表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/575

第56話 イチヤ・ノ・ユメ。

       ◆◆◆


 今宵もスフィーダは爆睡していた。

 超がつくほどの爆睡だ。


 しかし、ノックの音で申し訳程度に覚醒した。


 コンコンコン……。

 コンコンコン……。


 ノックは続く。


 ひょっとしたら、ヨシュアが急用を携えてきたのかもしれない。

 一割か二割くらいしか機能していない脳でそう判断し、起きることにした。


 のろのろと上体を起こし、もっとのろのろとした動きでベッドからおりる。

 私室は真っ暗なので、右手の人差し指の先に魔法でちょろりと火を灯した。

 出入り口に向かう。


 もうノックはない。

 ひとを近くに感じたのだろう。

 ヨシュアなら、それくらいは察する。


 スフィーダは「なんじゃあ? ヨシュア。何用じゃあ?」と眠気を存分に孕んだ声を発しながら、戸を押し開けた。


 立っていたのはヨシュアではなかった。

 熊のように大きな体のフォトンだった。


 スフィーダの眠気は一気に吹き飛んだ。

 指先の明かりも消えてしまった。


「フォトン、どうして……。おまえは任務の最中ではなかったのか?」


 そう。

 フォトンは南東の国境線で警備の任に当たっていたはずだ。


 口が利けないので、フォトンはなにも言わない。

 ただただ無表情のまま、突っ立っている。

 もともと、愛想よしのニンゲンでもない。

 これがデフォルトだと言っていい。


 スフィーダはとりあえず、私室から出た。

 すると、どうしてだろう、フォトンは自らのマントをはずした。

 黒く大きなそれを使って、彼女のことをまるっと包んだ。


 それからスフィーダの体をひょいと横抱きにした。

 抱き上げられる際、あまりの唐突さにびっくりしてしまい、彼女の口からは「ひゃっ」と声が出た。


「ど、どこに連れていこうというのじゃ?」


 フォトンは「ひ・み・つ」と口を動かしたのだった。




       ◆◆◆


 スフィーダのことを抱いて、フォトンは飛ぶ。

 誰にも見られぬよう、高高度をハイスピードでゆくため、寒さ対策としてマントで包まれたのだと彼女は知る。


 それでも寒い。

 だが、我慢できないほどではない。

 身を切り裂くような風に目を細める。


 正面には三日月。

 薄雲がかかっている。


 どれくらいが経過しただろう。

 それほど長い時間には感じなかった。


 フォトンが地に、砂浜に下り立った。

 そして、スフィーダを下ろした。

 彼女からマントを取り去った。


 正面に広がるは海。

 見渡す限りの大海。

 黒い水面に月が映っている。


 ほどよい気温、風はない。

 細かな砂が裸足の指のあいだに入り込み、くすぐったい。


「海じゃーっ!」


 スフィーダは万歳をしてそう叫んだ。


 城の外に出るなんて久しぶり。

 海を見るなんていつぶりだろう。


 駆け出す。

 波で足を濡らす。

 水を蹴り上げる。

 ぴょんぴょんとジャンプする。


 振り返る。

 フォトンがほんの少しだけ笑っている。

 彼のもとまで駆けた。

 屈んでもらって、太い首に両腕を絡めた。

 強く強く抱きついた。


 ありがとうと言った。

 笑って言ったつもりだったのだが、目尻から涙がこぼれた。


 夢のような、一夜になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジーらしいストーリーの中に、微笑ましい話や切ない話など、様々な角度から楽しませてもらっています。 56話はこれまでとまた違った雰囲気に感じました。 争いの匂いがしてきた中でのフォト…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ