第63話 男子三日会わざれば。
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ビーンシィの元国主、カタリーナ・アルマシー。
彼女の忘れ形見であるラースが玉座の間を訪れたのだった。
立礼し、上体を起こしたラース。
「大人びたように映る。正直、見違えるほどじゃ」
「十七になりました」
静かな口振りにも、柔らかに微笑む様子にも、毅然とした余裕と落ち着きが感じられる。
スフィーダのゆるしに従い、ラースが椅子に腰を下ろした。
「以前の謁見の折は、無礼を働き、申し訳ありませんでした」
「よい、よい。気にしてなどおらぬ」
「いえ。私は愚かでした。本当に反省しています」
一人称も、僕から私に変わったらしい。
いよいよ化けたなと感じさせられた次第である。
「して、来訪の目的はなんじゃ? ただ会いにきてくれたというだけでも、わしは嬉しいがの」
「私が今、身を寄せている国、ハインドの特使として参りました」
「ほぉ、特使か」
「セラー首相にもお時間をとっていただきました。明日、お目にかかります」
「なんの話をするのじゃ?」
「ハインドとグスタフの和平交渉が物別れに終わった旨を、説明させていただきます」
「和平交渉か。ハインドはグスタフに対して、ビーンシィの解放を要求したのじゃな?」
「はい。にべもなく断られてしまいましたが」
「そうなると、のっぴきならない状況になるじゃろうのぅ。ハインドの首相、ザカリヤ・ウォーといったか」
「ウォー首相は賢人です。私はとても信頼しています」
「グスタフに攻め入るというのであれば、喜んで手を貸すぞ」
「お言葉ですが、その判断は、陛下がなさることではないでしょう?」
「まったくもって、その通りじゃ」
スフィーダは、かたわらに控えているヨシュアを見上げ、「たとえばおまえは、本件をどう扱いたいのじゃ?」と彼に訊いた。
「個人的には、グスタフには地図から消えていただきたいとうございます」
「おまえらしからぬ物騒な物言いじゃな」
「ビーンシィが失われることを、我が国の首脳が望んでいたはずもありません。いざ、ハインドが事をかまえるとなった場合、援軍を出すべきとの機運が高まることは間違いないでしょう」
スフィーダはラースのほうへと顔を向けた。
「と、いうことらしいぞ、ラースよ」
「要請を出した場合、それをお受けいただけるのであれば幸いなことです」
「そなたも戦うのか?」
「戦いたいと考えています」
「勇敢さと無謀さを履き違えてはいかんぞ?」
「結果として、祖国を取り戻せればいい。それしか頭にありません」
ラースは右手で胸を二度叩いた。
「立派な志じゃ。しかし……」
「なんでしょうか?」
「いや、カタリーナは、どうしてそなたを我が国ではなく、ハインドに託したのかと思っての」
「母にとっては、セラー首相よりもウォー首相のほうが近しい存在でした」
「しかし、我が国のほうが安全じゃと思うがのぅ」
「安全な国で、私にぬるま湯に浸かってほしくなかったのかもしれません。実際、ハングリー精神みたいなものは、自然と身につきましたから」
「あいわかった。ならば、もはやなにも言うまい。今後も一生懸命に生きるのじゃぞ」
「はい。やはりスフィーダ様と話せてよかった。感謝します」
ラースの笑みは、それはもう晴れやかなものだった。
◆◆◆
翌朝、玉座につき、謁見者が訪れるのを待っていると、かたわらにスタンバイしたヨシュアが「一つ、報告がございます」と声を掛けてきた。
「どういった報告じゃ?」
「グスタフに潜入させているスパイから、知らせが入りました。予想していた通り、もはや曙光の影は失せたようです」
「そうか。赤備えは消えたか」
「これでハインドが攻め入るにあたっての障害はなくなったと言えます。加えて、我が国が参戦するにあたってのリスクもなくなりました」
「グスタフの軍人は怯えておるじゃろうのぅ」
「そう思われます。後ろ盾を失ったわけですから」
それはそれでグスタフのニンゲンは不幸だなと、スフィーダは彼らを憐れに思った。
「そもそも、曙光はなぜ、かの国に肩入れしておったのか」
「以前にも申し上げました。あれはリヒャルト・クロニクルのお遊びだったのでございましょう」
「それが本当だとしたら、腹が立ってしょうがないぞ」
「曙光がのさばり、はびこるような世は変えなければなりません。私自身、その役割を後世に残すことは考えていません」
「いつかはやるというのじゃな」
「命を賭します」
「そういう言い方はやめてもらいたい」
「しかし、その思いは事実でございますから」
「いざとなったら、わしも戦うぞ」
「陛下には国の象徴として、民に寄り添い続けていただかなければなりません」
「それは、わかっているつもりじゃが」
「くどかろうが何度だって申し上げます。陛下は陛下です。とこしえに、陛下であってくださいませ」




