第66話 お困りカレン。
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涼しげな切れ長の目に、品のいい薄い唇。
アッシュグレーの長い髪。
年は妙齢と言っていい二十六。
クリーム色のショールを羽織ったカレン・バハナが、玉座の間を訪れた。
会いたいという旨の文は、事前に受け取っていた。
顔を突き合わせて話がしたいとのことだった。
カレンが椅子にゆったりと腰を下ろす様は、もうそれだけで絵になる。
だが、にこりと微笑んだのも束の間のこと、彼女はすぐに表情を曇らせた。
「なにやら抱え込んでおるようじゃの」
「顔に出すようでは、いけませんね」
「打ち明けてみるがよいぞ。力になれることもあるじゃろう」
「お話しいたします」
「うむ」
「私が親善大使を務めるイリュー州にはハエンという名の県があって、そこで今、吸血鬼騒ぎが起きているんです」
「ほぉ。吸血鬼か。最近はとんと耳にしなかったが。なにか悪さをしておるのか?」
「その名の通り、まさに若い女性の生き血をすすっては殺しているんです」
「厄介な輩じゃ。弱い吸血鬼など聞いたことがない。警察はおろか、州兵でも歯が立たんことじゃろうな」
現在、この世界にどれほどの数の吸血鬼がいるのかは不明だが、揃って魔法が達者らしいということはわかっている。
フツウのニンゲンでは相手になるわけがない。
相当な手練れでなければ、一瞬で灰燼と化してしまうことだろう。
「寝床くらいはわかっておるのか?」
「同県の山間部にある洞窟とのことです」
「話はわかった。わしにというより、ヨシュアに用事があるわけか」
「はい。州の特使として、お願いに参りました。国軍兵のみなさまの中から選抜するかたちで、屈強な討伐隊を編成していただきたいんです」
「カレンを手ぶらで帰らせるわけにはいかん。ヨシュアよ、そうじゃろう?」
玉座のかたわらに控えるヨシュアは、顎に手をやり、なにやら思案している様子。
「なんじゃ? なにか問題でもあるのか?」
「いえ。まったくございません。それはさておき、これは絶好の機会です」
「絶好の機会? どういうことじゃ?」
スフィーダはカレンと顔を見合わせた。
彼女も不思議そうな顔をしている。
ヨシュアは歌うような調子で「テストでございますよ」と言ったのだった。
「テスト? ……あっ」
「そうです、陛下。ケイオス・タールでございます」
ここでカレンが「ケイオス・タールって、あの……?」と口にした。
「おや? カレンよ、知っておるのか?」
「盗賊団の元リーダーですよね?」
「そうじゃそうじゃ。物知りじゃな」
「いえ、物知りだとか、そういうことではなくて」
「ん? ならば、どういうことじゃ?」
「ケイオスはイリューのニンゲンなんです」
少々驚くべき事柄だ。
意外な縁も、あるものである。
「ほぉほぉ。地元では有名人だというわけか」
「はい。しかし、彼は投獄されていたはず……」
「このたび、出てきよったようじゃぞ」
「謁見に訪れたんですか?」
「うむ。治安部隊に入りたいそうじゃ」
口に左手をやり、難しい顔をしたカレン。
「心を入れ替えたということでしょうか」
「いや。わしの印象じゃが、もともとそう悪い男ではないのじゃろう」
「確かに義賊という噂も流布していましたけれど……。でも、彼に戦いの心得なんて……。というか、ヴィノー様、テストというのは?」
「私が設定したハードルを見事越えたあかつきには、彼の望み通り、治安部隊に入れて差し上げるという約束事のことです」
「本人は自信満々といった感じじゃったな。そして、わしもヨシュアも、かなりのやり手じゃろうと睨んでおる」
「ヴィノー様、本当に、彼に?」
「ええ。やらせます。やる前から無理だと答えるようであれば、それまでの男だということです。ミス・カレン。すぐに帰路につかれますか?」
「いえ。結果が出るまでは、ここに留まろうと考えます」
「わかりました。またお呼びします。なに。ケリがつくまで、そう時間はかからないはずですよ」




