第90話 怒りの旅路。
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飛空艇内。
スフィーダの船室。
スフィーダの他に二名いる。
一人は椅子の上で脚を組み、読書にふけっているヨシュアである。
もう一人は椅子の背もたれを前にして座り、退屈そうに顔を左右に揺らしているケイオスである。
ケイオスと会うのは久しぶりだ。
相変わらず、髪の色も瞳の色も真っ赤である。
二十歳の若者だが、もっと幼く映るのも相変わらず。
なぜ、ケイオスが同行しているのか。
その点、不思議なので、スフィーダは率直に「どうしてそなたが呼ばれたのじゃ?」と訊ねた。
「ヨシュア様の一存だよぉ」
「ヴィノーですよ。ケイオス・タール」
「えーっ、フレンドリーに行こうよぅ」
「そなたは治安部隊に就職したのではなかったのか?」
「そうなんだけど、首都の治安部隊って、軍の首都防衛隊と業務がかぶってる部分が、結構あるんだぁ。だからあんまり意味ないなぁと思ってさ。それをヴィノー様に伝えたら、じゃあ、なんでも屋としてこき使ってやるって言われたんだ」
「こき使われる場面など、あるのか?」
「ないよぉ。だから、ぶっちゃけ暇しちゃってるんだぁ。だけど、平和なのが一番だよねぇ」
あるいは剣呑に見えかねないのがケイオスなので、平和という言葉を聞かされ、スフィーダは安心した。
戦闘や戦争を望むニンゲンなどいないと信じたいのである。
「カレンとは、その後、どうなのじゃ?」
「1LDKしかない俺の部屋に、転がり込んできちゃった」
「そそっ、そうなのか?」
「ベッド、一つしかないからさ、一緒に寝てるんだぁ」
「そそそっ、そうなのかっ!?」
「どうしてそんなに驚くの?」
「だって、いや、あのカレンが、そんなふうに、のぅ……」
「恋は盲目ってヤツなんじゃない?」
それを自分で言ってしまうのか。
ケイオスはとことん大物であるらしい。
「どうか、かわいがってやってほしいのじゃ」
「嫌いじゃないからね。まあ、うまくやれるよ。おっぱい結構おっきぃし」
「お、おっぱい?」
「俺、おっぱい好きなんだぁ」
「子供っぽいところがあるのじゃな」
ケイオスがピッと右手の人差し指を立てた。
「一つ、質問していい?」
「うむ。よいぞ」
「スフィーダ様って、あのフォトン・メルドーのことが好きなの?」
「む。その旨、どこで知った?」
「こないだ、ヨシュア様と飲んでさ、そのときに」
「ヨシュアよ、なぜ話した?」
「口は堅そうでございますから」
「理由になっとらんぞ」
「いいじゃん、別に。にしてもさ」
「なんじゃ?」
「いや、メルドーさんも陛下のことが好きなんでしょ? それって凄まじいというか、究極的なロリコンだなって思ってさ。陛下が二千年以上生きてるって設定じゃなかったら、完全に逮捕案件じゃん」
「ケ、ケイオスよ、それを言ってしまってはおしまいじゃ。というか、設定ではないぞ? わしは本当に二千年以上生きておるのじゃぞ? それにじゃ、フォトンとはその……」
「エッチなことはしてないの?」
「ま、まあ、そういうことなのじゃ」
「メルドーさんは、スフィーダ様のどこがいいんだろう」
「どこじゃと思う?」
「ちょっと考えてみたんだよ。たとえば、メルドーさんが恋をした相手って、そもそも今のスフィーダ様じゃないのかもしれないな、とか」
「ほぉ。興味深い見解じゃのぅ」
「当たってる?」
「内緒じゃ」
「意地悪っ」
「わっはっは」
安堵したように「よかったぁ」と言い、目を細めてみせたケイオス。
「ん? なにがよかったのじゃ?」
「んとね? メルドーさんが投獄されちゃったわけだから、スフィーダ様、メチャクチャ凹んでるんじゃないかなって心配してたんだぁ」
スフィーダは苦笑した。
「凹んでおるぞ。実は、メチャクチャ……」
「悪いのはハイペリオンじゃん。やられたらやり返す。当たり前じゃん。っていうか、むしろこっちが呼びつけてやる立場なんじゃないの? どうしてこっちから出向かなきゃなの?」
「仕方ないじゃろうが。来なければ会わぬと頑ななのじゃからの」
「スフィーダ様が出席する理由は?」
「まるっきり、わしのわがままじゃ」
「気持ちはわかるよ。一言、物申してやりたいよね。メインスピーカーはセラー首相?」
「無論、そうじゃろうの」
「でも、相手は軍事政権の親分なんだよね?」
「なにか問題があるか?」
「セラー首相は賢いヒトだと思うけど、ちゃんとキレられるヒト?」
「キレたらいかんじゃろう」
「ナメられるようだったら、キレなきゃ。たとえ国同士のことであっても」
「そうかのぅ」
「そうだよぅ。あ、その場でなにか揉めるようなら、俺、しっかりスフィーダ様を守るからね。そのために呼ばれたんだもん。任せてよ。指一本、触れさせないから」
「ありがとうなのじゃ」
「どういたしましてなのだ。あ、今さらだけど」
「ん?」
「黒いドレス、スッゴく似合ってるよ」
「再び、ありがとうなのじゃ」
「再び、どういたしましてなのだ」
スフィーダは「ふふ」と笑い、それから静かに目を閉じた。
胸の内にふつふつと湧き上がってくる、激しい憤怒の念。
いよいよ、それに身をゆだねることに決める。
「すべては陛下の御心のままに」
ヨシュアのその言葉を聞いて、やってやるぞという気持ちになった。




