第61話 背中をお流ししてこい。
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日中。
玉座の間。
「立礼で失礼いたします」
そう言って、綺麗なお辞儀をしたのは、ヴァレリア・オーシュタハウトゥだ。
言わずと知れた、フォトンの部下である。
足首にまで至る黒の魔法衣姿であるが、自分好みに仕立てさせたものだろう、大胆なスリットは腰にまで至っており、ひときわ長く肉感的な脚は黒いレースストッキングに包まれている。
動きやすそうではあるものの、セクシーすぎるように感じられてしょうがない。
男性陣は目のやり場に困るのではないか。
いや、フォトンとヴァレリアの部隊に限って、それはないだろう。
なにせ、プサルム最強と名高い彼らだ。
自然的にストイックであるはずだ。
ヴァレリアは椅子に座ると、今一度「失礼いたします」と言い、脚を組んだ。
それから、にこりと微笑んでみせた。
玉座の上で、思わず身を引いたスフィーダである。
相変わらず、ヴァレリアのことは意識せずにはいられない。
頭のどこかで、恋敵だと認識してしまっているのだろう。
だからなんとなく身構えてしまうのだ。
第一声も「し、して、今日はどうしたのじゃ?」といった具合にどもってしまった。
これではダメだと思い、深く息を吐いた。
それから、両手で自分の頬をぴしゃぴしゃと張った。
すると、ヨシュアにヴァレリアにも、クスクスと笑われてしまった。
だが、ようやく落ち着いた。
苦笑いなんかも浮かべることもできた。
「ヴィノー閣下に報告、及び相談事でございます」
「そなたらの上役はリンドブルムであろう?」
「このたび、配置転換されました」
「ヨシュアの配下になったのか?」
「さようでございます」
スフィーダ、首を左に回してヨシュアを見上げた。
彼は目を閉じ、小さく頷いてみせた。
「ふむ。して、なんの報告なのじゃ? ヨシュアになにを相談したいのじゃ?」
「今、我々の部隊が展開している場所を、陛下はご存じですか?」
「南東、ハイペリオンの国境沿いじゃろう?」
「はい。そのハイペリオン共和国なのですが」
「なにか動きがあったのか?」
「二日前から、国境線の目と鼻の先で、飛空艇が旋回しているのでございます」
「挑発行動じゃということか?」
「そう思われます。が」
「なんじゃ? 挑発以上の意味があるというのか?」
ヴァレリアが、スフィーダからヨシュアに視線を移した。
彼は顎に右手をやり「なるほど」と言った。
「ヨシュアよ、いったい、なにが、なるほどなのじゃ?」
「ハイペリオンに飛空艇があるなど、聞いたことがございません」
「飛空艇を持つ国が限られていることはわしも知っておるが、そうなのか?」
「はい」
「じゃが、実際、飛んでおるのじゃろう?」
「そこが問題です。なぜ、ないはずのものがあるのか」
「……もしや」
「いえ。まだ判断していい段階ではありません」
「しかしじゃ、仮に曙光が貸しつけたのだとすると……」
「そうであったとしても、我が国、我が軍の対応に変更はございません」
ヴァレリアが「というわけですから、相談というより、確認でございます」と述べた。
「ほんのわずかでも我が国の領土を侵犯するようであれば、交戦規定に則り、即時、攻撃を開始します。ヴィノー閣下、よろしいですか?」
「無論です。許可します」
「ハイペリオンの主、ブロウ・ブルース大佐はたいへん好戦的だと聞いています。まさにその通りのようですね」
「安易に他国の手を借りているという時点で、底が知れるというものですが。いっそのこと、飛空艇の運用に関しては、国際法で縛りを加えたほうがいいのかもしれませんね」
「ダメだと取り決めても使うのが曙光では?」
「まったくもって、大尉の言う通りです。用件は以上ですか?」
「はい」
「内容が内容です。伝令を寄越すだけでよかったのではありませんか?」
「少佐に行ってこいと言われまして」
「フォトンに?」
「風呂で、陛下の背中でもお流ししてこいとのことでした」
そう聞かされ、スフィーダは頬を緩めた。
フォトンは案外、気の利いたことをするのだ。
「最近の私は、嫉妬ばかりしています」
「ヴァレリアよ、それはどうしてじゃ?」
「少佐の心の中には、いつだって陛下の存在があるからでございます」
「そうか……。フォトンめに伝えてほしい。達者であれ、と」
「承知いたしました。風呂はいかがなさいますか?」
「今宵、楽しもうぞ。ぜひとも一緒に入りたいのじゃ」
かく言うスフィーダも、ヴァレリアに嫉妬している。
普段、誰よりフォトンの近くにいるのは、彼女なのだから。




