第64話 愛が勝つとは限らない。
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長い金髪が美しい若い女、スザンナは言う。
「夫はとても優しいのです。一生懸命働いてくれますし、精一杯の愛情を注いでくれます。ですが、体の相性はAさんのほうがよいのです」
Aさんというのは、無論、偽名だろう。
「陛下、私はどうしたらよいのでしょうか。愛情に重きを置くべきなのか、肉欲に身をゆだねるべきなのか」
「フツウに考えて、不義を働くのはよくないじゃろうのぅ」
「でも、Aさんと体を重ねているときは、深い快楽に浸ることができるのです」
「む、むぅ。そうなのか」
「はい」
肉欲。
なんとも生々しい単語が出てきたものである。
「仮にそのAさんとやらとの関係を続けたいのであれば、速やかに離婚すべきではないのか?」
「不倫というかたちが望ましいのです。ああ、これが背徳の味かとぞくぞくするのがたまらないのです」
「は、背徳の味ときたか」
「一度、覚えてしまったが最後、なかなか忘れることなどできないようです」
「じゃが、事がばれてしまった場合、修羅場になることは必至じゃろう?」
「そうなったらそうなったで、ああ、このヒト達は必死になって私の取り合いをしているのだなあと、さらなる悦が得られるかもしれません」
「じゅ、重症じゃ。そなたは重症じゃ」
「やはり、そうなのでしょうか」
「わしはそう思うぞ。強くそう思うぞ」
スフィーダは二度、頷いた。
やはりヒトの道を誤ることがあってはいけないだろうと、彼女は思う次第である。
「実はAさんには奥様がいて」
「そそっ、それはまずいではないか」
「ですが、Aさんも体の相性については私のほうがよいのだと」
「この際、体の相性うんぬんはうっちゃるべきじゃ。結論を言わせてもらうと、離婚する、あるいはしなければならない状況に陥ってしまったら、スザンナ、そなたは絶対に後悔することになるぞ」
「陛下のお考えはごもっともだと思います。ですが、肉の匂いは嗅いでいたいのです」
「わ、わがままじゃのぅ。しかも、今度は肉の匂いと来たか」
「Aさんは、女の心のひだの部分に巧みに触れてくるのです。実際、ピロートークがとても上手で――」
「そ、それ以上は言わんでいい。エッチな表現に拍車をかけるな」
「卑猥な話はお嫌いですか?」
「少なくとも好きではない」
「そうですか。残念です」
「ざ、残念なのか」
「とにかく深く悩んでいるのです……」
「やはり一番よいのは、Aさんとの関係を清算することではないか?」
「夫にも正直に打ち明け、謝罪することが望ましいでしょうか」
「それができれば最高じゃの」
「わかりました。その方向でやってみます。結果が出た折には、またご報告に訪れてもよいですか?」
「かまわんぞ。わしとしても気になるからの。どうなったのかは、ぜひ聞かせてもらいたいのじゃ」
◆◆◆
三日後。
スザンナはしゅっとした若い男性と一緒に再訪した。
手をつないだまま、赤絨毯の上を歩いてくる。
仲睦まじい様子だ。
だからスフィーダはホッとした。
二人は深々とお辞儀をすると、用意された二脚の椅子に、それぞれ腰を下ろした。
「スザンナよ、話はうまくまとまったようじゃな」
「はい。まとまりました。こちらの男性がAさんです」
「……へっ?」
Aさん?
夫ではない……?
「い、いったい、どういうことなのじゃ?」
「私は夫と、Aさんは奥様と別れたのです」
「いや、それはわかるのじゃ。なぜ、そう転んだのかと訊いておる」
「お互いが肉欲を優先した結果です」
「本当にそれでよいのか?」
「はい」
「う、うーむ、じゃが、しかしじゃな……」
スザンナの夫、それにA氏の妻が不憫に思えてならない。
一方的に別れを切り出され、それを即実行に移されたとあっては、たまったものではないだろう。
だが、今さら、こうしろああしろと促したところでとっくに手遅れだ。
スザンナとAさんは手を握り合ったまま、ニコニコと笑っている。
こういう帰結もアリなのだろうか。
そのへん、ちょっとわからない。
ただ、どうしたって納得できないのは事実だ。
事実なのだが、やっぱりどうしようもないわけだ。
スフィーダはかたわらに立つヨシュアを見上げた。
彼は「まあ、収まるところに収まったということでしょう」と、あまり興味がない様子。
もともとフラットな男だから、そう述べるだけに留めても、なんらおかしくはない。
自分の倫理観はおかしくないと思うのだが、頭の柔軟性が足りないのかもしれない。
そんなふうに考えもしたが、別に難しいことでもなんでもなく、ただ単純な話として。
結論。
肉欲は罪深い。




