第57話 わがままエヴァ、その二。
◆◆◆
ランチは、もちもちのチーズパン、生ハムのマリネ、それにえんどう豆の冷製スープというメニューだった。
物足りないボリュームだが、どれも味はなかなかのものだったので、満足のゆく食事と言えた。
ごちそうさまでしたと手を合わせながら、心の中でシェフに感謝したことは言うまでもない。
さて、午後の謁見が始まるまでには、まだ三十分ほど時間がある。
それまでのあいだ、昼寝でもしようと思い、スフィーダは玉座に腰掛けた。
うつらうつらとし始めた段になって、赤絨毯の向こうに見える大扉が開いた。
姿を現したのは、エヴァ・クレイヴァーだった。
右手を腰に当て、尻を振り振り、なんとも挑発的な歩様で近づいてくる。
以前にも一度、彼女は昼休みに顔を出したことがあった。
そのときは、玉座に座らせろだの言ってきた。
そして、軍に入れろだのとのたまってくれた。
そう。
エヴァは軍属になったはずだ。
大将付の少佐に任命され、南東の国境線の警備を命じられていたはずだ。
なのにどうしてここ、首都アルネにいるのか。
スフィーダは首を左に回し、かたわらに控えているヨシュアを見上げた。
エヴァが入ってきたことに気づいていないはずはないのだが、彼は読書を続ける。
きりのいいところまで読むつもりなのかもしれない。
やがてエヴァは立ち止まり、スフィーダに向かって小さく手を振ってみせた。
まったく、気さくなことである。
エヴァは軍服を着ている。
だが、それは彼女が自分好みに仕立ててもらったものである。
上着もスカートも、丈が著しく短い。
白いガーターストッキングが、相変わらずいやらしく映る。
かろうじて品を感じさせるのは、銀色のヘッドチェーンくらいのものだ。
謁見者用の椅子に、エヴァは腰掛けた。
脚を組む。
腕も組んだ。
「エヴァよ、任務に変更でもあったのか?」
「ないわよ」
「だったら、どうしてここにおるのじゃ?」
「飽きちゃった」
「は? 飽きた?」
「悪い?」
「フ、フツウに考えれば、よくないことじゃと思うが……」
本を閉じたヨシュアが「エヴァ・クレイヴァー少佐」と口を開き、「きちんと説明しなさい」と続けた。
「だ・か・ら、単純に飽きちゃったんだってば。ホントもう、暇すぎて死にそうだったんだから」
「警備の任とは、えてしてそういうものです」
「じゃあ私は警備には向いていないってことね。あっ、でも、一応、それっぽい理由もなくはないわよ?」
「言ってみなさい」
「ほら、メルドーさんが来ちゃったでしょう? だったら私、もう要らないかな、って」
「判断するのは私です」
「ヴィノー閣下のおっしゃることはわかりまーす。だけどもう戻ってきてしまいましたのでー」
やれやれといった感じで、ヨシュアは吐息をついた。
「っていうか、ヴィノー閣下とメルドー少佐って、スゴいですよねー。プサルムってここ最近、大きな戦争はしてないじゃないですかー。なのに、お二人は世に名高いですからねー。それとも話題先行なんでしょーかー?」
「かもしれませんね」
「あら。否定しないの?」
「他者の評価など、気にしたことはありませんから。それで、どうするんですか?」
「こんなに暇なんだったら、軍なんて辞めちゃおうかしら、なーんて」
「他に働き口を見つけると?」
「魔法大国ブレーデセンの出身だってことを前面に押し出して、魔法の学習塾を開いちゃう、とか」
「それは詐欺です。後天的に魔法が使えるようになった例など、聞いたことがありません」
「魔法も使えないなんて、みじめですよねー」
「いい加減、口を慎みなさい」
「はーい」
「貴女はどのような任務を望んでいるんですか?」
エヴァが栗色の後ろ髪を払った。
「前にも言いませんでしたっけ? メチャクチャ暴れられるような環境に身を置きたい、って」
ヨシュアは首を横に振り、呆れた様子である。
「でしたら、そもそも我が国に帰化したことが間違いです。どこへなりと行ってしまいなさい」
「えー、冷たーい。飼っておいたらいつか役に立つだろうって思わない?」
「戦場は遊び場ではありませんよ」
「そこまで軽くは考えてないってば」
「北の備えに回るか、別命あるまで自宅待機か、好きなほうを選びなさい」
「やーよ。どっちもだるいに決まってるから」
「であれば、やはり退役しなさい。くだんの男の足取りでも追うといい」
「くだんの男って、ラニードのこと?」
「そうです」
今度は口をとがらせてみせたエヴァである。
「そりゃ、アイツに対してはいろんな思いがあるけど、実際に殺すとなると、困難極まりないじゃない。それくらいわかるでしょ?」
「思考をトレースすることもできませんか?」
「アイツが狙うとしたら、それは世界で一番の地位でしょうね」
「強欲なことですね」
「そういう奴なのよ」
「北の警備に当たりなさい」
「はーい。わかりましたー。あーあぁ。グスタフと戦争になればいいのになぁ」
「エヴァ・クレイヴァー」
「はーい。すみませーん。それでは、ごめんあそばせー」
エヴァは椅子から腰を上げると颯爽と身を翻し、尻を振り振り、去ってゆく。
本当に、わがままを言い放題の奔放な女子である
「しかし、周りの軍人からしてみれば、あの恰好は目の毒でしかないじゃろうな」
「目の保養と言ったほうが適切では?」
「らしくもない。俗っぽいことを言うのぅ」
「彼女自身が述べました。飼っておいて損はない、と」
「本当に、おまえはそんなふうに思っておるのか?」
「はい」
ヨシュアが口元に浮かべた笑みは、冷ややかなものに見えた。