第93話 桃色ドレスのご令嬢。
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「ナナリー・プレシアでございます」
小柄な女は、ふわふわとした桃色のドレスの左右の裾をつまんで、お行儀よく頭を垂れた。
顔を上げると、ニッコリと笑みを浮かべる。
金髪の縦ロールというヤツだ、ツインである。
十八歳という年齢より幼く見える。
美女と言うより、美少女だ。
「ナナリーでよいか?」
「好きなようにお呼びくださいませ」
「あいわかった。まずは座ってほしいのじゃ」
「失礼いたします」
ゆったりと椅子に腰掛けたナナリー。
すると、これまでのしとやかな振る舞いから一転、彼女は目をキラキラさせて、ヨシュアにくぎづけになったのだった。
「嬉しいです! とても嬉しいです! ヴィノー様が私のことをご存じだなんて! 私にお会いになりたいだなんて!」
どう対応するのだろうと思って顔を向けると、ヨシュアは世の女子をとりこにしてやまない、凶悪なまでに魅惑的な微笑を浮かべた。
「ああ、素敵。素敵すぎます。ヴィノー様!」
「ナナリーさん」
「ナナリーとお呼びください!」
「ナナリー」
「ああ、ダメ、もうダメ。全身が蕩けてしまいそう。でも、ダメよ、ナナリー。ヴィノー様には奥様がいらっしゃるのだから!」
「諦めていただけますか?」
「はい。涙を飲みます。ところでヴィノー様」
「なんでしょう?」
「ヴィノー様のお知り合いで、独身の男性はいらっしゃいませんか?」
「というと?」
「ヴィノー様の家は世に名高い公爵家。ご親戚も名立たる方ばかり。ナナリーはどちらかに嫁ぎとうございます」
「あいにく、そういった話は承っていないのですが」
「ナナリーのために、一肌脱いでくださいませんか?」
両手をそれぞれ左右の頬に当て、上目遣いといった具合に、ナナリーは媚び媚びのポーズを見せた。
「ナナリー」
「はい!」
「実は、貴家の庭に出入りしている青年が、貴女のことを愛しているそうです」
スフィーダは驚き、どひゃっと両手を上げた。
思いもよらぬ発言とはこのこと。
いくらなんでも、いきなりすぎる。
しかも、ストレートすぎる。
「そうなんですか?」
「ええ。先日、その庭師がここを訪れましてね。貴女への想いを打ち明けて帰りました」
「それを伝えたくて、私を呼んだんですか?」
「そういうことです」
ナナリーは拍子抜けしたような調子で「なーんだ」と言い、つまらなそうに口をとがらせた。
「ヴィノー様、率直に言います。私、一般人と一緒になるつもりなんてありませんから。先に申し上げました通り、さらに上流の家に入るのが、私の目標です」
スフィーダは小さく右手を上げた。
言いたいことが生じたためだ。
「ニンゲン、家柄で価値が決まるものではないと、わしなんかは思うのじゃが……」
「そんなことありません。家柄は重要です。っていうか、それがすべてです」
「じゃったら、それなりの地位にある者であれば、どんな男でもよいというのか?」
「それはその、よくはないですけれど……」
「じゃろう?」
予想通りの答えが得られたので、むしろスフィーダは眉根を寄せた。
スゴくひねくれている女子であるように映るのだが、どこかでなにかをこじらせてしまっているらしい。
そのへんの振る舞いすらかわいらしく映るのは、二千年ものあいだ、ヒトを見てきたからだろうか。
否、そんな大げさな話でもない。
愛らしいものは愛らしいのである
「スフィーダ様は私に庭師と結婚しろとおっしゃるの?」
「それもよかろう?」
「私に家事をやれとおっしゃるの?」
「やればよかろう?」
「嫌です!」
「なぜじゃ?」
「フォークとナイフより重いものを持ったことなんてないし、持ちたくもないんです」
「一生、そういうわけにもいかんじゃろう?」
「いいえ。私はいいんです」
「い、言い切るのはスゴいことじゃが……」
素直にスフィーダはそう思った。
そう思うとともに、やはり愛おしいと感じた。
これほどまでに自分の気持ちを吐き出すことができるニンゲンは、そうはいない。
「私は公爵か侯爵か伯爵の家に入るんです。入って可愛い子供を生んで、幸せになるんです」
「赤ん坊は生みたいのか?」
「いけませんか?」
「赤ん坊はフォークやナイフより重いぞ?」
「それは、そうかもしれませんけれど……」
「両親になにか言われておるのか? 上の階級の家に嫁ぐようにと聞かされて育ったのか?」
「そういうわけでも、ありませんけれど……」
「ナナリーが好きな男ならいい。それが親の思いなのじゃな?」
「まあ、そういうことになりますけれど……」
ヨシュアが話を引き取り、「正直なところ、庭師の青年のことは、どう思っているんですか?」と訊ねた。
すると、ナナリーはぷいっとそっぽを向いた。
「ハルはどうでもいいヒトです」
「おや? 名前で呼び捨てですか?」
ナナリー、一気に赤面した。
必死な顔をして「なななっ、名前くらいは知ってるってだけです! ホント、しゃべったことなんて、ほとんどないんだから!」と弁解した。
スフィーダはヨシュアと顔を見合わせ、それから視線をナナリーに戻した。
「のぅ、ナナリーよ」
「な、なんですか?」
「そなたからはツンデレの匂いがするぞ?」
「そっ、そんなことありませんから! ハルのことなんて本当に大嫌いですから!」
「想いを否定することはありませんよ。否定していいモノでもありません」
「ヴィノー様までなにをおっしゃるんですか! 不愉快です! 私、もう帰ります!」
ナナリーはさっと立つと、お辞儀もせずに身を翻した。
本人は静々と歩いているつもりなのかもしれないが、肩を怒らせているのは、ばればれだった。




