第565話 皇帝。
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二十代の後半くらいと思しき男だった。うしろに流した金色の髪。グレーの瞳。適度な防御力と重量感を思わせる漆黒の鎧。どう見ても只者ではない――という感想のまえに、スフィーダはらしくもなく、その迫力に気圧されていた。これまで会ってきたどの人物とも違うスケールの大きさ。静かな恐怖をもたらす存在感。こいつと話をつけられるのか? そう思わされてしまう。こいつと戦って勝てるのか? そう感じさせられてしまう。
しかし、そこはさすがアーノルドで、ヨシュアで――。
城内にある天井の高い白亜の一室。
主に他国の要人との会談に使用される。
長いテーブルを挟んで、プサルムと曙光の重役が居並ぶ。
「ダイン皇帝、お目にかかれて光栄です」とアーノルドは言い、「私からも歓迎の意を表します」とヨシュアは言い。
「我の言葉に耳を傾けると?」
我。
いきなりの一人称がそれだったからだろう、その横柄な態度、高圧的な物言いに、アーノルドもヨシュアも、多少、面食らったようだった。やってくれる。自分の主張も自分のスタイルも曲げるつもりはないらしい。そしてそれは、きっと自然的なことなのだろう。
アーノルドが「皇帝陛下の曙光も、法治国家でしょう? まずはそちらの大統領と議論したいのですが?」と話を進めようとする。
「それは無意味だ、アーノルド・セラー。つまるところ、全権を担っているのは、我なのだから」
「話し合いにいらしたのでしょう?」
「それも一興」
「一興?」
「文官とは話したくない。武官と話がしたい」
ダインの言葉を受け、ヨシュアが「ダイン皇帝、あらためて。私はヨシュア・ヴィノーと申します」
「それはもう知った。世界最強と呼び声の高い魔法使いだな」
「あなたのまえではそのような二つ名もかすんでしまうのかもしれませんが」
「黙っていても上がってくる情報というものがある。貴様は有能なのだろう」
「この場でやりましょうか。私の命一つで済むなら、それも悪くない」
「笑わせるな、そして、驕るな。貴様が手を出せば、一瞬でこの国は滅びることになる」
ヨシュアは涼しい顔をして引き下がった。
「じゃったら次は、わしと話してもらおうか、くそったれのダインよ」
「くそったれ? 我が貴様になにかしたか?」
「もはや答えるまでもない。問おう。おまえの母とされるカナは達者か?」
「奴は死んだ。我が殺した」
「殺した……?」
「我が全権を掌握するなり、それを寄越せと言ってきた。うっとうしかったから殺した。我の行動になにか問題があるというのか、スフィーダ」
そうか、カナ。
おまえはもう、この世にいないのか……。
「話を変える。おまえはほんとうに年をとらんのか?」
「そのようだ。この年格好に至ってからは、変化がまるでない」
「幼女が大の大人と交われるとは思わんのじゃが?」
「カナの話か? しかし、我が関知する必要がない事項だ」
スフィーダは吐息をついた。
この男――ダインには、なにを言ったところで響かないようだ。
だからこそ、突出、傑出していると言える。
勝てるのか? この男に。
駆逐できるのか? この男を。
スフィーダはテーブルに右の肘を置いて、頬杖をついた。強がっているわけではない。自分らしさを失ってはいけないと考えただけだ。
「して、ダインよ、おまえの今回の目的は?」
「貴様らは、アポロンの宝玉とトリニティを所持していると聞いた」
顔をしかめたくなった。
「どこからの情報じゃ、ダインよ」
「言っただろう? 上がってくる情報というものは、どうしたってある」
「で、持っていたらどうだというのじゃ?」
「もらおう」
「は?」
「もらい受けると言っている」
眉間に皺を寄せるスフィーダである。
「嫌じゃと言ったら?」
「この国を取り潰してやろう」
「それだけの力があるのは認めてやる。しかし、そうであるなら、なぜ神器などを欲しがるのじゃ?」
「相手から力を削ぐ。それくらいしか楽しみがない」
「おまえいわく、我は無敵、我は最強、ではないのか?」
「遊技はしたくもなる」ダインは左手で頬杖をついたまま、その姿勢を崩さない。「我は欲している。神器二つを」
「それらを渡せば?」
「若干、プサルムは生きながらえることになる」
「若干?」
「そう。若干だ」
ヨシュアがスフィーダの左肩に右手を置いた。
「引くのか? ヨシュアよ」
「いまは言うことを聞くしかありません」
「じゃが――」
「いまは、でございます。反撃のチャンスは、必ずある」
するとダインは笑いもせず、嘲りもせず。
「ヨシュア・ヴィノー。それは不可能だ」
「いいえ。あなたは必ず叩きます」
「その意気や良し」
「陛下」
「わかった。宝玉と槍を取ってくる」
スフィーダの心中は、まだごにゃごにゃとしていた。




