであるとはいえ、すでにひどく尻に敷かれている。
スフィーダは心の中で「耐えろ」とハルを励ました。
「ところで、お二人はもう、手はつながれたんですか?」
ヨシュアがそう訊くと、ハルは「えっ!」と声を上げ、ナナリーに至っては、「そそそ、そんなわけないじゃありませんか!」と、どもりまくった。
「手をつなぐくらい、よいのでは?」
「なにをおっしゃるんですか、ヴィノー様! 手をつなぐなんて、口づけよりもあとの話に決まっているではありませんか!」
「だったらいっそ、この場で口づけを済ませてしまってはどうじゃ?」
「ススス、スフィーダ様! なにをおっしゃるんですか!」
「やってしまえば、手をつないで帰れるじゃろう?」
「だ、だからって……」
「おっ。少々、乗り気になってきたか?」
「わ、わかりました! いいです、いいですわ! スフィーダ様がそこまで、そこまでおっしゃるなら、ナナリーはここでハルと口づけをしてご覧に入れますわ!」
「えっ、で、でも、お、お嬢様っ」
戸惑うハルをよそに、ナナリーは椅子から腰を上げた。
「ほ、ほら、するわよ、ハル」
「い、いいんですか?」
「いいって言ってるじゃない」
「そ、それじゃあ、その……」
「さっさと終わらせてよね」
目を閉じ、顎を小さく持ち上げたナナリー。
ハルに肩を掴まれると、彼女はビクッと体を跳ねさせた。
口づけ。
それはいいものだ。
年齢なんて関係ない。
見るほうもドキドキしてしまうのである。
実際スフィーダも思わず玉座から身を乗り出してしまう。
そして、二人の距離は近づき、ハルがナナリーの唇に唇で触れようとした、そのとき……。
「いやっ!」
高い叫び声を上げて、ナナリーがハルの左の頬に右のビンタをかました。
見るからに強烈な一撃だった。
「至近距離になってわかったわ! 体から草の匂いがするわ! 土の匂いもまじってる!」
「きょ、今日はまだ、庭の手入れをしてはいないのですが」
「もう染みついててるのよ! あー、もう最悪!」
「じゃ、じゃあ、やっぱりお付き合いは……」
「そ、そうは言ってないじゃない!」
「えっ?」
「口づけはお預け! で、でも、手くらいは、つないであげてもいいわ!」
「そ、それって順番が逆なんじゃ……」
「いいのよ。もう! さあ、さっさと帰るわよ!」
ナナリーがハルの左手を右手で握った。
グイグイ引っ張って、向こうへと歩いてゆく。
「赤ん坊が生まれたら、見せに来るのじゃぞーっ!」
スフィーダがそう声を発すると、二人は振り返った。
ハルの顔は真っ赤。
一方、ナナリーは、きょとんとしたのち、笑ってみせた。
それはとても晴れやかな笑みで、見ているほうまで笑顔にした。




