表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/575

第80話 雨の日。

       ◆◆◆


 玉座の間を支える太くて白い柱のそばに立ち、スフィーダは曇天を眺めていた。


 今日は土曜日。

 謁見者はいない。

 なので泳いでやろうと思ったのだが、あいにく、雨が降っている


 プールを覆う屋根をこしらえればよいとも考える。

 しかし、それをやってしまうと、せっかくの開放感が失われてしまう。

 どうせなら、おてんとさまのもとで泳ぎたい。


 スフィーダ、じめじめと湿っぽい雨の日は嫌いだ。

 気分も下がれば、溜息の数も増える。


 とはいえ、雨が降らないと困る者もいるわけだ。

 農家のニンゲンなんかが、その筆頭だろう。

 恵みの雨とは、よく言ったもの。

 雨が仕事をしなければ、穀物は具合よく育たない。


 ヨシュアがやってきて、スフィーダの隣に並んだ。

 ねずみ色の空を見上げ、「雨でございますね」と彼は言う。

 彼女も改めて顎を上げ、目線を上にやった。


「たとえばじゃ、ヨシュアよ、おまえは雨の日に、なにか思い出があったりはせんか?」

「また唐突なご質問ですね。なくはございません」

「話せる内容か?」

「陛下に隠し事をしようなどとは思っておりません」

「嘘をつけ」

「手厳しい」

「ご覧の通り、わしは暇をしておるからの。なんでもよいから話題を提供してほしいのじゃ」

「クロエとの出会いの日は、雨が降っておりました」


 初めて耳にする話だ。


「どこで出会ったのじゃ?」

「我が家が主催した夕食会に来ていたのでございます。末席も末席で、幼いながらも緊張し、恐縮していたのでしょう、彼女は小さく小さくなっていました」


 スフィーダは雨粒を降らす曇天を見上げたまま「クロエらしいの」と言い、目を細めた。


「おまえから話し掛けたのか?」

「はい。ダンスの時間に」

「クロエのことじゃ。うまく踊れやせんかったじゃろう?」

「そこは、エスコートする立場の私がなんとかいたしました」

「言ってくれるのぅ。して、どちらが先に惚れたのじゃ?」

「クロエは自分だと申しておりますが」

「実はおまえのほうが早かったのか?」

「さあ。どうなのでございましょう」

「はぐらかすでない」


 ヨシュアはスフィーダのほうを向き、にこりと笑ってみせると、「ここから先は有料でございます」と言って、唇に右手の人差し指を当てた。


 スフィーダもニッコリと笑んだのである。

 そして彼女は、両手をうんと突き上げた。


「わしは幸せ者じゃーっ!」

「いきなり、どうなさいました?」

「だって、考えてもみろ。好きな男とは想い合うことができていて、その上、おまえみたいな美男を、日頃、独占しているのじゃぞ? ずるいくらいに幸福ではないか」

「そして、そんな美男に、陛下は愛されていますしね」

「その気持ちは、ひしひしと感じておる。実はクロエは妬いているのではないのか?」

「あるいは」

「じゃろうのぅ」


 スフィーダ、腰に手を当て胸を張り、「わっはっは」と笑った。

 それからまた、空を見上げた。

 むぅと口をとがらせる。


「しゃべっているうちにやまんかと思っておったのじゃが、いっこうにその気配はないのぅ」

「雨降りという問題は、魔法で解決できないこともありませんが」

「そうも考えるのじゃが、こういうことに魔法を使うべきではなかろう」

「気の利いたことをおっしゃいますね。さすがでございます」

「世辞は要らん」

「では、なにを欲されますか?」

「うーむ、そうじゃな……ひゃあっ」


 なんの前触れもなく、ヨシュアにお姫様抱っこをされたスフィーダである。

 彼はそのまま、くるくると回る。


 スフィーダは笑う。

 ヨシュアは微笑んでいる。


 ヨシュアがいつか言っていた。

 悠久のときを生きるからこそ、刹那を大事にしてほしい、と。


 そうしたい、また、そうしなければならない。

 心の底からそう思う。


 なぜなら、永遠に続くものなんて、きっとないからだ。

 魔女にだって、なんらかのかたちで、いつか唐突に、終わりは訪れるに違いない。


 今という刹那。

 自らの刹那。


 一瞬一瞬が、愛おしい。

 そんなふうに感じられるようになれば最高だろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] クロエさん、美しく可愛らしい人の印象です。 あのヨシュアに相応しい。 「ここからは先は有料~」お約束のフレーズ、袋とじのような魅惑の響き。 フォトンも妬いているのかな。 様々考えました。 …
[一言] 前回は、ヨシュアの好感度を下げる回。 今回は、ヨシュアの好感度を上げる回。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ