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第74話 過去に救いを求めるな。

       ◆◆◆


 サドラー教の祖、アーロン。

 恰幅のよい老人である。

 真っ白な顎ひげの立派なこと立派なこと。

 まとっているのはひだの目立つ艶やかな純白のローブ。

 頭の上の平べったい帽子も白い。

 銀色の首飾りをさげている。

 ペンダントトップは大きな逆十字だ。


 力強い目をしているなというのが、第一印象。

 老いを感じさせない、鋭敏な雰囲気をまとっている。

 柔和さを感じさせる部分は微塵もない。


 だからといって、気圧されるわけもない。

 誰に対しても臆することなくいられるのは、経験値の賜物だ。


 椅子に座しているアーロンは、口を開かない。

 会話に駆け引きを持ち出すつもりなのだろうか。


 腹を割って話がしたいので、とっとと切り出すことにした。


「アーロンよ、信仰は自由じゃ。法で保障もされておる。じゃが、自殺者を出すような教えはどうかと思うぞ」

「信者にも自由がございます」

「死にたければ死んでしまえというのか?」

「そこまでは申しませんが」


 シニカルな笑みを浮かべる。

 アーロンとは、そういう老人らしい。


「ルフランなる麻薬の根っこは、そなたなのか?」

「薬に手を出す出さぬ。それも自由でございます」

「話をすり替えるでない」

「気に食わぬば、今すぐ牢屋にぶち込まれてはいかがですかな?」

「気に食わぬうんぬんの話でもないが、いつ捕まってもよいという覚悟があるということか?」

「あるいは」


 スフィーダはいよいよアーロンの目を見つめるのである。



「今回の召喚に応じた理由はなんじゃ?」

「無論、直接、スフィーダ様と語らいたかったからでございます」

「もう一度言うぞ。なにを信じるか、それは好きにせい。じゃが自殺を助長するような真似はよせ。そして、薬などばらまくでない」

「そう言われましても」

「そもそも、なぜ薬など売るのじゃ? 教団の運営資金にするためか?」

「信仰に金銭など……。ヒトが求めるものを与えることが、はたして悪と言えますかな?」

「そんなおかしな効能がある薬をどうやって得たのじゃ?」

「この話題はもう切り上げたいのですが」

「申せ」

「お断りする」

「この期に及んで我が身大事か」

「そうではありません。改めてお伝えしましょう。なにがあろうと悔いはございません。ございませんが、いざそうなった場合には、正しき裁きを求めます」

「まさに保身ではないか。まあ、そんなこと、今はどうだってよい。つまるところ、わしが言いたいことは一つだけじゃ」

「お聞かせ願えますかな?」

「過去に救いを求めるな」


 すると、アーロンは「ふふ」と笑い。


「未来よりも過去が欲しい。ヒトがそう考えることはゆるさないと?」

「未来は過去よりもずっとよくなるかもしれんじゃろうが」

「その逆を説いているのです。誰もが未来を欲しているわけではない」

「じゃが、時間は進む。進むのじゃぞ?」

「スフィーダ様は未来に不安を抱いたことなどないのでしょう。だから、そのようなことが言えるのです」

「それは大きな間違いじゃ」

「と、いいますと?」

「くどいようじゃが、時間は前へ前へと流れておるのじゃ」

「これまで多くを失ってきた、と?」

「先の別れを想像すると、夜も眠れんくなる」

「傲慢ですな」

「なんじゃと?」


 スフィーダ、少しばかり眉間にしわを寄せた。


「言ってくれるではないか。わしのどこが傲慢なのじゃ?」

「スフィーダ様は持たざる者の気持ちがわかっておりませぬ」

「持たざる者とは誰のことじゃ?」

「すべてのヒトを指していると言っても、過言ではございません」

「観念的じゃな。褒められることではないぞ」

「重ねて申し上げる。よい未来が訪れるとは限らない」

「わしからも二度目じゃ。過去に救いを求めるな」

「やはり、相容れませんな」

「ずばり言ってもらいたい。女王制のなにが気に入らんのじゃ?」

「立場がヒトを決める。魔女もまたしかりでございます」

「やはり、わしは傲慢だと言うのじゃな?」

「違いますか?」

「わしが望んで女王をやっていると思っておるのか?」

「ある程度、そうなのでは?」

「正直に言う。望んでいる部分もある。じゃが、祭り上げられたこともまた事実なのじゃ」

「人心を集めるには人外の存在を。愚かですな。ヒトの先祖は」

「アーロンよ、実のところ、ヒトを蔑んでおるのは、そなたではないのか?」

「……聞き捨てなりませんな」


 右手を顎にやり、スフィーダは目つきを鋭くした。


「そなたから匂い立つのは、強い選民思想じゃ。自分は特別だと思っておるじゃろう?」

「ですから、なぜそうだと?」

「そなたはヒトの先祖を愚かだと申したな? じゃが、そなた自身もヒトじゃろうが」

「そういう物言いをなんというか、ご存じかな?」

「揚げ足取りだとでも言いたいのじゃろう?」

「まさに、その通りでは?」

「すべての者がそうだとは言わん。言わんが、宗教家とは、自分ならヒトをあるべき姿に導けると、少なからず思っておるものじゃ。そこにあるものを傲慢と言わんでなんとする」

「選民思想。それはスフィーダ様にも言えることではありませんか?」

「そう考えているからこそ、そなたはわしを否定するのじゃろう? じゃがな、アーロンよ、民が総意としての意思をぶつけてくるようなら、わしは喜んで女王を辞めるぞ?」

「辞めて、どうなさると?」

「少しの食べ物と小さな寝床があればそれでよい」

「言うだけなら簡単ですな」

「悔し紛れの遠吠えにしか聞こえん」

「それで論破されたおつもりか」

「はなから論破しようなどとは思っておらんわ」

「幾度だって申し上げる。未来には希望などないかもしれない」

たびになる。じゃからといって、過去に救いを求めるな」


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― 新着の感想 ―
[一言] 経験と体感は強いです。 そこで、悩み、苦しんで、考え、感じて……得た自分なりの真実は、言葉で言い負かしたところで簡単には覆らない。 ……次回が気になります。 しかし、 スフィーダちゃんかっ…
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