第65話 ケイオス・タール。
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本日最後の謁見者は椅子に座るなり両足を投げ出し、両手を頭の後ろに回した。
小柄な男である。
真っ赤な髪は伸ばし放題といった印象。
寝ぐせがついたみたいに、あちこち跳ねている。
だが、不思議と垢抜けている感がある。
無造作ヘアでおしゃれに見えるということだ。
瞳の色も燃えるように赤い。
大胆さと不敵さを孕んだ目だ。
年齢はちょうど二十歳とのこと。
幼顔なので、もっと若く見える。
「俺はケイオス、ケイオス・タール。よろしく、スフィーダ様」
少年のような声で、男は自らの名を明かした。
「ケイオスは何者じゃ?」
「盗賊団の元リーダー。団長ってヤツ」
スフィーダは目をぱちくりさせた。
意外な答えでしかなかったからである。
「ほぅ。盗賊団」
「あれ? 怒られると思ったけど」
「いきなり怒ったりはせん」
「さすが”慈愛の女王”様」
「その二つ名は好かんのじゃが。元ということは、今は違うのか?」
「五年ほど、刑務所に入ってたんだ」
「五年? ということは」
「そう。俺は十五歳で団長やってたんだよぉ」
「スゴいことじゃのぅ」
「あれま。今度は褒められちゃった」
言葉の通り、素直に感心したスフィーダである。
どんな集団であれ、十五で率いるというのは相当なことだ。
「今はもうないのか?」
「盗賊団? ないよ」
「団長が檻の中に入ってしまったから、解散したのか?」
「えっとね、あるとき、仲間の一人が捕まったんだ。それをきっかけに、芋づる式にしょっぴかれ始めたんだよ。そこで警察に提案した。俺の身柄と引き換えに、他の連中の罪には目をつむってほしいって」
「それで話がついたのか?」
「スフィーダ様が思っているより、俺は大した奴なんだ」
「得も言われぬ大物感があるのは認めるぞ。して、盗賊は楽しかったか?」
「面白いことを訊いてくるね。楽しかったよ。だけど、義務感もあったかな」
「義務感?」
「うん。金持ちからぶんどって、貧乏人にばらまく。仕事みたいなものだったんだ」
「義賊というわけか」
「かもしれない。自分を正当化するつもりはないけどね」
ケイオスは両手を突き上げ、うんと伸びをした。
それから、まるで値踏みでもするかのような目で見つめてきた。
二度、三度と頷いてみせる。
「やっぱり、会いに来てよかった」
「どうしてじゃ?」
「だってスフィーダ様、かわいいから」
「そうじゃ。わしはかわいいのじゃ」
「あらら。そこは謙遜してくれないと」
「わしに会いたかったというだけか?」
「それが一つ目の理由」
「二つ目はなんじゃ?」
「ヴィノー様に相談事。あのさ、ぶっちゃけちゃうと、俺、ヒトのために、ひいては国のためになるようなことがしたいんだよね。だから、たとえば国内の警備を主とする治安部隊なんかに入れてもらえないかな、って」
スフィーダは左を見上げた。
ヨシュアは顎に右手をやり、ケイオスの視線を受け止めている。
「ヴィノー様、そういう仕事って、あったりしない?」
「あります。貴方が言った通り、まさに治安部隊です。ただ、彼らはエリートなんですよ」
「実戦だったら、俺、負けないと思うけどなあ」
「ナイフを使うんですか?」
「そう。ナイフだけ。空は飛べるけど」
ケイオスはタイトなカーキ色のズボンはいていて、左の太ももの部分にナイフホルスターを装着している。
ナイフはナイフでも、かなり大振りのものを使うようだ。
「勤務地について、ご希望はありますか?」
「ここ、アルネがいい。一度、住んでみたかったんだ。でも、州をまたいで仕事をしろっていうことなら、都度、どこに派遣してくれてもかまわないよ」
「わかりました。いいでしょう。顔が利く範疇です。トップダウンでねじ込んで差し上げますよ」
「本当に?」
「ただし、テストを受けてもらいます」
「やるやる。どんなテストでも受けるよ」
「内容については、これから考えます」
「そうなの? ま、いいや。わかった」
「当座の資金はありますか?」
「大丈夫。宿に泊まりながら、家探しでもして待つことにする」
「家探し、ですか」
「そ。合格するに決まってるから」
椅子から腰を上げて「じゃあね」と言うと、さっと身を翻し、ケイオスは去っていった。
「やるな、あの小僧は」
「私もそう感じました。でなければ、テストなどとは申しません」
「そのテストじゃが、候補でもあるのか?」
「現状、ございません。できれば高いハードルを設けたいところです。なにか、ちょうどいい案件が舞い込んでくればよいのですが」




