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第75話 必要悪は必要悪。

       ◆◆◆


 スフィーダは左右の肘掛けをそれぞれ使い、玉座に深く座り直した。

 ゆったりとした動きで脚を組む。


 アーロンの表情は険しい。

 しきりに長い顎ひげに指を通すのは、いらだちを隠せないからかもしれない。


「アーロンよ、確かにそなたからは威厳を感じる。気迫もじゃ。根性というか、執念もあるように思う。あるいは、道標となってよいだけのニンゲンなのかもしれん。じゃが、仮にそうだとしても、わしに言わせれば」

「……言わせれば?」

「そなたは二流じゃ」

「言うに事欠き、まだ傲慢を申されますか」

「言葉は選んでおるぞ。きちんとな。ここまで話をさせてもらったが、端的に述べてしまえば、しょせんは世迷い言を吐いているようにしか聞こえんかった。わしにはなにも響きはせんかったぞ。いっさい、刺さりもせんかった」

「何度も言わせないでもらいたい。ですからスフィーダは――」

「傲慢、傲慢、傲慢、傲慢。すでに思考が停止しておる。その言葉だけを連呼しておれば満足か? 致命的なミスじゃ。底の浅さを自ら露呈する格好になってしまっておるのじゃからの」


 明らかに、アーロンは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「スフィーダ様は煽っておられるだけだ。スフィーダ様のほうこそ底が浅い。スフィーダ様のほうこそ薄っぺら。もう議論をするに値しませんな」

「おぅおぅ。逃げるなら止めやせんぞ。せいぜい、懺悔するがよい」

「懺悔することなど、なにもない。あろうはずもない」

「そうか? わしはそなたの罪は重いと見ておるが?」

「スフィーダ様は冒頭、信仰は自由だとおっしゃられたではないか!」

「声を荒らげるな、たわけ者。くどいぞ。わしは一貫して主張しておるじゃろう? 過去に救いを求めるな、と」

「そうでしょう? そうでしょう、スフィーダ様? 私と貴女は主義主張が異なるだけ。他者の意見、ひいては他者を認めることができないスフィーダ様のほうこそ、まさに狭量とは言えまいか!」

「今のそなたは鏡と話しておる。聞くに堪えんぞ」

「そ、そこまでおっしゃられるなら、勝敗はそこにいらっしゃるヴィノー様に訊いてみようではありませんか!」

「ほんにしつこいのぅ。勝ち負けなど誰が持ち出した? これ以上、醜態を晒すな。それはそなたの望むところではないじゃろう?」

「ヴィノー様、お答えください!」

「ダメじゃな。もはや耳まで聞こえぬか」

「スフィーダ様は黙っておられよ! ヴィノー様! 私のほうが正しい。私こそが正義。そうでございましょう?!」

「ああ、すみません。途中から、まるで聞いていませんでした」

「そそっ、そんなっ!?」


 がたりと音を立て、椅子から腰を上げたアーロンである。

 ヨシュアにいい加減な物言いをされて、よほど面食らったようだ。


「席を立たれましたね。お帰りですか?」

「ま、まだ帰らぬ。帰るものかっ!」

「でしたら、お座りください」

「しし、しかしっ!」

「座りなさい、アーロン教祖」

「ぐっ、ぐ……っ! も、もういい。私は失礼する!」


 吐き捨てるようにしてそう言ったアーロン。

 スフィーダは、いよいよ浅薄な本性を現したなと感じただけである。


 アーロンの両腕を、ニックスとレックスがそれぞれ拘束した。


「ななっ、なにをする!?」

「おやおや。先ほどまでは、散々、威勢のよいことを言っておったではないか。捕まえられるなら捕まえてみろ。わしにはそう聞こえたが?」

「これは不当な扱いだ!」

「阿保を抜かせ。もはや嫌疑不十分というわけにはゆかぬ」

「わ、私はまだ、負けていないっ!」

「じゃから、勝ち負けではないと言うとろうが。それでも、あえてそなたの敗因を述べるとするなら」

「な、なんと申されるのか!」

「先に言った通りじゃ。悲しいかな、やはり二流なのじゃ」




       ◆◆◆


 連行されるようにして、アーロンが玉座の間から消えた。

 それを機に、スフィーダは「のぅ、ヨシュアよ」と声を掛けた。


「おまえから見て、アーロンはどう映った? まさか、本当に聞いていなかったわけではあるまい?」

「最初はまあまあかと思いました。ヒトにものを説き慣れている感が窺えました。後半に近づくにつれ、ひどくなりましたね。論破うんぬん。勝ち負けうんぬん。そういった要素を引っ張り出してくると、議論は途端に陳腐化してしまいます」

「ヒトに与えるだけ与えて、優越感に浸りたいというタイプなのじゃろうな」

「とはいえ、陛下が並べ立てられたことも、満点とは言えませんが」

「な、なぬっ!?」


 スフィーダはびっくりして、思わずヨシュアを見上げた。

 彼はすまし顔を向けてくる。


「ろ、論理が破綻しておったか? どこかおかしかったか?」

「おおむね、論理的でした。おかしなところも細かい点しかございません。ですが、未来を怖がるニンゲンがいることは、理解しておく必要があるかと存じます」

「なんじゃ。そんなことか」


 鼻から短い息を漏らしたスフィーダである。


「言われずとも、わかっておるわ。わしは理想論を投じただけじゃからの」

「言葉が過ぎたこと、お詫び申し上げます」

「よい。気にするな」


 今度はスフィーダ、長い吐息をついた。


「必要悪は必要悪という言葉がある」

「聞いたことがございません。いつかの偉人が、そう?」

「いや、わしが今、即興で作った」

「笑うところですか?」

「抜かせ」

「なかなかに深いお考えかと存じます」

「じゃろう? どうあれ認めてやらねばならぬのじゃ。あのような存在であっても」


 頭を掻きむしったスフィーダである。


「あーっ、そもそもわしは理屈っぽい話は大嫌いなのじゃ。だって、話をしているほうも、聞いているほうも、まるっきり面白くないじゃろう?」

「陛下、それを言ってしまっては、おしまいです」

「あのようなやからを寄越すのは、たまにでよい」

「その旨、頭に叩き込んでおきましょう」

「さて、昼食じゃ、昼食! 肉を食べるぞ!」

「残念。メインディッシュは白身魚のムニエルでございます」


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