第86話 ブランド品。
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マチルダは「スフィーダ様には私の気持ちなんてわかりません!」などと、いきなりキレたのである。
いや、もともと、いらだちをぶつけてくるような文句を並べ立ててはいたのだが。
「わ、わしは正論を述べているつもりじゃぞ? ブランドものが好きなのはわかったが、なにも生活に困るほど買いあさることはないじゃろう?」
「いつも同じものを身につけていると、ママ友に馬鹿にされるんです」
「そんなところで見栄を張ってどうするのじゃ。夫にとっても子にとっても、迷惑極まりない話ではないか」
「旦那はそうかもしれません」
「子は違うというのか?」
「かわいいママのほうが嬉しいに決まっているじゃありませんか」
「そんなことはないと思うのじゃが……。ちなみに、ブランドもののどこに魅力があるのじゃ? しょせん服は服、かばんはかばんじゃろう?」
「かばんとか言っちゃいます? バッグですよ、バッグ」
「呼び方などどうでもよい」
「スフィーダ様のドレスだって、実はブランドものだったりするんじゃありませんか?」
「ち、違うと思うぞ」
「思う? どういうことですか?」
スフィーダ、かたわらに立っているヨシュアを見上げた。
大きく腰を屈め、耳を寄せてきた彼に、彼女は「どうなのじゃ?」と、こっそり訊ねた。
答えを耳打ちされた。
いわく「ブランドものでございます。しかも特級の」ということだった。
なんと、そうなのか……。
途端に気まずさを覚えたスフィーダである。
「ねぇ、スフィーダ様、どうなんですか?」
「い、一応、ブランドものだそうじゃ」
「一応? 一応? そんなわけありませんよね? 女王陛下が着るものなんだから、それはもうそれはもう、いいブランドのヤツなんですよね?」
「い、いや、じゃから、それはその――」
「ダメです、もう。なにをおっしゃっても説得力皆無です」
「う、うぅぅ……。し、しかしじゃな、わしは数着しか持っておらんぞ?」
「数なんて問題じゃありません。あー、言いふらしちゃおうっと。スフィーダ様のドレスはメチャクチャいいブランドものなんだって。そしたら、人気もがた落ちになるでしょうねー。少なくとも、女はみーんな嫌いになりますよー」
「う、ううぅぅぅ……」
ここでヨシュアが口を開いた。
彼は「マチルダさん、ちょっとよろしいですか?」と話し掛けた。
「はい! なんですか、ヴィノー様?」
マチルダは両手の指を組んで、目をキラキラさせる。
スフィーダとしゃべるときとはまるで違う態度である。
「一つだけ、お聞かせください」
「はい! なんでも訊いてください!」
「確かに、買おうと思えば、陛下はたくさんのものを買うことができます」
「ですよね? ですよね?」
「ええ。しかし、だからといって、たとえば貴女は、女王になりたいと考えますか?」
「それは、えっと、なりたくない、かなあ……」
「賢明な方のようでよかったです。ここで安易になりたいとお答えになるようであれば、少々、軽蔑してしまうところでしたから」
ヨシュアは、にこやかな笑みを浮かべた。
「そうです。陛下の立場は重責をともないます。自由だって制限されます。個人的に誰かと親しくすることも、原則、NGです。まず耐えられませんよ。フツウのニンゲンなら」
「じゃあ、逆に質問ですけど、スフィーダ様はどうして女王陛下をやっていられるんですか?」
「それはまあ、慣れてしまったからというのは否定できんのぅ」
「最初はキツかったですか?」
スフィーダは苦笑を浮かべた。
「そうじゃな。今、ヨシュアが言った通り、自由がなくなってしまうことが、一番、残念じゃったな」
「でも、そうなることは、なる前からわかっていたんですよね?」
「もちろんじゃ」
「じゃあ、どうしてなったんですか?」
「ヒトのために生きたいと考えたから、引き受けたのじゃ」
「当時の政治家みたいなヒトに、ずっと見守ってくれって頼まれたってことですか?」
まあ、そういうことになる。
つぶやくようにそう言ったスフィーダの顔には、少々の苦笑が浮かんだ。
「飾り気なく言ってしまえば、人望に期待されたということじゃな。自分自身、不思議でならん。なぜ、わしのような人外が信頼されるのか」
「それはきっと、かわいいからだと思います。かわいいは大正義ですから」
「大正義の意味はよくわからんが……。わっはっは。そうか。かわいいか。そう言われると悪い気はせんのぅ」
「だから、私もブランドものを買い込むんです。かわいくありたいから買うんです」
「そ、そうやって話を蒸し返すのか」
はあと深い吐息をついてみせた、マチルダである。
「実は、もうだいぶん借金もしちゃってるんですよぉ」
「ダメダメ路線まっしぐらではないか」
「あー、どうしよう。このままじゃあ、ホント、生活が立ち行かなくなっちゃいますよぉ」
「じゃからな、マチルダよ、何度だって言うが、ブランドものに固執するのはよしたほうがよい」
「もうそうするしかないですよねぇ」
「うむうむ、そうじゃぞ? 平凡が一番じゃ」
「平凡が一番かあ。今のスフィーダ様に言われると、グサッと来ちゃいます」
「子供はかわいいか?」
「なんですか、急に」
「親は子のために生きたほうがよい。それって尊いことじゃぞ?」
「そうかもしれませんねぇ。スフィーダ様にとっては、国とか国民とかが自分の子供みたいな感じですか?」
「うむ。その通りじゃ」
「どれだけ年をとっても加齢臭がしないとか、いいですよねぇ」
「い、いきなりなんの話をしておるのじゃ」
「ママ友に提案してみます。もう見栄の張り合いはよそうよ、って」
「おぉ。やっとわかってくれたか」
「はい。ここに来るときにお花屋さんの前を通ったんですけれど、そこで従業員を募集してました。面接、受けてみよっと」
マチルダは椅子から腰を上げると、前で手を合わせ、きちっとお辞儀をして、上体を起こした。
「でも、スフィーダ様のドレスがブランド品だっていうのは言いふらしますから」
「な、なぜ、そうなるのじゃ……」




