第68話 恋したカレン。
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日曜日。
スフィーダはテラスのプールで遊んでいた。
空色のビキニ姿のカレンと一緒にだ。
髪をアップに結っているカレンの、なんと色っぽいことか。
中高生ぐらいの男子が拝めば、たちまち鼻血を噴き出すに違いない。
今日、バスタオルを持って控えているのは、メイド服を着た侍女である。
ヨシュアは城内の私室にいるはずだ。
うら若き乙女がプールではしゃぐ様子を眺めることについては、さすがに気が咎めたのだろう。
二人並んで、プールサイドに腰を下ろした。
スフィーダはバシャバシャと水を蹴り上げる。
一通りバシャバシャしてから、カレンの体をまじまじと見た。
しなやかな肢体だ。
無駄なものがいっさいついていない。
胸は小さくない。
大きい部類と言える。
スフィーダはその胸を右の指先でつんつんした。
カレンは特に恥ずかしがるような素振りを見せず、「陛下、なにをなさるんですか」と微笑んだ。
「カレンは着痩せするタイプなのじゃな、うり、うりうり」
「あまりつつかないでください」
「感じるのか? 感じてしまうのか? うり、うりうりうり」
「そういうわけではありませんけれど」
「そなたの水着姿を見たら、ほんに男は放っておかんぞ」
「最近はもう、男性には縁がないものと諦めています」
「以前もそのようなことを言っておったのぅ」
はいと答え、カレンは口をとがらせた。
それから苦笑じみた表情を見せたのである。
「周りのニンゲンがあまりにうるさいものですから、見合い話は受けるようにしているんですけれど」
「それでもダメなのか?」
「美しいという言葉を連呼する男性は信用できません。そして、やっぱり私より強そうなヒトもいないんです」
「そなたは本当に剣術が達者だと聞く。ハードルを下げてやるべきではないのか?」
「ダメです。譲れません。実を言うと、今回の吸血鬼騒ぎだって、私が部隊を編成してやろうと考えたくらいなんですよ?」
「それはいくらなんでもやりすぎじゃ」
「はい。あちこちから止められてしまいました」
「そういえば、ケイオスはどうなったかのぅ。リミットは明日じゃが」
「たかが盗賊団の元リーダーでしょう? 期待するほうがおかしいです」
「わしは大丈夫だと思っておるぞ?」
「どうしてですか?」
「なんとなーく、じゃ」
不意に後ろから「やっほー」というのんきな声が聞こえてきた。
振り返ると、ヨシュア、それにケイオスが近づいてくるところだった。
ケイオスは右手に麻袋をさげている。
彼は笑顔である。
ただ、左の頬には切り傷が二本走っており。
「無事じゃったか」
スフィーダは立ってケイオスを迎えた。
ホッと胸を撫で下ろしたい気分だった。
「スフィーダ様、そっちの美人さんは誰?」
「カレンじゃ。カレン・バハナじゃ」
「ああ。例の女のヒトね」
カレンがすっくと立ち上がり、「貴方がケイオスなのね?」と問い掛けた。
言い方には棘があり、表情も険しい。
「そうだけど、あれ? 俺、なんか嫌われてる?」
「ついこないだまで、囚人だったんでしょう?」
「そうだよ。悪い?」
「悪いって、貴方……」
「まあまあ、カレンよ、落ち着くのじゃ」
「私は落ち着いています」
「結構な美男子じゃろう?」
「でも、チビです」
「ひ、ひどいことを言うのぅ」
「そもそも、彼が美男だったらどうだというんですか?」
「い、いや。とりあえず、仲裁しよう思ってじゃな」
「そんなの不要です」
カレンはぷいっとそっぽを向いてしまった。
やむを得ない。
ひとまず彼女のことはうっちゃっておき、話を進めることにする。
「して、首尾は?」
「上々。じゃなきゃ、帰ってきてないよ」
「そんなの嘘でしょう? どうせ逃げ帰ってきたんでしょう?」
「カ、カレンよ、そなたは少し黙って――」
「カレンさん」
「言ってみなさい」
「一度挑めば最後、逃がしてなんてくれない相手だと思うけど?」
「貴方、すばしっこさだけはありそうよ。それも存分に」
「じゃ、じゃからな、カレン。そなたはちょっと静かにして――」
「まあ、なんやかんや言われる可能性は考慮したよ。だから、ちゃんと証拠を持ってきたんだ」
スフィーダとカレンの「証拠?」という声は重なった。
「うん。証拠」
そう言うと、ケイオスは手にしている麻袋を逆さまにした。
下にごとんと落ちたもの。
それは男性の生首だった。
長い白髪を有し、茶褐色の肌をしている。
カッと目を見開き、咆哮するように口を開けていることから、かなり壮絶な死に方をしたであろうことが窺えた。
「まあまあ強かったかな? といっても余裕だったけど、あはははは」
スフィーダ、驚きを隠せず、唖然としてしまう。
魔法達者で知られる吸血鬼を一人で狩る。
そんなミッションをクリアできるニンゲンなんて、この世界にそういるはずもない。
「ケ、ケイオスよ、今さらなんじゃが」
「うん。なに?」
「そなた、なにかの心得でもあるのか?」
「ないよ。我流」
「た、大した奴じゃ。のぅ? カレンもそう思わんか?」
すると、カレンはふらりと前に進み……。
そして、いきなりがばっとケイオスに抱きつき……。
その様子を見て、スフィーダは両手を上げてしまうくらい驚いた。
「ケイオス様。お慕い申し上げます……」
「えーっ。チビは嫌いなんじゃなかったのぉ?」
「気が変わりました」
「変わり身、超早くない?」
「強さこそ、すべてです。正義です」
「カレンさんにとってはそうなの?」
「困りますか?」
「困りはしないけど」
「結婚してください」
「俺、婿入りなんて嫌だよぅ」
「私が家を出ます」
「うーん。だけど、やっぱりダメ。俺、やりたいことがあるから」
「では、私は貴方が振り向いてくれるまで、ひたすら追い掛け続けましょう」
スフィーダ、ヨシュアと顔を見合わせた。
彼にしては珍しい。
目をぱちくりさせ、びっくりしている様子。
侍女らも一様に口を手で覆い、言葉を失っているようだった。




