第59話 なんて日だ!
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本日最初の謁見者はスフィーダのゆるしに従い、玉座の前までやってきた。
「ぜひとも、スフィーダ様にお使いいただきたく」
きりりとした眉の持ち主である中年と思しき男はそう言って、小さな木箱を開けた。
中に入っていたのは、薄い緑色の石鹸だ。
清潔さを感じさせる爽やかな香りが、鼻孔をくすぐる。
「よい香りじゃ」
「ミントでございます」
「ほぅ、ミント」
スフィーダ、植物にはさほど詳しくない。
だが、名前くらいは聞いたことがある。
「今、我が店で一番売れている、髪用の石鹸でございます」
「そうなのか。じゃが、わしが使う物は調達先が決まっておるのじゃ」
「存じ上げております。次の候補として選考に加えていただきたいのです」
「ふむ。なるほどの。ヨシュアよ、それならかまわぬか?」
「もちろんでございます。ですが」
「なんじゃ?」
「陛下が使用されるものですから、ご自身でお決めいただいてかまいません」
「しかし、あまりに値が張ると、よくないじゃろう? 石鹸屋よ。そのへん、どうなのじゃ?」
「既存のものと、大して値段は変わりません」
「ならば、うむ。試させてもらおう」
「なにとぞ、よろしくお願いいたします」
スフィーダ、木箱を受け取った。
◆◆◆
なんと、次の謁見者も石鹸屋だった。
先ほどの男と顔がそっくりなので、もしやと思って訊ねてみると、双子の弟とのこと。
「むぅ。兄弟して石鹸屋か。一緒にやろうとは考えんのか?」
「昔から仲が悪うございまして。ご覧いただけますか?」
「うむ。よいぞ」
男が階段を上がり、スフィーダの前で片膝をついた。
まるで婚約指輪でも渡すかのように、小さな木箱を開けてみせる。
ほのかなピンク色の石鹸だ。
甘くて優しいフローラルな香りが、鼻孔をくすぐる。
「よい香りじゃ」
「ゼラニウムでございます」
「ほぅ、ゼラニウム」
スフィーダ、植物にさほど詳しくない。
ゼラニウムは聞いたことすらなかった。
「今、我が店で一番売れている、髪用の石鹸でございます」
「そなたの兄も言っておった。試してほしいというのじゃな?」
「はい。お気に召したあかつきには、なにとぞ、なにとぞ」
「あいわかった」
スフィーダ、木箱を受け取った。
◆◆◆
二日にわたって、使い分けた。
初日はミント、次の日はゼラニウム。
どちらも捨て難いという結論に至った。
完全に好みの問題だが、スフィーダ、どちらの香りも好きなのである。
そういうわけなので、二つとも、購入してもらうことにした。
これまで使ってきた石鹸を作っている業者に対しては申し訳なさを感じるものの、こういうことにも順番があっていいだろうと考えた次第である。
◆◆◆
それぞれ石鹸屋を営む双子が、一緒になって怒鳴り込んできたのである。
「どちらかに決めてください!」
双子は揃ってそう言って、玉座の上のスフィーダに決断を迫るのである。
「い、いや、じゃからの? どちらもよいと判断したということなのじゃぞ?」
すると双子はまた「どちらかを選んでいただかないと意味がないのです!」と声を揃えた。
スフィーダは「ま、まあ落ち着くのじゃ」と、なだめる。
しかし、双子ときたら、彼女の目の前にまで顔を近づけてきた。
どちらかを選べと繰り返し、しつこく詰め寄ってくる。
それがもうなんというか、いよいようっとうしさ極まった。
だからスフィーダ、「もうよい、下がれ! これからも今までのものを使い続けることにするっ!」と声を張り上げた。
そしたらだ。
そしたら双子は二人して「ちっ」と舌打ちした。
それから、やはり声を合わせて、こう言ったのだ。
「頼んだ俺達が馬鹿でした」
スフィーダの目は点になった。
点の目で、双子の背を見送る。
そして、玉座の間から二人は去り……。
なんたる逆ギレ。
なんと理不尽な物言いか。
怒っていたスフィーダだったが、一気に悲しくなってきた。
自然とぽろぽろと涙があふれてきた。
ヨシュアはぷるぷると身を震わせ、笑いをこらえているようだった。




