第72話 魔女のこと、ダインのこと。
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昼食をヨシュアとともにしている。
彼にしては珍しく、今日は朝から冴えない感じだ。
謁見者が訪れている際も、あくびはしないまでも、それを噛み殺すくらいはしたのではないか。
食後の紅茶を楽しみつつ、スフィーダは正面に座っているヨシュアに「眠そうじゃの」と声を掛けた。
「はい。実際、少し眠とうございます」
「なにか理由があるのか?」
「盛り上がってしまいまして」
「なにが盛り上がったのじゃ?」
「ベッドの上で、クロエといろいろ」
「ク、クロエといろいろ?」
「朝まで燃え上がったのでございます。それはもう激しく求め合い――」
「も、もうよい。口をつぐめ」
いよいよヨシュアはあくびをしたのである。
あくびをしたのちに、さらにあくびをかぶせたのである。
「詳細をお伝えしたいのですが」
「なにをしていたのかは想像がつく。じゃから詳しいことは言わんで――」
「クロエの穴という穴に指を突っ込みとことんまで刺激――」
「言わんでいいと言っておろうが!」
「濡れ事でございます。濡れ事にございます」
「からかうのはよせといつも言っておるじゃろうが!」
「陛下には萌の成分が不足していると思いまして」
「意味がわからんわ!」
ぷんすこぷんすこのスフィーダは、紅茶をぐいと飲み干した。
少々熱かったが我慢した。
侍女が新しいのを注いでくれる。
「陛下は本当に、濡れ事ができないのでしょうか」
「まだ抜かすか!」
「いえ。真面目な話をしています」
「真面目な話? どこがどう真面目なのじゃ?」
「ダインのことでございます」
「ダイン? ああ。奴めが自らを”魔女の子”と称していることについてか?」
「さようでございます」
ダイン。
曙光の皇帝。
魔女と同様、彼もまた、ヒトとは異なる生き物であるという話だ。
「ダインの存在そのものを肯定するとした場合、不可思議な点が見受けられることになります」
「まあ、そうじゃな。じゃが、可能性の問題としては」
「あるにはある?」
「おまえにだから答えるぞ。ないこともないと言えんくもない。わしはそう考えておる」
「魔女が子を宿すことは可能だと?」
「そうじゃ。くどいようじゃが、可能性の問題じゃ。カナは本当に孕んだのかもしれん。生むまでのプロセスはさっぱりじゃがの」
「相手はニンゲンでしょうか」
「そうじゃろうと、わしは考えておる」
「魔女として、それはアリなのですか?」
「そう考える者がおってもおかしくはない。わしは禁忌じゃと思っておるがの」
「ダインが魔女と異なっているところ。それは、現在の彼は成人した姿だという点ですね」
「じゃから、ヒトと交わったのじゃろうと推測するわけじゃ」
「成長するという性質を、父親から受け継いだと?」
「そういうことになる。よって、軽く見るわけにはいかぬ」
「肉体は成長しても、魔法が達者になるようなことはないのでは?」
「そうとも限らぬ」
「能力は向上すると?」
スフィーダは「じゃろうの」と頷いた。
そうとしか言いようがないのである。
「それを含めての成長じゃ。魔女とヒトの合いの子という時点で、なにが起きてもおかしくはないじゃろう」
「となると、現状、急進的ではないらしいことが救いでしょうか。裏を返せば、いつ化けるかわからないのが怖いということになりますが」
「ダインが出てくるようなら、わしがやるぞ」
「以前にも申し上げました。それはダメでございます」
「無駄な被害を出すわけにはいかんじゃろうが」
「それでもダメでございます」
「おまえはわしを過保護に扱いすぎじゃ」
「なんと言われようと、ダメなものはダメでございます。どうか我々にお任せくださいませ。陛下がおっしゃった通り、ダインは”魔女の子”とはいえ、その構成要素の半分はヒトなのですから」
◆◆◆
一日を終え、ベッドに入った。
うまく寝つけず、目を閉じていると、前触れなくムラムラしてきた。
体をよじり、太ももをこすり合わせてしまう。
ヒトと交わることは禁忌としておきながら、意志の弱いことだと思う。
しかし、自分だって女だと考えたりもするのだ。
「フォトンに会いたいのぅ……」
そんなつぶやきがこぼれた。
女王陛下という立場を受け容れたことを悔やみたくなるのは、こういう瞬間だ。
開き直らなければ、女王なんてやっていられない。
そんなふうに割り切ってはいる。
しかし、ぶっちゃけてしまうと、彼としてみたいというのは事実であり……。
「いかんっ。いかんぞ、煩悩は!」
本当に意志薄弱なことだと思い、スフィーダは自らの頭をぽかぽかと叩いたのだった。




