第89話 フォトン投獄。
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移送法陣を使って、ヨシュアは現地に飛んだ。
部下でもあり、親友でもあるフォトンを止めようとした。
だが、ヨシュアが到着したときには、もう遅かった。
フォトンが単独でハイペリオンに入ったあとだった。
数時間後に戻ってきた際のフォトンの顔は赤く染まり、黒い軍服はぬめりとてかっていたらしい。
……相手の返り血によって。
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軍規違反により、フォトンは即刻、軍法会議にかけられた。
口が利けない彼の言葉を代弁するのは、体に触れるだけでヒトの内なる声を読み取ることができるヴァレリアだ。
彼女はまだ傷が癒えていない中、その役目を果たした。
フォトンは言い訳も弁解もせず、それどころか、いっさい、ものを言わなかった。
筆談にも応じることなく、結果、牢屋に入れられた。
無期限の拘束である。
リヒャルトとシオンには会えなかったのだろう。
彼らは引き揚げてしまっていたのかもしれない。
だから明確すぎる殺意は、ハイペリオンの兵にぶつけるしかなかった。
言わば、盛大な八つ当たりだ。
いや、フォトンからすれば、リヒャルトの部隊を受け容れた時点で、ハイペリオンも十二分に敵視する対象となったのかもしれない。
徹底的にやるところが、彼らしいと言えば彼らしい。
一度火がつくと、融通が利かず、加減ができないのだ。
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のちの日。
城内の会議室。
三人で四角いテーブルについている。
スフィーダの左隣にはヨシュアがいて、正面にはリンドブルムの姿がある。
「痛いな、だいぶん」
そう言い、リンドブルムは露骨に顔をしかめた。
「メルドーがいないと、自然とどこかが手薄になっちまう」
「やむを得ません。悪いのはフォトンです」
「ヨシュア、それ、本気で言ってねーよな?」
「ええ。立場上の見解ですよ」
「ハイペリオンは? もうなにか言ってきているのか?」
「報道の通りです。謝罪と賠償、それにフォトンの身柄の引き渡しを求めています」
「ウチの政治屋どもは?」
「それも報道の通りです。野党の一部は、応じるべきだと」
忌々しげに顔をしかめたリンドブルムである。
「連中は売国奴の集まりだな。そもそも、ハイペリオンに与したクロニクルがちょっかいを出してきたのが、事の発端じゃねーか」
「与党の案、意見に反対するのが、野党の役割ですよ」
「そんなわけがあってたまるか。馬鹿なんだよ、奴さんらは。ヒトの足を引っ張ることしか頭にないんだからな。対応するにあたって考慮すべき要素は机上に出揃ってるのに、それらには自覚的に目をつむってやがる。その上で、今回の一件を一兵士による虐殺行為だと断じているんだから始末に負えん」
リンドブルムは舌打ちをしてから、鼻息を漏らした。
「今日はひどく荒れますね」
「メルドーは男を見せただけだ。違うか?」
「ですから、我々から見ればそう受け取ることができますが、客観的視点から観察すると、それで済む話ではないということです」
「そうかね。俺なんかは、改めて奴を見直したがね」
ふぅと吐息をつき、ヨシュアは小さく肩をすくめてみせた。
「なんにせよ、今はどうすることもできません」
「ったく、納得いかねーなぁ。ねぇ、陛下、貴女の権限でなんとかなりませんかね? メルドーの奴を冷たい牢獄の中から出してやれませんかね?」
「リンドブルムよ、わしはあくまでも国の象徴じゃ。出すぎた真似はできん」
「冷静に正論をお述べになる。だからこそ、ムカついてしょうがない」
「中将」
「冗談だよ、ヨシュア。今夜はやけ酒だ。付き合えよ」
「わかりました」
リンドブルムは顔をゆがめて「くそったれ」と吐いた。
そして、右手でテーブルをドンッと叩くと立ち上がり、戸を乱暴に閉めて出ていった。
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ヨシュアの計らいで、特別にフォトンに会わせてもらうことができた。
明かり取りしかない暗い牢屋の内で、彼はただ俯き、片膝を立てて座していた。
格子の前に腰を下ろし、両膝を抱えて座ったスフィーダ。
彼女は苦笑まじりに「フォトンよ、少し妬けたぞ?」と口にした。
そう。
やっぱり嫉妬してしまう。
フォトンはヴァレリアのために、なりふりかまわず剣を振るったのだから。
「向こうだって軍人じゃ。その覚悟があってしかるべきじゃ。しかし、怒りに満ちたおまえの姿は鬼神のように見え、それはもう怯えたことではないかのぅ」
そんなのフォトンからすれば、どうだっていいことだろう。
ヴァレリアを傷つけられたことが、ゆるせない。
もっと言えば、彼女を守れなかった自分がゆるせない。
彼の中にあったのは、そんな思いに違いない。
……おかしな話だ。
ヴァレリアはフォトンに守ってもらいたいなんて思っていない。
彼とともに戦いたい、彼のもとで戦いたいと考えているだけだ。
「聞き及んでおるか? ハイペリオンは、おまえに死をもって償えと言っているようじゃぞ?」
フォトンが顔を上げた。
狼のように鋭い眼光。
彼は右手を使い、自らの首をちょん切るようなジェスチャーをしてみせた。
「馬鹿を言え。おまえがそれをよしとしたところで、どう転んでもそんなことにはならぬわ」
スフィーダは無理やり笑顔を作った。
無理をしたものだから、すぐに崩れてしまった。
目尻から、涙が伝う。
スフィーダは膝立ちになって、格子を両手で掴んだ。
「女王として、これは言ってはならんことじゃ。それでも言いたい、何度でも伝えておきたい。フォトンよ、おまえが消えてしまったら、わしは生きてはゆけぬ……」
格子のあいだから右手を伸ばす。
「愛おしい、愛おしいのじゃ、フォトン。どうしても、おまえのことが……」
フォトンが立ち上がり、ゆっくりと歩んできた。
すぐそこまで来ると片膝をついた。
スフィーダの手を取り、甲にそっと口づけをした。
それから「あ・い・し・て・い・ま・す」と口を動かしてみせた。




