第73話 ルフラン。
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ヨシュアをディナーに誘ったのだが、彼からは「のちほど、食堂にて簡単に済ませますので」という答えが返ってきた。
断られると興をそがれたような気分になるものの、いつだって食欲は旺盛だ。
だから、片っ端からばくばく食べるのである。
今日のメインディッシュは肉、牛のフィレステーキ。
焼き加減はミディアムレア。
絶妙の火の通り具合と言っていい。
コップの水を飲み干すと、ヨシュアが新しいのを注いでくれた。
本来は侍女の役割である。
もう仕事を切り上げてもらってもかまわないのだが、その旨を伝えると、彼は「では、最後に世間話を一つ」と切り出してきた。
「なんじゃ? 面白い話か?」
「面白くはありません」
「それでもよい。話してみよ」
「最近、妙な薬が出回っているようなのでございます」
「妙な薬?」
「はい。白い粉末状のもので、火をつけ吸引するそうです」
「あからさまに怪しいのぅ。ずばり麻薬か?」
「はい。効能は特殊です。なんでも、喜びに満ちた過去にトリップできるのだとか」
「完全に危ない薬ではないか」
「取り締まりは強化しているとのことです」
「当然じゃろう。その薬に名はあるのか?」
「ルフランでございます」
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謁見に訪れたのは、ごま塩頭の男である。
四十のなかばくらいだろうか。
目の下の隈は濃く、痩せぎすで、震えが来ていてそれを止めることができないのか、右手を忙しなく小刻みに動かしており、ぱっと見ただけでも精神を病んでいるであろうことが窺える。
名はスコット。
病気で妻を亡くし、一人娘は事故で失ったらしい。
だから、ルフランに手を出したのだと言う。
幸せだった過去の記憶に浸るために。
「副作用かなにかで、ものが食べられなくなるのか?」
「いえ。薬代がかかってしまい、食費の捻出もままならず……」
「いかんぞ。それはいかん」
「ですが、やめられそうにもありません」
「今はフツウにしゃべっておるではないか」
「一人になると、ダメなんです。どうしても使ってしまいます」
麻薬の中毒者に対して軽率な発言は控えるべきだろう。
ならば、どう対応したらよいのか。
そんなことはわからない。
正解なんてないに違いない。
だから結局は、自分らしく振る舞ってやろうという着地点に到達する。
「そもそも私は、どうしてスフィーダ様にお会いしたいと考えたのか……」
「誰かに胸の内を打ち明けたい。あるいは誰かに助けてもらいたい。そういうことではないのか?」
「そうなのでしょうか」
「きっとそうじゃ。否、そうに決まっておる」
「ですが私は、未来はおろか、明日すら要らないんです」
「悲しいことを申すな」
スコットは両の目尻から頬に涙を伝わせる。
しかし、表情は笑顔だ。
「スフィーダ様はお優しいですね」
スコットを見るスフィーダの目には、自然と憐みの色が滲む。
「これからどうするのじゃ?」
「自首しろとおっしゃいますか?」
「もちろんじゃ。体を思いやりながら罪を償い、更生すべきじゃ」
ここでヨシュアが「スコットさん、待合室にいてください」と言い、「こちらから、警察に連絡を入れますので」と続けた。
「やっぱり、信用してはいただけませんよね」
「妙な行動を起こされては困るからです。貴方の命を守るための措置だと思ってください」
「わかりました」
椅子から腰を上げたスコット。
彼はぺこりと頭を下げ、身を翻した。
双子の近衛兵、ニックスとレックスに挟まれ、歩いていく。
そして、スコットが大扉の向こうに姿を消したところで、ヨシュアが「いろいろと状況が見えてきましたね。点と点が線でつながりました」と口を利いた。
スフィーダはヨシュアを見上げた。
彼は前を向いたままでいる。
「ヨシュアよ、どういうことじゃ?」
「彼がつけていた銀色の首飾りには、お気づきに?」
「いや。気にも留めなかったが」
「ペンダントトップが逆十字でした。サドラーの信者だと思われます」
スフィーダは「ほぅ」と口をすぼめたのである。
宗教とは、また意外な出所である。
「信者ということは、宗教か?」
「はい。退廃的な思想を掲げていることが要因でしょう。しばしば信者の中から自殺者が出ています」
「ということは、ちまたではそれなりに有名なのじゃな?」
「さようでございます。そして、薬の出所も、恐らくは」
「なるほどの。あとは証拠か」
「じきに結果は出ましょう。あと、これは予備知識として展開いたしますが」
「なんじゃ?」
「教祖のアーロン氏は、女王制の否定論者なのでございます」
「そうなのか? ならば尚のこと、なぜ、入信者であるスコットは、わしに会いにきたのじゃ?」
「教祖の教えであっても、すべてに賛同できるわけではないということではないでしょうか。妄信している者がほとんどだろうとは思いますが」
「なんにせよ、興味深い話ではある。そのアーロンとやらを、この場に呼ぶことはできんか?」
「議論なさろうと?」
「まずはただ、話をしてみたい。ぶっとい釘を刺してやりたい思いはあるがの」
「なにがあろうと、どうか激高だけはなさらないでくださいませ」
「そのへんは心配するでない」
「わかりました。早急に手配いたします」




