第70話 ついに……っ!
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目覚めのきっかけは、寒気だった。
まだ夜中だ。
しかし、寝直そうにも眠れない。
とにかく寒気が止まらない。
やがて朝になった。
起きようとする。
しかし、全身が重い。
体の節々が痛い。
やっぱり寒気は治まらない。
それでも仕事があるのだからと思い、いつも通り着替えに移る。
宝石類で彩られたノースリーブの純白のドレスだ。
寒い、寒い、寒い。
頭がくらくらしてきた。
足元もおぼつかなくなってきた。
それでも表に出たのだが……。
玉座につくべく歩くのだが……。
寒い、寒い、寒い……。
玉座のかたわらに立っているヨシュアが振り返った。
「おはようございます、陛下」
「うむぅ。おはようなのじゃあ」
頭がしゃきっとしないせいか、間延びした間抜けな声が出た。
目をぱちくりさせ、少々、首をかしげてみせたヨシュアである。
「陛下、お顔が赤うございますよ?」
「変なのじゃあ。ぞくぞくするのじゃあ。寒くてたまらんのじゃあ」
近づいてきたヨシュア。
膝を折り、それから額に触れてきた。
「お熱がございます」
「熱じゃとぉ?」
スフィーダ、しんどさから息を喘がせる。
「はい。しかも高熱でございます」
「馬鹿を言うなあ。わしは二千年以上生きてきて、一度も体を壊したことなどないのじゃぞぉ?」
「ですが、現に体調不良ではありませんか。食欲はございますか?」
「正直、ないのじゃあ」
「わかりました。本日の謁見は中止といたします」
「大丈夫じゃあ。しゃべれんことはないのじゃからのぅ」
「ダメでございます。さあ。部屋にお戻りを」
◆◆◆
私室のベッドに戻された。
城内に詰めている医者の診察を受けた。
感冒、すなわち、風邪との診断だった。
「本当に、ついにという感じでございますね」
ベッドの脇の椅子に腰掛けているヨシュアが言った。
スフィーダ、咳をする。
寒気はいっこうにおさまる気配がない。
頭もぼーっとしている。
そうか。
これが風邪か……。
真新しい感覚を噛み締める一方で、胸の内では不安ばかりがもこもことふくらんでゆく。
「のぅ、ヨシュアよ、つらいのじゃ。苦しいのじゃ。ひょっとして、わしはこのまま死んでしまうのではないのか?」
また、けぷこんけぷこんと咳が出た。
「大丈夫です。ただの風邪でございますから」
「じゃが、本当にしんどいのじゃ」
「静かに休んでいれば、必ずよくなります」
「ああ。最期にフォトンに会いたいのぅ……」
「陛下もしつこいですね」
「長らく生きてきたが、あー、まだ死にたくない、死にたくないぞ」
「ですから、大げさだと申しております」
「不安じゃあ。やっぱり不安じゃあ」
「私がずっとおそばにおりますから」
「うつってしまうのではないか?」
「それでもかまいません」
「すまん」
「とんでもございません」
「わがままを言うぞ? 手を握ってくれぬか?」
「喜んで」
スフィーダの左手の甲に、ヨシュアが右の手のひらを重ねた。
それで少し安心した。
安心したら、眠くなってきた。
そして、あっという間に、スフィーダは寝入ってしまったのだった。
◆◆◆
特に薬を飲むこともなく、翌日になるとだいぶん回復した。
寒気と体の節々の痛みがなくなったことが喜ばしい。
咳もほとんど止まった。
しかし、ヨシュアの判断で、もう一日、仕事はお休みとなった。
明日からは、きちんと働きたいと思う次第である。
今回の一件は、いい経験になった。
どうやら、魔女も体調管理には気を配る必要があるらしい。
まったくの人外であると考えていたのだが、ニンゲンっぽい一面もあるではないか。
そう考えると、なんとなく、嬉しい思いに駆られた。




