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第62話 酒は飲んでも飲まれるな。

       ◆◆◆


 最近は、もっぱらお悩み相談室みたいになりつつある謁見の場。

 今日も朝っぱらから、三十路と明かした女がしくしく泣くのである。


 なんでも、毎日毎日、夫に暴力を振るわれているらしい。

 深酒が原因であるようだ。

 いわゆる、中毒だろう。

 対象がなんであれ、依存しすぎると厄介なことになる。

 絶対になんらかの問題が生じてしまうのだ。


 家計は、妻である女が支えているとのことである。

 しかし、夫の使い込みが激しいため、今の職では賄いきれず、夜の仕事も視野に入れなければいけないなどと言う。

 

 夜の仕事というものを否定するつもりは毛頭ない。

 だが、少なくとも、女はそれを嫌がっている。


 いっそ、離婚してしまえばどうか。

 スフィーダはそう提案した。


 女は「それは考えていません」と答えた。


 なぜかと問うと、「幼馴染みで、昔も今も、自分の気持ちに変わりはありませんから」とのこと。


 涙ぐましいまでの良妻である。


 子がいないことが幸いだったと、女は話した。

 もしいたら、いよいよ別れを考えなければならなかっただろうというのがその理由。

 賢母の才もあるようだ。


 これはもう、なんとかしてやらなければならない。


 だが、この場でああだこうだと話し合ったところで、妙案なんて見い出せないに決まっているのだから、スフィーダはその夫を呼んでくるよう、女に告げた。

 もし応じないようであれば処罰すると付け加えた。


 女は、「ありがとうございます」を繰り返した。

 対してスフィーダ、ぶんぶんと首を横に振った。

 謝意は事後に受け取るものだからだ。


 一組の夫婦の仲すら取り持てないとなると、女王の名が廃るというもの。

 自らの誇りをかけて、がんばってやろうと考える次第である。




       ◆◆◆


 翌日。


 やってきた夫は、椅子に座ることもできずに尻餅をついた。

 かなりの酩酊状態らしい。

 女王との謁見の場であるにもかかわらず飲んでくるなんて、大した度胸である。


 夫も三十路くらいに見える。

 結構、男前だ。


 いったい、なにが気に食わなくて、アルコールに溺れるのか。

 そのわけを聞かせてもらいたくて、赤絨毯の上であぐらをかいた夫に問い掛けた。


 すると、なにかが気に食わないわけではないという。


「だったら、どうして中毒になるまで飲むのじゃ?」


 夫は呂律も怪しく「酔うと気持ちがハイになるからですよ」と答えた。


「飲まずにいられない理由は、それだけか?」

「いや。それだけじゃないですよ。なんでもやれるような気分になるんですよ。万能感ってヤツですか? それがもう、たまらなくて、たまらなくて」

「じゃが、その万能感とやらも、酔いがさめれば消えてしまうのじゃろう?」

「だからですよ。だから、飲み続けるんです」

「いつか必ず体を壊すぞ?」

「それでもいいんです」

「妻を不幸にする気か?」

「俺についてくるアイツが馬鹿なんですよ。っていうか、ねぇ、陛下ぁ」

「なんじゃ?」

「陛下って暇なんですねぇ。こんな酔っ払いのことを相手にするなんてぇ」

「暇ではないぞ。貴重な時間を割いておるつもりじゃ」

「俺になにを言ったところで、建設的な話にはならないですよぉ。酒、やめるつもりなんて、微塵もありませんからぁ」


 無礼を働いてくれていることは、この際、どうだっていい。

 だが、なに一つとして申し訳ないと思っていないところが、頭にくる。


 スフィーダ、玉座から腰を上げ、階段をくだった。

 たたっと駆けて、夫の顔面に一撃、右のパンチを浴びせた。

 彼の鼻から、一筋の血が流れ出る。


「なにすんだよ!」

「やかましいわ、このダメ夫が! 少しは女房の気持ちも考えたらどうじゃ!」

「だから、アイツが馬鹿なんだよ!」

「馬鹿などと申すな!」


 スフィーダ、右手を振りかざした。

 手のひらに巨大な炎を発生させる。

 さすがに臆したらしく、夫は「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、後ろに手をついた。


 焼き尽くしてやろう。

 本気でそう考えたのだが、ヨシュアに左肩を叩かれ「陛下」と、たしなめられた。

 スフィーダは彼のほうを振り向く。


「陛下が涙を流される必要は、まったくございません」


 そう。

 スフィーダの目からは、熱い涙があふれていた。

 魔法の炎は自然と消え失せ、彼女はその場に崩れ落ちる。


「だって、悔しいじゃろう? 情けないじゃろう? あれほどよき妻がおるのに、この体たらく……。ゆるせんじゃろう?」


 目をこすり、鼻をすする。

 そしたら、ヨシュアが頭を撫でてくれて……。


「貴方、まだ名前を伺っていませんでしたね」

「オ、オデロだ。い、いえ、オデロと、申します……」

「オデロさん」

「……はい」

「私にも妻があります。いろいろあって苦労をかけていますが、それでも彼女は幸せだと言ってくれます」

「それは、ヴィノー様が立派だから……」

「夫婦のあいだに、立派もなにもありません。お願いです。どうか奥方を愛してあげてください」

「……わか、りました」

「ええ」

「無礼を……どうか無礼をおゆるしください」

「大目に見ることにします」

「すみません。すみませんでした……っ」


 土下座し、大声で泣き始めたオデロ。

 その様子を見て、スフィーダは一言だけ伝えた。


「期待しておるからの?」


 ちっぽけな事柄かもしれない。

 だけど、放ってはおけない事実でもある。


 ヒトは弱くないはずだ。


 だからスフィーダ、オデロを信じることにした。


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