第69話 のわああああっ!
◆◆◆
「これは言ってはいけないことなのじゃろうが」
「なんでございますか?」
「いや、最近、なんというかこう、目新しいことがないなと思っての」
「確かに、中だるみ感というか、だれてきた感は否めませんね」
「じゃろう?」
「はい」
「はあ……って、いかん! 溜息はいかんっ!」
スフィーダは両の頬を両手でぴしゃぴしゃと叩いた。
「謁見者は、ワクワクドキドキしながら訪ねてくるわけじゃ。わしがめんどくさがってどうするのじゃ」
「ご立派でございます」
「それは違うぞ、ヨシュア。敬意を払って当たり前なのじゃ」
「そうでございますね。さあ、次で本日最後です。張り切ってまいりましょう」
「うむ!」
◆◆◆
双子の近衛兵、ニックスとレックスにともなわれ、赤絨毯の上を歩み、やってきたのは、まだ二十歳至らぬであろう女子だった。
前髪ぱっつん。
目がひときわ大きく、なんとも愛らしい顔立ちである。
うぶな感を漂わせ、清潔感があるのもいい。
処女ではないかとゲスな想像までしてしまった。
女子はふたのついた小さなバスケットを提げている。
なにが入っているのだろう。
ケーキ等の甘味であれば嬉しいなと考える次第である。
スフィーダのゆるしに従い、椅子に座った女はケーラと名乗った。
彼女はバスケットを膝の上に置いている。
雑談だったが、それなりに話は弾んだ。
ケーラはやはり処女らしい。
そもそも、恋人を持ったことすらないようだ。
スフィーダはケーラに対して非常に好感を持ったので「なんじゃったら、一生、処女のままでいてほしいのじゃ」と穢れなき乙女であることを望んだのだが、「すみません。そのつもりはないです」と、きっぱり断られてしまった。
まあ、それはそうだろう。
健康的な女子であれば、異性と付き合うことに興味がないはずがない。
ケーラがいつか家庭を持ち、幸せに暮らせることを願わずにはいられないのである。
さて、ここからが本番だと言っていい。
バスケットだ。
中身が気になる。
とても気になる。
「みやげかなにかか?」
「あっ、いえ、違うんです」
「では、いったい、なんなのじゃ?」
「ペット自慢をしに来たんです」
「ほぉほぉ。それは興味深いのぅ」
事実、そう思ったので、スフィーダは玉座をあとにして、階段を下りる。
ケーラは赤絨毯の上に両膝をつき、自らの前にバスケットを置いた。
スフィーダ、膝を折る。
ケーラ、バスケットのふたを開ける。
中に入っていたペットとは……。
亀だった。
「のわあああああっ!」
びっくりして尻餅をついたスフィーダである。
広げた両手に亀をのせたケーラである。
「クサガメのくーちゃんです。尻尾が長いのが特徴です」
「ケ、ケーラ、やめろ、やめるのじゃ、それ以上、わしに亀を、くーちゃんを近づけるな」
「えっ、どうしてですか? ほら、よく見てください。かわいいですよ? 首が長いのも特徴です」
「ひ、ひいぃぃぃぃっ!」
スフィーダ、転身して四つん這いで逃げる。
そこを回り込んで、通せんぼをするケーラ。
「スフィーダ様、甲羅を撫でてあげてください。どうかくーちゃんに女王陛下の祝福を」
「むむむ、無理じゃ。亀は、亀だけはダメなのじゃ。NGなのじゃ。甲羅の中の構造がどうなっているのかと考えると……ひぃぃぃぃっ!」
別方向へと逃げようとしたところを、また通せんぼ。
ケーラはスフィーダの顔を目掛けて、くーちゃんを差し出してくる。
いよいよ、くーちゃんが間近にまで迫ってきた。
そして、その体から発せられる濃密な草の匂いが鼻に届いた瞬間、スフィーダは力尽きた。
どっと床に崩れ落ち、気を失ってしまったのだった。
◆◆◆
その後の数日間、夜、眠っていると、夢に亀が出てくるようになった。
くーちゃんが行列を成して、頭の中で行進するのだ。
うなされたことは言うまでもないし、亀嫌いに拍車がかかったことも言うまでもない。




