第71話 凄腕ナンパ師。
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椅子に座り、ジャンカルロと名乗った男は、自分がナンパをして落とせなかった女などいたためしがないなどと豪語した。
そんなにイイ男というわけではないと、スフィーダは思う。
いや、顔立ちは悪くないのだ。
紅茶色の瞳は美しい。
鼻筋がすっと通っている。
顎のラインもシャープだ。
要は好みの問題だろう。
スフィーダからすれば、軽薄そうなところが致命的にNGなのだが、ひょっとしたら、声を掛ければついてくる女子は少なくないのかもしれない。
以前にもこんな感じの、言ってみれば、常時、表情筋が弛緩しているようなナルシストが、この場を訪れたことがあった。
名は確か、ジョニーといったか。
えらくポジティブな男だった。
ドン引きしたくなるくらい、勢いのある男でもあった。
馬鹿か阿呆かみたいによくしゃべるので、聞いているほうとしては頭が爆発してしまいそうになったものだ。
まあ、とにかく、用のあるタイプのニンゲンではない。
のちの扱いについても、ぞんざいというか、なおざりになるであろうと自覚する。
実際、スフィーダは底なしのいい加減さもって「して、なんじゃ、ジャンカルロよ。そなたはわしをナンパしにでも参ったのか?」と問い掛けたのだった。
「ええ、そうです。俺はスフィーダ様を落としに来ました」
「落としてどうするつもりじゃ?」
「落とすだけでいいんです。俺の伝説の一ページになってもらいますよ」
「おーおー、言うではないか。尚、スキンシップをともなうような口説き方はやめてもらおう。そういうのはお断りじゃ」
「手を握るのもナシですか?」
「ナシじゃ」
「それじゃあ、裏を返せば」
「そうじゃな。そなたに触れたい。まずはわしにそう思わせることができれば大したものじゃ。ま、どうしたって、そんなシチュエーションは思い浮かばんがの」
「他になにか、前提条件ってありますか?」
「前提条件もなにも、わしからすれば、そなたはビジュアルですでに不利をこうむっておるぞ。わしは腕が太くて胸板の厚いゴツい男が好きなのじゃ。がっちり型が好みなのじゃ」
「あー、そういうことなら、確かに不利かもなあ。俺って草食系だもんなあ」
「ついでに言っておくと、たくさん食べる男が大好きじゃ」
「デブでもいいってことですか?」
「細すぎるよりかは、そうじゃの」
「わかりました。攻め方を変えてみます」
「好きにするがよいぞ」
「では、スフィーダ様」
「なんじゃ?」
「俺って、頼りなくて、情けなくて、いい加減そうな男に見えませんか?」
「見える見える。大いに見えるぞ」
「……ですよね」
今の今まで自信たっぷりといった感じだったくせに、ジャンカルロときたら、急に肩を落としてみせた。
吐息をつき、がっくりとうなだれる。
スフィーダの眉間には、期せずしてしわが寄った。
「自分でもわかっているんですよ。俺は魅力なんてゼロパーセントの男だ、って……」
弱気なことまで言い出されると、不安感を覚えるというか、心配になった。
「い、いや。そこまで落ち込むことはないじゃろう? というか、どうして、あのポジティブさからこのネガティブさへと急降下なのじゃ? いきなりすぎやせんか?」
「俺、女性がそばにいてくれないとダメなんですよ」
「かもしれんな。そう見えんくもない。じゃからといって、ナンパを続けるのはどうかと思うぞ? つまるところ、とっかえひっかえということではないか」
「常に理想の女性を追い求めているんです」
「も、ものは言いようじゃのぅ」
「一人でいると、やっぱり寂しがり屋だから、食事も喉を通らなくなってしまうんです。夜も眠れなくなります」
「そうなのか?」
「はい……。だから、ナンパに失敗してしまった日なんかは……」
「ど、どうなるのじゃ?」
「ひどく荒れます。自暴自棄になって……見ていただけますか?」
ジャンカルロはシャツの袖をまくって、左の手首の内側を晒した。
スフィーダ、視力には自信があるのだが、玉座の上からではよく見えない。
やむを得ないので腰を上げ、階段を下り、ジャンカルロに近づいた。
間近で手首を見る。
いわゆる、リストカットの痕がいくつもあった。
「い、いかんぞ、ジャンカルロよ。こういうことは、やってはいかん」
「でも、どうせ俺なんかがいなくなったったところで、誰も……」
「そそっ、そんなことはない。そなたが死んでしまったら、わしは悲しいぞ?」
「いいんですよ。気を遣わないでください」
「そういうわけではない。本気で心配しておるのじゃ」
「だったら、だったら、俺の女になってくれますか……?」
「えっ!?」
「なって、くれますか……?」
上目遣いを寄越してきたジャンカルロ。
寂しげな目、捨てられた子犬のような目。
じっとは見ていられず、スフィーダは思わず彼から視線をはずした。
「じゃ、じゃが、わしはその、立場上の決まり事でがんじがらめにされていて、い、いや、それでも、恋愛そのものを否定する気は毛頭なくてじゃな、う、うーん、じゃからといって、なんと言ったらよいものか……」
「……わかりました」
ジャンカルロは口元に自嘲的な笑みを浮かべ、ゆらりと腰を上げた。
そして「迷惑をおかけしました。もう帰って、死にます……」などと危なっかしいことを言って、ゆっくりと身を翻した。
このまま帰すわけにはいかないと考え、スフィーダ、ジャンカルロの左手を両手でがしっと掴んだ。
咄嗟の反応だった。
すると、ジャンカルロは「……触りましたね?」と、つぶやき、さらには振り返ってにやりと笑い……。
「……はっ!」
スフィーダ、まさにはっとなった。
慌てて掴んでいた手を放した。
「わしをはめたのか?!」
「手首の傷は武器ですよ」
「そ、そこまでするのか!?」
「しますよ。ナンパを成功させるためなら、なんだってします。俺に触ったわけですから、スフィーダ様の負けですね」
「触っただけで、負けなのか?」
「だって、そういう条件だったじゃないですか」
「そ、それは……」
「スフィーダ様ってチョロいですね」
チョロい。
スフィーダは愕然とし、膝から崩れ落ち、四つん這いになった。
一方、高笑いしながら去りゆくジャンカルロ。
「あんな見え見えの作戦に引っ掛かられるとは」
後ろから聞こえてきたヨシュアの声は、ずいぶん遠くに感じられた。
なんだろう、この圧倒的な敗北感は。
してやられた。
その思いがとにかく強い。
あるいは、自らの頭の中はお花畑なのではないか。
そう疑わざるを得ないスフィーダだった。




